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雨中の貴人


 雨の中を響き渡る悲鳴。

 一人の女が悪漢たちに追われているのが見えた。


「これはいかん。助けねば!」


 拙者は反射的に駆け出しておった。

 今の拙者は武器を持っておらぬ。信長様より与えられた『圧切』は、今日、大阪城を追われる際に秀吉によって奪われてしまったためだ。


 だがそんなことは関係ない。武士の本懐とは刀にあらず。その魂にこそあるのだ。目の前で襲われている御仁を守れずしてなにが武士か。


「ぐへへへっ! 姉ちゃん、もう観念したらどうだ?」


「くっ……よ、寄らないでください!」


 悪漢たちの手が女に迫る。拙者は地面を蹴り跳躍し、その前に割って入った。


「……待て!! お前たちそこまでだ!」


「な、なんだこいつは!?」


「拙者の名は弥助。お前たちどのような訳があってこの女を追っていた? 理由によっては見過ごしてはやれぬな」


「て、てめえ異国の者か? その女は俺たちが目をつけたのだ。さっさとこっちに渡しな!」


「ほう。何故そのような事を? 見ればずいぶんと怖がっているように見えたが」


「へへっそりゃあたっぷりと可愛がって、いいことをしてやろうってわけよ。さあわかったらどきな。それとも命が惜しくないってわけかい?」


「ふーむ異なことを申すものだ。拙者がどうしてお前らのような小物の言うことを聞かねばならぬ。さあ命ばかりは助けてやるゆえ、早々に去るがよい」


「て、てめえまさかやる気かよ。この人数相手に敵うと思ったか?」


 見ればごろつきどもは十人ばかり供だっているようであった。ふーむなんとも情けない奴らだ。

 寄ってたかって一人の女を追い回すなど、まったくどうしようもない奴らでござる。


「はあ。やれやれ。お前たち俺を誰だと思っている? お前らごとき打ち倒すのに十秒とかからぬぞ?」


「ひゅー。言ってくれるじゃねえの。どうやら死にたいみたいだな」


「ぐへへ兄貴、こいつ武器も持ってないですぜ。さっさと血祭りにあげてしまいましょう」


「だな。おい取り囲め。ボコボコにして立場をわからせてやるんだ。俺たちに舐めた口を利いた事、後悔させてやる。逃がすんじゃねえぞ!」


「へい! おい弥助とやら、もう助からんぞ」


「うぃーす。へへへ、可哀そうにねえ!」


「う、うわぁ。なんなのでござるか。こいつらは……」


 男たちは拙者をぐるりと取り囲んだ。

 刀をべろりと舌で舐めながら下劣な笑みを浮かべるごろつきたち。だがその構えはあまりにも隙だらけで、素人丸出しであったのでその滑稽さに拙者は思わずため息が出そうになってしまう。



「あ、あの。弥助様、大丈夫ですか」


「なに心配はござらん。拙者にすべて任せておかれよ」


「は、はい……! でもせめて武器を」


「ははは不要でござる。このようなごろつきなど素手で十分であるからな」


「な、なんと」


 拙者の後ろでは先ほどの女人が震えておった。頭に傘をかぶっていてその表情はうかがい知れぬが、その所作からかなり身分の高いお方のように見えた。

 なにゆえこのような雨の中を一人でいたのであろうか……?


「お前ら女には傷つけるなよ。やっちまえ!」


「「うおおーっ!!」」


 太刀を振り上げ、ごろつきの一人が正面から迫る。

 だがその動きはなんというか、酷くゆっくりとしていて……


 これは止まっているのでござるか?

 あまりにも剣技がお粗末だったので、まるで殺してくださいと言っているようであった。


「やれやれ参ったでござるなあ……」


 拙者は十分に力を加減し、こぶしを男の顔面目掛けて見舞ってやった。


「へぶうううううううっ!?!?」


 男は情けない悲鳴を上げながら吹っ飛んでいき、背後にあった木にめり込んで、気を失ったようだった。

 なんという脆い奴だろう。まさかこの程度の打撃で気を失ってしまうとは……


「な、なんだ!? 今なにが起きた?」


「わからねえ。急に吹っ飛んだように見えたが……」


 哀れにもごろつきたちは、何が起きたのかよくわかっていない様子であった。

 ふーむまさかこの程度の動きも見切れぬとは。何故、拙者に挑みかかってきたのだろうか。


「どうしたお前たち。まさかこれで終わりではあるまい? さあ(のみ)の心臓ほどの度胸でもあるならかかってこい、この腰抜けども」


「な、舐めやがって。おいっ全員で一斉にかかれ!」


「うおお。ぶっ殺してやるぞ!」


「死ねえ弥助!」


「学ばぬ奴らだ。引導を渡してやるとしよう」


 拙者は男たちに認識できない速度で背後を取ると、そのこぶしを振り下ろした。


「フン!」


「ぐっはあ!!?」


「隙だらけだぞ」


「ぎょえええッ!?」


「足元ががら空きだな」


「ひぐうううッ!??」


「遅すぎる。やる気があるのか?」


「ぎゃあああああ!!」


 バタバタと倒れていくごろつきたち。ぶざまにも地面を這いずり泥にまみれておった。

 ごろつきどもの首魁と見える男は、太刀を構えながらもガクガクとその膝を震わせ、哀れにも失禁していた。


「な、な、なんだお前は。俺は剣術柳生流八段だぞ。こ、こんな……」


「未熟者が。俺に挑むには千年早いぞ」


「き、きええええ!」


「哀れな奴。とくと頭を冷やしてくるとよいだろう」


「な、何を!? うわあああっ!」


 俺は奇声を上げて切りかかってくる、自称剣術八段の男を抱え上げる。そのまま近くを流れていた川にぶん投げてやった。

 はあやれやれ。汚物は洗濯するに限るでござるなあ。


「ぐわぁ! 俺は泳げないのだ。ひいいっ助けてえ」


 ごろつきの首魁は溺れながらどこかに流れていき、残っていた連中も逃げ去ってしまったので、あたりはすっかり静かになっておった。

 頭上からは日の光がさしている。いつのまにか降っていた雨も上がっているようだった。


「あの……ありがとうございます。助けていただかなければどうなっていたか」


「いや礼にはおよばんでござる。これぐらい容易きこと。お怪我はなかったか?」


「はいおかげさまで。ありがとうございます弥助様」


 女はかぶっていた傘を優美な所作で脱いだ。

 その顔があらわになると、拙者はあまりにも驚いた。

 このお方が大阪城の天守にいる所を、今さっき見てきたからだ。


「ねね殿……」


「すみません弥助様。あの……ついてきてしまいました」




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