太閤殿下の毛利征伐②
「がはは! 毛利ども全然出てこないではないか!」
ここは中国地方、安芸の国。地を揺るがす大軍勢を率い、わしは毛利の治める地を悠々と進軍していた。
我らの前に毛利の軍勢はほとんど姿を見せず、小規模な抵抗があるばかり。
まあこの大軍勢を前にしては敵が手も足も出ないのは、もはや分かり切った事実である。
「無理もありますまい秀吉様。これほどの大軍、しかも秀吉様が率いられるとあらば、敵に勝ち目は皆目ござらん。奴らが出てこぬのも当然かと」
「左様。きっと毛利も領地を捨て、どこかに逃げ去ってしまったのでしょう。これも秀吉様のご威光あってのことです」
「はっはっは! 当然よ。わしの進軍を阻めるものなど、この日ノ本にはおらんのだ!」
馬上にて横に並ぶ勝家と三成もわしと同じ考えのようであった。
やれやれ……これほど力量に差があってはもはや勝負にすらならんのう。
「毛利など我らの通過点にすぎん。奴らを倒したら次は朝鮮。その次は明よ。大陸の国々までわしの威光を轟かすのだ」
「おお……それはいい計画にござる。それらの国も秀吉様に恐れをなし、皆平伏して許しを請うでしょう」
「私の聞いた話では、朝鮮の女たちは陶磁器のように艶やかな肌をしているということです。きっと秀吉様のお気に召すかと」
「ほお、それはいい。今から楽しみじゃ。がっはっはっは!」
わしが勝利を確信し、団扇を片手に笑っている、その時であった。
物見に出た兵たちが何かを見つけた様子で戻ってくるのが見えた。
「申し上げます。前方に敵方の軍勢あり。毛利どもが迎撃に出てきたようです!」
「おお、ようやく出て来たか。どれ、わしの手並みを見せてやろう」
どうやら敵は川の向こうに陣を構え、我らを迎え撃つつもりらしい。
奴らを滅ぼすべく、わしは全軍に命令を出した。
「弓矢と火縄を一斉に放て! しかるのち全軍突撃じゃ、奴らを蹴散らせぇ!」
「「ははっ!!」」
放たれた矢が雨のように敵の頭上から降り注ぎ、続いて火縄銃が一斉に轟音をとどろかせた。
兵たちが槍を振り上げ、一気に敵の陣になだれ込んでいく……
我が方の勢いに敵は早くも動揺したようで、半刻もせぬうちに敵は脆くも崩れだした。
「うわぁ! つ、強すぎる……」
「撤退だ! 逃げろーっ!」
敵兵は皆、情けない悲鳴を上げながら背を向けて逃げていく。
「わはは! どうだ、毛利など雑魚ばかりよ。これがわしの実力じゃ」
「おお! おみごとでござる秀吉様」
「さすがは太閤様。見事なお手前、感服いたしました」
「よし……敵は総崩れじゃ。全軍に伝えよ、奴らを一匹残らず殲滅するのだ!」
「ははーっ!」
もはや戦いの趨勢は明らかだった。わしは逃げていく毛利の手勢を討つべく、全軍に突撃の命令を下す。わしの率いる精鋭たちが逃げる敵の背を次々と切った。
「それそれ、どんどん倒すのだ。わはは、一方的だな。まるで狩りでもしているようだ」
「秀吉様、俺もまた一匹倒しました。これは面白いように敵が討てますな」
「それにしても奴らずいぶん遠くまで逃げますな。よほど臆病なのでしょう」
わしらが敵の追い打ちに夢中になっていると急に開けた場所に出た。左右を小高い丘に挟まれた場所であった。その時、急に誰かが空を見て叫んだのだ。
「う、うわ! 何だあれは!!」
ヒュンヒュンヒュン……
ドドドドド!!
急に暗くなったかと思うと、空を覆うほどの矢があたりに降り注いだ。
矢を受けた兵が悲鳴を上げ、馬の背から落ちていく。
「な、なんじゃ……!? 何があった?」
「秀吉様、敵です! 右の丘上からです!」
わしが突然の敵襲に驚いていると、反対側からも兵たちの悲鳴が聞こえたのだ。
「反対側からも敵が! 我らは囲まれています!」
「ば、馬鹿な! どうなっておる!?」
敵を追って一方的に攻撃していた我らは、どういうわけかいつのまに包囲されていたらしい。
左右から喊声を上げて迫る敵に、味方の兵たちは明らかに動揺していた。さらに我らから逃げていた敵までも急反転すると、さっきまで逃げていたとは思えぬほどの高い戦意で襲い掛かってきたのだ。
「やれ! 秀吉を打ち取れ!!」
「さっきはよくもやってくれたな。たっぷりと仕返しをしてやるぞ」
「あわわ。ど、どうなっておる。なにが起きたのじゃ」
「ま、まさか我らは謀られたのでは」
「そんな……このような事態は想定外です」
予想もしなかった急な戦局の変化に、わしはどうすればいいのかわからず固まっていた。
左右から挟撃を受けた兵士たちは混乱し、バタバタと倒れていく。
そうしているうちに、数騎の騎馬武者が我らの陣を突破して、わしの前に現れたのだ。その先頭にいたのは毛利の家紋を鎧に刻んだ若武者だ。
「やれやれ……無様だな秀吉。こんな簡単な陽動に引っかかるとは」
「だ、誰じゃお前は!?」
「俺は毛利家当主、毛利輝元。秀吉、そなたの首ここでもらい受けるぞ」
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