二章 けらけら
「手伝いって言ったって、私は何をすればいいんだよ。」
時刻は午後七時半ごろ。普段ならご飯を食べている時間だ。なのに私は、ぽかぽかと光っている神社で猫みたいな神様と一緒にいる。
不貞腐れた顔で、私はそう神様に尋ねた。神様は相変わらず、馬鹿っぽい顔をしてこちらを見つめている。こいつが神様なんて、馬鹿も休み休み言ってほしいものだ。
「んー、まあ、そうだね。」
神は何か悩んでいるらしい。内容を決めていないのに、私に仕事を任せたのか。こいつは見た目だけじゃなくて、中身まで馬鹿らしい。神は大きく頷き、私に向き合った。そのきれいな瞳に、飲み込まれてしまいそう。咄嗟に、そう思った。
「まあ、明日も来てよ。それが、今日のお仕事ね。」
絶対、来ない。
*
*
「ほらほら、もっと綺麗にしてー。」
私は古ぼけた箒をせっせと動かし、神社の掃除をしていた。そろそろ秋だからか、落ち葉の量が異常だ。昨日よりもさらに増えている。きっと、毎日掃除しても意味はないのだろう。
肝心の神様は、お賽銭箱の上で寝っ転がりながら私の数学の教科書をパラパラとめくっている。読んでいるというよりかは、めくって遊んでいるの方が正しいような動きだ。無意識に尻尾を左右に波打たせている。
「アンタも仕事しなよ。」
「えー、だって誰も来ないんだもん!」
立地が悪いのと汚いのと狭いのと胡散臭い名前。絶対この神社にお参りはしたくない。これを思うのは二度目かな。神様は数学に飽きたのか、次は国語の教科書を取り出した。
国語は、好きだ。いろんな人の考えが、その一つの文章に詰まっているから。教科書の本文を読むだけなら学校は好きなのに、テストがあるから学校は嫌いだ。国語に限っては、テストなんかしなくていいと思う。
私は落ち葉を鳥居の左足にまとめながら、そのようなことを考えていた。階段をのぼり、狭い神社を見渡す。幸い、カラカラの落ち葉はもう落ちていなかった。
「お、きれいになったねー。おつかれさまでした!」
そう言うと神様は、賽銭箱の上からすとんと地面に着地し、私の方へ道の真ん中を通って歩いてきた。今日の任務は終了だ。私は帰りの支度をしようと、神様の横を通り抜け、カバンの方へ歩こうとした。
突然、神様が私の肩をつかんだ。
驚いた。初めて神様に触れられた。その手は温かく、ぽかぽかとしていた。神様は真顔でまっすぐ私を見つめている。その顔がやけに神妙で、私は固唾を飲み込んだ。
「誰か、来たよ。本殿に入ろう。」
私は言われるがまま、されるがままに、神社の本殿に足を踏み入れた。そこには私の身長よりも十センチくらい大きい猫の形の置物があった。しかし、その猫は左半分しか形がなく、もう右半分とは鋭い刀で切られたような断面をしていた。猫はキュッと目を細めて笑っている。少し、不気味だったから、私は目をそらした。すると、私の肩に触れあうように、神様がいることに気が付いた。。神様に座って、と言われ、私は正座をした。神は胡坐をかいていた。胡坐でいいのかよ。
賽銭箱から、ちゃりんと音が鳴った。誰かがこんな神社にお参りに来たのだ。私は理由はよくわからないが、面接の扉を開ける前のようにグッと身構えた。
「十円。時間は十秒だけだね。」
神様は、ぼそっとそう言った。その言葉の後すぐに、本殿の扉がスーッと半透明になり、お参りに来た人の姿が見えた。その女性は薄いピンクのワンピースに、白いカーディガンを羽織っていた。髪の毛は一つにまとめられていて、年齢は三十代くらいだろうか。
『私の財布が盗まれました。あれには父の形見が入っているのです。どうか、私の手元に帰ってきてください。』
ふと、そう聞こえた。この女性の願いなのかな。きれいな声で、心地が良い。その後、またスーッと扉の形が戻っていき、私たちは暗い本殿に二人きりになった。沈黙が、チクチクとやけに痛い。
「って、形見が入ってるなら大事に持っとけよー!」
突然、大きな声で神はそう突っ込んだ。私は驚き、神から少しだけ距離を置いた。神はけらけらと笑いこけ、涙を流しながら爆笑している。私はその光景に唖然とした。
「願い事、聞いてあげないの?」
「めんどくさーい。やりたくなーい。」
こいつ、本当に神様なのか。
「盗まれたなら警察に行きなよ。形見がどんなものか知らないけど、そんな盗まれるような高価なものではないでしょ。時期に見つかるって。」
楽観的な神は、涙をぬぐいながらそう言った。私は腹が煮えくり返った。腹が熱くてじんじん痛む。
「いや、そういう問題じゃねえだろ。形見ってのはな、大切なものなんだよ。そもそも警察に行って見つかってるなら、こんな汚ねえ神社来てまでお願いしねえよ。」
私は、神になぜか説教していた。神は目をぱちくりさせ、私をじっと見つめた。私もにらみ返してはいたが、神の顔がかわいすぎて段々睨めなくなってきた。くっそ、むかつく。
「じゃあ、杏里ちゃんはそのお願いを聞いてあげたいんだ。」
「あ、当たり前だろ。」
「んじゃさ。」
神は私にグイッと近づき、私のおでこをピン、とはじいた。痛った。その瞬間、私の体は内側からぽかぽかと温かくなり、何か力がみなぎるような気がした。
「そんなに人助けがしたいなら、私の力をあげる。」
神は、にこっと笑った。
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