伊賀の山越え
拙者の名は弥助。偶然にも寧々と行動を共にすることとなった拙者はこれからの事で相談しているところであった。
「ふうむ。さて、信長様の仇を探すといってもどうしたものか……」
「あの、弥助様。寧々に考えがあるのですが」
「うむ、どうされた?」
「はい。まずは何をするにも先立つものが必要かと思います。どこかの大名家を見つけ仕官するというのはいかがでしょうか?」
「仕官か。それは確かに良いかもしれんな」
「情報を集めるにもやはりどこかの家に所属しておいた方が入ってくる話も多いかと思いますわ」
「そうだな。ならばまずは新たな仕官先を見つけるとしよう。しかし大名家と言っても数は多い。どこに仕官するべきだろうか」
戦国の世の日ノ本では武勇や才覚に秀でたものは自らの立身出世を願い、仕官を求めるのが常となっていた。拙者も織田家、その後の豊臣家と務めてきたがこれより先はどうするべきだろうか。仕える相手を間違えればまた先のようなことになりかねないからな……
「弥助様ならばどこの大名家でも引く手あまたと存じますが、例えば三河の徳川様などはいかがですか? ここからそこまで遠くございません」
「おお……信長様の同盟者だったお方か。確かにいいかもしれん。ではさっそく三河へと向かうとしようぞ」
「はい、弥助様」
寧々の提案で拙者は新たな仕官先を探すこととなった。目指すのは東の地、徳川殿が治める三河である。さっそく街道を行く我らであったが、その先の関所にて異変に気付くのであった。
「ふうむ……こちらの関所もか。やはり厳重に警戒されているようだ」
「弥助様、どうかされましたか?」
「ああ、この先の関所にて門衛たちが寧々を探しているようだ。見つかれば連れ戻されてしまうだろうな」
「ええ……そんな。私、あの場所にはもう帰りたくありません」
「これは困ったな。どうしたものだろうか」
寧々が城を抜け出したことがあの秀吉にも伝わっているのだろう。街道のあちこちに設けられた関所では兵たちが厳戒態勢で行き交う女人たちの顔を確認しているのが見えた。どうやら畿内から外へ向かうあらゆる道路が見張られているようだな。ふむ……関所を通らず東へ行く、手がないわけではないのだが。
「寧々、今ならばまだ引き返す道もある。どうしても俺と行くというのか?」
「はい。私はすでに弥助様と運命を共にすると決めました。どうかお傍に置いていただきたいのです」
「わかった。ならば拙者も腹を決めよう。少々荒っぽい道になるがよいでござるか?」
「覚悟はできています。しかし道というのは……?」
「うむ。徳川殿の話をしていておもいだしたのだ。東へ向かう隠し道があることにな」
本能寺で信長様が命を落とされた後、畿内に取り残された徳川殿が通ったという秘密の抜け道があるという。忍びたちの隠れ里があるという山、伊賀の山越えである。
街道を行くのをあきらめた我らは、道を迂回し木々の生い茂る山道へと歩を進めた。
「ここが伊賀の山ですか。なんと深い森なのでしょうか」
「ここから先は道が険しくなるでござる。寧々のことは拙者が抱えていこう」
「えっ? でも……弥助様にご迷惑をかけるわけには」
「なに、心配ござらん。よっと……」
「きゃっ!? まあ……なんという逞しい腕。ぽっ……」
「さあ追手のかかる前に急いで山を越えてしまおう。一気に行くでござる」
あまりこのような場所に長居して寧々が虫にでも刺されたら大変だ。拙者は岩を蹴り、小川を飛び越えて伊賀の山中を一気に駆けて行った……!
「はっ……! とおっ!」
「す、すごい……まるで森の中を飛んでいるようです。あの弥助様、私、重くはないですか?」
「はは。まったくそんなことはない。これぐらい容易きこと。どれ……もうかなり登ってきたようだな」
「なんというお力、それに風のような速さ。どれも我が夫とは比べ物になりません……」
「おや寧々、どうかしたか? 顔が赤いようだが」
「いえ、なんだかずっとこうしていたいと思ってしまいまして」
「オゥ……まいったでござるな。まあ、落ちぬようしっかり掴まっておくでござるよ」
「はい。弥助様///」
寧々を腕に抱えての山登りは順調であった。ただ一つ……背後からずっとつけてくる謎の気配を除いてだが。
ふーむ山に入った頃からか? 秀吉の放った追手だろうか。拙者は立ち止まり、寧々を地面におろした。
「寧々、少し降りていてもらえるか」
「……? 弥助様、どうされましたか」
「ふむ……どうやらつけられているようでな」
「えっ……!?」
気配を消しているようだが、隠しきれておらぬな。
拙者は背後の何もない空間、一本の木の上に向けて叫んだ。
「おい、そろそろ出てきてもよかろう。なにゆえ我らを追ってくるのか?」
「な、なに!? 私が見えているのか!」
「ああ、先ほどからずっとな。この辺で正体を現したらどうだ?」
「くっ……ば、馬鹿な……私の術を見破るなど」
突如、頭上より何者かが身をひるがえしてあらわれた。
それは漆黒の装束に身を包んだ一人の少女であった。長い黒髪を馬の尾のように後ろで束ねている。年のころは15か16といった具合であろうか。口元を隠しているが、相当な美少女であるようだった。
「何もない所から人が!? 弥助様、これは?」
「ふーむ、どうやら忍術の類か。風景に同化し身を隠していたのであろう」
忍びと思われる彼女は術により隠れていたようだが、気の乱れからそれは完全ではなかった。少し集中して見ればすぐにそこにいることがわかるだろう。
しかし、彼女はこの山の忍びだろうか? こちらに剣を向け、すっかり警戒されてしまっているようだった。まいったな、争うつもりはなかったのだが……
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