太閤殿下の毛利征伐④
「なんだこれは……どうなっているのだ!」
輝元の合図で続々と寄せてきたのは毛利の更なる増援であった。
馬鹿な。まだこれほどの軍勢を隠していたのか!?
「あの黒い侍がいるかと思い警戒していたが、もはやそれも必要あるまい。我が全戦力でもってお相手いたそう」
「ば、馬鹿な。なんだこの旗指物の数は!? 我が方よりも明らかに多いではないか!」
迫ってくる毛利の兵数はざっと見ただけでも明らかにこちらより上だ。
なぜ三十万の軍勢で攻め寄せたわしが戦力差で負けておるのか。目の前で起きていることがまったく理解できなかった。
「やれやれ……俺たちが多く見えるか、秀吉? それは違うぞ。お前らが少なくなっているんだ」
「なにっ!? どういうことじゃ!」
「お前ら豊臣方は調子に乗ってどんどん進軍し過ぎた。その結果、軍勢が細長く伸びきっていることに気づいていないのか? 突出した先頭から順番に倒していくのは容易いぞ?」
「ぐっ……なんじゃと! い、いつの間にそんなことに」
「多数でもって相手を囲んで叩くのはいくさの常道であろう。どうやらこんな基本的なことも出来ていないようだな」
「き、貴様ーっ!」
「秀吉は戦上手だと聞いていたが、これではまるで素人だ。よくこんな有様で天下人になれたものだな」
「くっ……舐めおって。ぐぬぬ……!」
わしを愚弄する若造に激しい怒りがこみあげてくる。こいつを今すぐ切り捨てにしてやりたい。だが、その時間はもはや残されていなかった。
「秀吉様、敵の増援が来ます! ご指示を!」
「う、うわあ!! 囲まれるぞ!」
その場は敵味方交わっての乱戦となった。
わしの傍にも矢玉が飛んでくるほどの危険な状態となり、もはや取れる選択は一つしか残されていなかったのだ。
「ひいいっ撤退じゃ。撤退の法螺貝を鳴らせ!」
「に、逃げろーっ! ここにいたら毛利に殺される!」
「毛利の将は強すぎる! これじゃ勝ち目がない」
「あっお前らわしを置いて行くでない! おい、ちゃんと大将を守らぬか! わしは天下人なのだぞ!?」
「哀れだな秀吉。散々領内を荒らしてくれた礼をしてやるとするぞ。無事に帰れると思わぬことだな」
「ヒイイイィ! おい三成、お前が殿をいたせ。わしが逃げるまで敵を食い止めるのだ!」
「え? わ、私がですか!? そんな……殿、置いて行かないでください!」
「黙れ! お前を取り立ててやった恩を忘れたか? これは太閤としての命令である」
「ひええ! そんなぁ!」
さらば三成。お前のことは忘れぬぞ。わしは三成にその場を任せ、馬で一目散に逃げ去るのであった。
わしにとって唯一の救いは、安芸から畿内に至る道筋は、以前に明智を討った時に通ったことがあったので、道程はすべて把握していたことだった。
だがこの時はまだ知らなかったのだ。わしの中で第二次中国大返しとも呼ぶべきこの事件は、後に豊臣崩壊の火蓋となっていくのである。
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