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Thanks 20th参加作品

繋ぐ想い

作者: 地野千塩

 高校卒業後、一年もたってしまった。


「はあ……」


 部屋の窓の外からは、美しい桜並木が見えるが、市子はため息をこぼす。桜並木の下ではランドセルを背負った小学生達が歩いていたが、おそらく一年生ぐらいか。ピカピカの一年生。眩しいほどの笑顔を見せいて、市子は目が潰れそう。


 カーテンを閉め、外から完全シャットダウンする。部屋のドアもしめ鍵をかけ、スマートフォンでweb小説を読み始めていた。特に小説家になろうの作品が好きで片っ端から作品を読む。


 市子はこんな風に引きこもり生活を送っていた。高校卒業後からもう一年たつが、こんな毎日の繰り返しで、何の進歩もしていない。


 引きこもりになったのは、いじめが原因だった。元々発達障害グレーゾーンという診断も受け、鬱や緘黙症と診断された事もある。とにかく他人が怖い。外の世界には鬼でもいりような気がして、コンビニやスーパー以外は外に出られない。


 親はこんな市子に絶望し、腫れ物扱い。もう就職も進学しろとも言ってこない状況になってしまった。


「はあ」


 薄暗い部屋にいると、余計に気が滅入ってくるが、好きなweb小説を読んでいる限りは、少しは心に灯がつく感覚があった。


「あ、この人。また更新してる」


 ブックマーク数やランキングに関係なく読み漁っていた市子は、とある作家に目がついた。船橋裕太という作家で、青春ラブコメを連載していた。


 正直、素人の出来。特に前半はコミュ障というか、独りよがりの文や展開。わざと難しい言葉を使っているようで読みにくい。実際、ほとんど見られていないようで、ブックマークもゼロだったが、毎日更新だけはしているよう。ちょっと気になりブックマークだけしておいた。


「うん? なんか中盤から展開も良くなって来たな……」


 そんな裕太の作品だったが、中盤からヒロインが生き生きと動き始め、心理描写も丁寧になってきた。たぶん男性の作者と思われるが、ヒロインが主人公を好きになっていく心理描写が的確でキュンとなり共感する。


 陰キャの男の子とヤンキーのヒロインの物語だったが、この子たちの恋を応援したくなってくる。


 作品のあとがきによると、裕太も主人公と同じくコミュ障の男性だったらしい。小説を書き始めた動機も不純。非正規雇用で虐げられていたので小説で一発逆転を企んだそうだが、書いているうちに良い作品を生み出したいという考えに変わったらしい。


 そう思った裕太は、同僚の女性に頼み、女性心理などを取材。裕太にとっては勇気が必要な行動だったようだが、おかげで作品の幅も広がったと語っていた。


 確かに。


 読んでいると、前半と中盤、後半が全く違う。作者の気持ちが変わった事が文から滲み出ている。


 最終的には、主人公がヒロインに勇気を出して告白してハッピーエンド。そこまでの心理描写が丁寧に描かれ「これは作者の実体験なのでは?」と思ってしまうほど。同時に主人公たちが幸せになった結末には、胸がいっぱいになる。市子もいつの間にか彼らの友達のような視点で応援していたから。


 裕太の活動報告には、書籍化やコミカライズ決定したという情報はないが、例の同僚の女性にプロポーズし、結婚したという。新居探しや転職活動により、しばらく作家活動はお休みという残念な報告もあったが、最後にこんな言葉が残されていた。


「恋なんて日常に転がってます。コミュ障とか陰キャだからと諦めてしまうのは、あまりにも勿体ない。ちょっとの勇気で人生は変わります。俺も一生独身コースから変われました。きっとあなたも良い方へ変われます。そう信じています」


 こんな言葉を読みながら、周囲を見渡す。薄暗く汚い部屋。


 それでもカーテンの隙間から光が漏れている事に気づく。


 思い切ってカーテンを開いて見た。桜はもう散っていたが、道を歩く小学生は前より背が伸びてた事に気づいて、少しだけ胸が痛くなってきたが。


「大丈夫だって。大したことないから、待ってて、すぐ行くから!」


 小学生は道に躓いて転んでいたが、すぐに起き上がっていた。そう叫ぶと友達の方へ走っていく。


 子供たちの明るい声が市子の部屋にも響く。


「大丈夫……。大丈夫かも……」


 この小さな部屋から出ても。


 あの作品から、あの裕太の言葉から、受け取ったものがある。今度はそれを誰かに伝えて繋ぎたい。まるでリレーのバトンのように。そんな希望が胸に灯る。


 まずは美容院に行こう。あとはダイエットやメイク。部屋の掃除も頑張ってみよう。


 この部屋での引きこもり生活は、もう終わる予感しかなかった。

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