85、貴方と共に歩む未来
楽しい晩餐会も終わり、私はエントランスでアレクのお見送りをしていた。
「今日は来てくれてありがとう」
「ヴィオが呼んでくれるなら、どこへだって駆けつけるよ」
「それは頼もしいわね」
私が微笑むと、アレクは名残惜しそうにこちらを見て、「もうすこしだけ、一緒にいたいな」とこぼした。
「ヴィオ、よかったら夜風に当たらない?」
差し出された手を取った私は、アレクと一緒に庭園へと向かった。
綺麗な星月夜のもと、ライトアップされた夜の庭園を、手を繋いでゆっくりと歩く。
「レイモンド卿の件、なんとか無事に解決して本当によかったね。あとはマリエッタ嬢の記憶が戻るといいけど、戻らなくてもあの二人なら、うまくいくんじゃないかな」
「そうね。この一年、ずっと手紙で交流してたし。豊穣祭が終わってリシャールが領地に帰ったあと、次はいつ会えるかなってすごく残念そうにしてたのよ」
「ログワーツ領の復興も進んでるし、マリエッタ嬢があちらに帰る日も、案外近いかもしれないね」
「そうなると、また寂しくなるわね」
いまのこの状況が特別なだけで、本来ならマリエッタはログワーツ伯爵夫人として、リシャールと共にあるのが、普通なのよね。
「ヴィオには、僕がいるでしょ?」
おちゃらけてそんなことを言ってくるアレクに、私はにっこりと笑顔を浮かべて言葉を返した。
「へ〜ずっと私のことを避けてた人が、そんなことを言っても、全然説得力ないわね?」
「あ、あの時は、本当にごめん!」
「すべて解決したら、話してくれる約束だったわよね。さぁ、吐きなさい」
豊穣祭のあと、お兄様の証言から魔族や闇魔道具に洗脳された者たちの捜索など、後処理に駆り出されてアレクもバタバタしてたから、結局落ち着いて話せる暇があまりなかったのよね。
「実は仮面パーティの日に、レイモンド卿が闇魔道具に関わっていることがわかったんだ」
「もしかして、あの香水の粗悪品販売に、お兄様も関わっていたの?」
「どうしてそれを……⁉」
自身の失言にハッとした様子で口元を押さえたアレクは、こちらに伺うような視線を送る。
「聖水だって渡された瓶が、似てたのよ。それで、もしかしたらって……」
「ああ……それだけは絶対に知られたくなかったのに!」
そう言って悲しそうに目を伏せたアレクの反応で、やっぱりかと私は確信した。
「闇魔道具に操られていた時、お兄様が言ってたの。『植物がある限り、お前はずっと自分を責め続けるのだろう? だったら滅ぼしてしまえばいい』って。お兄様が植物を嫌っていたのは、お母様の命を奪ったからだと思っていた。でも、それだけじゃなかった」
「レイモンド卿は、ヴィオに素直に謝れなかったことを、ずっと悔やんでいた。これは憶測だけど、そこをきっと魔族に唆されたんだ。植物に深い恨みを抱かせることによって」
「だから、私のことを避けてたのね」
「ヴィオの前で、すべてを隠し通せる自信がなかったんだ。君を傷つけたくなくて……」
「すべて一人で解決しようとしてたの?」
「ことを荒立てたくなくて……何度かレイモンド卿と対峙したんだよ。でもなかなかあのイヤーカフを壊せなくてさ」
「それで、お兄様が闇魔法で作り出した結界に閉じ込められたと?」
「はは、脱出するの、本当に苦労したよ……」
やはり、何度かお兄様と会っていたのね。
単独で行動し続けて、ウィルフレッド様に始末書を書かされていたくらいだし、裏で秘密裏に頑張ってくれてたのね。
私のためにやってくれたことなのだろう。
それはわかる。
でもそうやって、一人で危険なことはもうやってほしくない。
無意識のうちに、繋いでいた手に力が入っていたらしい。
アレクが俯き黙り込んだ私に、「ヴィオ?」と心配そうに声をかけてくる。
「建国祭の日、エヴァリー公爵夫人に言われたの。ライデーン王国に来ないかって」
「……え⁉ それって、まさか……」
狼狽えるアレクに、私は淡々と言葉を返す。
「エヴァリー卿と一緒に、神聖農園を守ってくれそうだからって」
「なんて、答えたの……?」
そう尋ねてくるアレクの声は、不安のせいかすこし震えていた。
「もちろん断ったわよ」
私の言葉を聞いて、「よかった」とアレクはほっと安堵のため息を漏らす。
「あの、神聖農園よ? 昔の私ならきっと、二つ返事で引き受けてたと思う。でもね、その時思ったの」
アレクが一人で無理をするのは、私がきちんと自分の気持ちを伝えていないせいだ。
一年半前、初めてアレクに告白された時にはまだわからなかった。
けれどいまなら、きっと自信を持って言える。
彼のほうに向き直り、私は言葉を続けた。
「アレク、私は貴方と一緒に居たい。何年経っても、何十年経っても、隣には貴方に居てほしいって。だから……」
もう一人で無理をしないで。
楽しいことも苦しいことも、一緒に分かち合って生きていこう。
そう伝えたかったのに、不意に抱き締められたせいで、最後まで言わせてもらえなかった。
密着した身体から、ドキドキと高鳴る鼓動がアレクに聞こえてしまいそうで、恥ずかしい。
でもそこに不快感はなくて、心臓が嬉しい悲鳴を上げているように感じた。
「…………どうしよう。嬉しすぎて、死にそう」
私の肩に顔を埋めたアレクがそんなことを言うものだから、私は慌てて反論する。
「し、死んだらだめよ! 私との未来、諦めないって言ったじゃない」
ゆっくりと顔を上げたアレクが、真っ直ぐにこちらを見据えて尋ねてくる。
「前に、進んでもいいの? 許可したらもう、取消はなしだよ? それでもいいの⁉」
どれだけ確認取るのよ!
でもそれだけ我慢して、私の気持ちが追いつくのを待っててくれたってこと、なのよね。
そう考えると、胸の奥が幸せで満たされる。
そっとアレクの頬に手を添えて、私は素直な気持ちを伝えた。
「他の誰でもない。貴方がいいわ、アレク。貴方が、好きなの」
「……っ、夢みたいだ……ありがとう、ヴィオ」
優しく細められたアレクの目の端に、じわりと涙が滲みだす。
な、泣くほど嬉しいの……⁉
慌ててポケットからハンカチを取り出してその涙を拭おうとしたら、なぜかその手をアレクにやんわりと掴まれた。
「キスで拭ってほしいな……」
予想外のお願いに、思わず硬直する。
もしかして私は、とんでもない許可を出してしまったのではなくて?
そもそも涙って、キスで拭うものなの……⁉
でも泣かせたのは、私じゃない……あーもう、腹をくくって背伸びをした私は、アレクの目元にそっと口付ける。
するとアレクは驚きで目を丸くしたあと、状況を理解したのか、頬を真っ赤に染めて口をパクパクさせている。
「え、いま……本当に、してくれたの……⁉」
狼狽えるアレクの姿が愛おしく感じると共に、すこし申し訳ない気持ちになった。
与えてもらってばかりで、私は全然返せていなかったわね。
私のせいで壊れてしまった家族を繋ぎ止めるのに必死だった日々を、アレクはずっと陰ながら支えてくれた。
香り改革をしようと誘われた時は驚いたけど、好きなことを堂々とやっていいんだって、勇気をもらった。
みんなに香水を認めてもらえて、とても嬉しかった。
フェリーチェを開店させるために、アレクが子どもの頃から色々努力してくれたことを知って、胸が詰まったように苦しくなった。
ログワーツの精霊暴走事故でマリエッタを救えたのも、闇魔道具に操られたお兄様を救えたのも、バラバラだった家族が再び一つになれたのも、アレクがこうしてそばで支えてくれたおかげだ。
本当に、感謝してもしきれないわね。
一つ一つ、アレクと重ねた大切な日々を思い出しながら、私は口を開いた。
「私の願いを、アレクはこれまでたくさん叶えてくれたでしょ? だから今度は、私が貴方の願いを叶えたいのよ」
反対側の目元をキスで拭ってあげたら、今度はまた反対側からぽろぽろと流れだすアレクの涙。拭っても拭ってもキリがなくて、なかなか追いつかない。
アレクがこれまで与えてくれた愛の大きさを感じながら、私は彼が泣き止むまでその涙を拭い続けた。
「ヴィオ、触れてもいい?」
こちらをじっと見つめるアレクの瞳には、堪えきれない熱が籠っているように見えた。
私がこくりと頷くと、アレクはそっと私の頬に触れた。
存在を確かめるように、その手は頬から耳へと移動し、優しく髪を梳かしながら後頭部を撫でる。
「これが夢じゃないって、確認させて」
ゆっくりとアレクが顔をこちらに近付けてきた時――ヒソヒソと話し声が聞こえた。
『そろそろ二人の愛の結晶、生まれる? 僕、楽しみ!』
『リーフ様、残念ながらそれはもっと別のプロセスが必要で……』
『ウンディーネ、まだそこまで教える必要は……』
『アレクシス、やっと想いが通じたのだな! 実にめでたいぞ!』
声のしたほうに視線を向けると、こちらを期待しながら見守るリーフと上級精霊様たちの姿があった。
もしかして、ずっと見られてたの……⁉
「ま、待って!」
恥ずかしくて、こちらに近付いてくるアレクの顔面を思わず手で止めてしまった。
ぺちっていい音がして、「ひ、ひどいよ、ヴィオ!」とアレクがわめく。
「だって、ほら!」
斜め上空を見るよう促すと、「精霊たちも祝福してくれてるんだね」って呑気な答えが返ってきた。
羞恥心!
貴方には羞恥心ってものがないの……⁉
「ほら、そろそろ帰る時間よ」
アレクにそう促すと、彼は「そ、そんなー!」と言って、がっくりと肩を落とした。
「そろそろ結婚式の計画、立てないといけないでしょ?」
「結婚式……うん、そうだね! ヴィオの花嫁姿、楽しみだなぁ……きっと世界で一番綺麗だよ!」
途端に元気を取り戻したアレクは、うっとりと想像に想いを馳せているようだ。
リーフの残った記憶の継承やマリエッタの失われた記憶など、まだ心配事は残っている。
でもアレクと一緒なら、きっと乗り越えられるわよね。
貴方と共に歩む未来には、わくわくする楽しいことが目白押しだもの。
fin.
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2025.3.26 花宵












