七章 ぽろぽろ
投稿が遅れました。
これからは平常運転で投稿したいと思います。
秋が過ぎそうな頃、私は初めて、幸せを感じる生活を送っていた。今日は少しだけ肌寒い。私はそんな日にアイスを食べるのが好きなので、二人分のアイスをコンビニで買って、陽気な気分でチョコがかかった、口の中でとろけるアイスを頬張っていた。夏なら、早く食べないと溶けてしまうので急いで食べないといけないが、肌寒い時期はその心配はないので、ゆっくりと味わって食べられる。私は神社の賽銭箱に寄りかかり、風に乗って流れた周りよりも低い温度の風を指先に感じながら、空を見上げた。二人分と言ったが、もちろん、一人で食べるわけではない。
「おいしそうなの食べてるじゃん!」
賽銭箱の上から、鈴を転がすような声が聞こえた。目線をより上にあげ、私は白い猫耳を視界に入れた。この子は、神。神は私の隣にちょこんと座り、私を物欲しそうな目で見つめる。そのビー玉のように透き通った瞳に見つめられ、私は負けた。
「一口どうぞ」
「やったー!このアイス、二番目に好き」
神のことだから、一口と言って二口分くらい食べるのかと思っていたが、そんなことはなかった。神は謙虚に端っこの方をかじり、私の手にチョコが付かないように棒の端っこを持って渡した。
「うんま!」
「神の好きなアイス、買ってきたよ」
私はなるべく自然に見えるように、間接キスをしたという動揺を隠してスクールバッグからアイスを取り出した。神の大好きなイチゴアイス。サクサク系より、ふわふわ系が好きだと言っていたので、カップアイスを買ってきた。神は瞳をルビーのようにきらきら輝かせ、イチゴアイスに飛びついた。その衝撃でチョコアイスを落としそうになるのを堪えながら、私はカップと木製アイススプーンを手渡した。溶けてないといいけど。
「今日は学校で何かあった?」
ぱくぱくとアイスを口に放り投げるように食べながら、神はそう聞いた。最近、こうやって雑談ができるようになったので、うれしい。私は少し考えてから、口を開いた。
「今日は、先生の後頭部がイチョウの葉みたいな形に禿げてるのに気が付いて」
「あっはは、何それ~」
「体育館でバスケしてたら、すずめが入ってきちゃって」
「あー、たまにあるやつ」
「三年生が修学旅行に行ったから、廊下、が、静、か、で」
あれ、何か、思い出しそう。
*
中三の修学旅行、私と優香はバスで隣に座りながら、しりとりをして遊んでいた。よく晴れたその日、優香は酔いやすいため、窓側の席、私は通路側の席に座っていた。
「んー、スイカ」
「それ言った」
「言ってないでしょー」
私が「す」攻めをしていると、優香の脳に入ってる「す」から始まる言葉はなくなったようだ。ずっとこの会話の繰り返し。そろそろ諦めたらいいのにと思っていたら、私の通路を挟んで隣にいる女子が割り込んできた。
「水死は?」
「物騒すぎるだろ」
思わずツッコんでしまった。慌てて口元を押さえるが、発してしまった言葉は戻ってこない。私はヤンキーだったので、話すと怖がられてしまう。ツッコまれたらなおさらだろう。しかし、その子、鈴は怖がらなかった。
「あっはは!じゃあ、睡魔は?」
「あー、それ言ってないわ!」
「く、くそ」
優香と鈴は二人でどや顔を決めてくる。鈴がドヤるのはわかるが、優香は違うだろ。鈴の隣の席のやつは爆睡中らしく、私たちは三人で仲良くしりとりをすることにした。
しりとりと雑談を交えながらわいわいとしているうちに、旅館にバスは停車した。
その日の夜、花火を見に行くことになったので、私たちは旅館のすぐ横にある小さな山を登った。山の上には展望台があり、その展望台から花火が見れるらしい。全学年で五十人もいないので、私たちは全員で展望台に上れた。町の方から咲き誇る花火を見ていると、隣に鈴がやってきた。
「ねえねえ、杏里」
「なんだよ」
「私、杏里が好きだよ」
私は、花火の音に交じって聞こえなかった、というふりをした。
そんなこと、しなければよかった。
鈴は、悲しそうに俯いていた。
修学旅行の帰り、行きと同じ席に座り、私たちは思い出を語り合っていた。山奥のカーブが多い道だ。カーブをするたびに遠心力で左右に体が揺れる。優香がいつも通りの饒舌を披露していると、突然、口をあんぐり開けたまま固まった。
「どうした?フリーズしたか?」
「電波が悪いのかもねえ」
「いや、今揺れたような気がして」
バスのエンジンじゃね?と言おうとした次の瞬間、バスが横に大きく揺れた。ぐらぐらと左右に揺れ、ついに倒れてしまった。女子の悲鳴と男子の叫び声が、混ざり合って、不安を加速させた。
鈴の方を地面に、私たちのバスは横転した。シートベルトしててよかったと思ったが、半分宙に浮かんでいるような状態だったので、私は少しだけ恐怖を覚えた。隣を見ると、優香が前の座席にしがみつきながら震えている。鈴の方も、見た。
鈴は、泣いていた。
怖かったからか、と思ったが、少し違うみたいだ。
「…なさい、ごめんなさい…」
鈴は、小さな声でぶつぶつと謝っていた。私は鈴の方に手を伸ばす。
「鈴…」
鈴はバッと顔を私に向けた。見開かれた瞳から、涙がぽろぽろとあふれている。思わず、私は伸ばす手を引っ込めてしまった。そんなこと、しなければよかった。
「ごめんなさい」
鈴の声が、最後に聞こえたような気がした。次の瞬間、横転したバスに何かがぶつかって、崖から滑り落ちた。
そこから、私の記憶はない。
*
「鈴…」
そうだ、私、死んだんだ。
溶けたアイスが、ペタッと私の指先に乗っかった。
鈴は、絶望したように唖然としていた。
「思い出しちゃった…?」
読んでくれてありがとう。
もうそろそろ、クライマックスです。
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