三章 きらきら
といった具合で、神の力をお貸しいただいたわけなんだけど、私の体に何か変化があるかと聞かれると、そんなことはない。いつも通り眠たいわけだし、空だって飛べない。神のように耳やしっぽが生えてるわけでもない。何が力だよ。笑わせないでほしい。
「まあ、今日は遅い時間だし、明日からでいいんじゃない?」
神は、また楽観的にそう言った。スマホで時刻を見ると、六時半になっていた。確かに、神社の明かりで全く気が付かなかったが、空は既に真っ暗になっていた。私はスクールバッグを担ぎ上げ、神に何も言わずに家に帰った。
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その日の次の日。こういうのは翌日って言うらしい。ということで、翌日。土曜日だ。私はいつもより三時間ほど早く起きて、東猫神社に向かった。神社は、昨日掃除したばかりなのに、また汚くなっていた。神は、いなかった。私は神を待つために、賽銭箱に体を預け、空を見上げた。今日は晴天。なのに、少しだけ寒い。これだから、秋は嫌だ。春も夏も冬も嫌いだけど。
「おっはよ!早起きですねえ」
「ああ」
挨拶の代わりに私は短く返事をした。神はいつの間にか私の隣に立っていた。見下されるのが何だか癪だから、私も立ち上がった。神は私の手を取り、握りしめた。私は心底驚いたので、離そうとした。
「行くよ!」
「どこにだよ」
その問いに答えない代わりに、神は白くきらきらと光り出した。マジで、何すんだよ。その光はやがて私にまで伝染し、私の体もきらきらの光に包まれた。え?マジで何?
驚くべきことに、私の体からは神と同じような白い尻尾と耳が生えていた。それにも驚いたが、私は神の姿にも驚いた。神はなんと、大きな白猫になっていたのだ。細長い顔から伸びた長い牙、細長い目からのぞいた赤い瞳、長い体から伸びた爪の長い四肢、そしてその体から伸びた大きな二本の尻尾。
神様。その言葉がよく似合う風貌だった。
「さあ、乗って!」
私は、神様の口で放り投げるようにして無理やり神様のふわふわな背中に乗せられた。私が驚いているうちに、神様は晴天へと飛び出した。危うく落ちそうになったので、私は神様の背中に必死にしがみつく。私たちは気が付くと、最近オープンした三十階建ての高層マンションを飛び越えていた。
「下を見て!」
「む、無理だよ!こんなに高いとこ見られねえよ!」
私はそう言った。しかし、そう言った後でどんだけ情けないことを言ったのか、と少しだけイラっとしたので、下を見ることにした。下を見ると、家が私の小指に乗るくらい小さくなっていた。その様子を見ていると、おのずと恐怖は和らいだ。
すると、住宅地の隅にある小さな公園が、きらきらと光っていることに気が付いた。私は神様の耳をグイッと引っ張り、神様を呼んだ。
「痛ったい!なに?」
「あ、ごめん、そこの公園が光ってるからさ」
私は隅の公園を指さした。神様は細い目をさらに細くして、その公園を見つめた。目、悪いんだ。
「そこね、オッケー」
そう言うと、神様は空中で身をひるがえし、ジェットコースターのようにその公園に向かって猛進した。私は風圧で飛ばされないように、必死になって神様に捕まった。
二秒ほどで、そこの公園に着いた。公園に着くと、数人の子供たちが遊んでいた。小学生くらいだろうか。男の子たちは公園内で怪獣ごっこをしている。
「アンタの姿、見られないの?」
「うん、もちろん、杏里ちゃんのもね」
それは安心だ。私は公園の隅のブッシュがきらきらと光っていることに気が付いた。詳しく言えば、ブッシュが光っているわけではなく、ブッシュの中が光っていた。私はブッシュに近づき、その中を見つめた。
「あ、あった」
「あった?」
私はブッシュの中に手を突っ込み、その細長いものを手に取った。それは、茶色い長財布だった。私は、これが持ち主さんのものだと思い、それを持って神様のもとへ向かった。
「それだね、じゃあ次の場所行こっか」
「まだ行くとこあんの?」
「その持ち主さんのとこ行かないと」
それもそうだ。私は納得し、神様の背中に乗った。神はまた高く飛び上がり、さっきよりも高く飛んだ。私は上から光る場所を探す。一回で要領をつかんでしまう私を少しだけ尊敬した。
「あった、あのアパート」
「ボロッちいな!」
相変わらず、ひどい神だ。私たちは、そのアパートに向かって進んだ。アパートの二階に着くと、神は壁をすり抜けて中に入っていった。
「ちょちょ、すり抜けんの!?」
「だって、ブッシュの中に手突っ込んだ時も痛くなかったでしょ」
それもそうだ。私はまた納得し、壁をすり抜けた。初めての体験に、少しだけわくわくした。昨日の女性は、すでに起きていて、朝ご飯の食パンを一人で食べていた。悩んでいるのか、目の下のクマが目立ってさらに老けて見える。まあ、思ってるだけにしてあげよう。
「いや老けてるなあ!?」
ほんとに、この神は人の心が分からないらしい。こういうのを、空気が読めないという。
私は、その人の目の前にきらきらと光っている長財布を置いた。悲しそうに目を伏せた彼女を見ていると、こっちまで悲しくなってきた。神様に促され、私たちはベランダに出た。すると、長財布は光を失い、普通の茶色の財布に変わった。女性はその財布に飛びつき、外観をくまなく見た後に、中身を見た。中から質素な指輪を取り出した。
「ありがとう、神様」
その人は、涙が混じった声で、そう言った。私たちは笑い合い、その場を後にした。神の仕事も、悪くないな。
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