83、おかえりなさい
豊穣祭から一ヶ月半が経った。
いつもより念入りに掃除された屋敷は、どこもピカピカと輝いている。
夜の晩餐会に向けて、使用人たちが張り切って準備をしてくれたおかげね。
闇魔道具に操られていたとはいえ、お兄様のやった行動は、一歩間違えばレクナード王国が滅びてしまうほど危険な行為だった。
本来なら極刑も免れないほどの大罪だ。
けれど洗脳が解けたあと、自身の罪を悔い改め、迅速に対処にあたり協力したこと。
そして洗脳されていた間に知り得た魔族の情報を、すべて惜しみなく提供したことで、情状酌量の余地が与えられた。
さらに時の精霊と契約したことで、大いに更生の余地が認められた。
無属性の精霊は本来、正しい心を持つ人間との強い絆がないと生まれない。
洗脳が解けたあとに契約を交わしたことで、正しい心を取り戻したことが、客観的に証明されたことが有利に働いたそうだ。
その結果下された処分は、奇跡的に幽閉塔で一ヶ月の謹慎処分のみで済んだ。
お父様が急ぎその知らせを持ち帰ってくださった日から、みんなで晩餐会を開く計画を立てていた。
お兄様が、時の精霊クロノスと契約したことを祝して!
そして今日、刑期を終えて釈放されたお兄様が、公爵邸にお帰りになる日だ。
晩餐会の準備も一段落して、あとは招待客を待つのみ。私はマリエッタと一緒にお茶を楽しんでいた。
「リシャールは、何時頃来るの?」
「夕方にはお見えになる予定です。魔道具の買付をしてから来るそうなので……!」
「ログワーツの復興も、順調に進んでいるようね」
「はい! ノーブル大商会が便宜を図ってくださっているそうで、とても助かっているそうですわ」
代理領主として、ログワーツの抱える問題を直接調査したのはアレクだし、その分あの領地に必要なものは熟知してるでしょうしね。
スラム街だったアムール地方を復興させた時のように、新たな取引先として開拓を手伝っている説もありそうだわ。
「お姉様、殿下との結婚式はいつされるご予定ですか?」
「…………いつかしらねぇ」
「え、まだ予定立ててないのですか⁉ もしかして、私がご迷惑をおかけしたせいで……」
「ち、違うわ、フェリーチェの開店準備で忙しかったせいよ!」
マリエッタの体調が心配だったのもあるけど、記憶以外は完全に回復しているいま、そろそろ考えてもいいのかもしれないわね。
朧気にそんなことを考えていると、侍女のミリアが朗報を持ってきてくれた。
「ヴィオラお嬢様、マリエッタお嬢様! レイモンド様が、お帰りになりました!」
私はマリエッタと顔を見合わせ、一緒にエントランスへと急いだ。
「「お帰りなさいませ、お兄様!」」
私たちが声を揃えて出迎えると、お兄様は驚きで目を丸くしたあと、「……ただいま」と言って、照れくさそうに眼鏡を押さえた。
「二人共、わざわざ迎えに来てくれたんだな……ありがとう」
そう言って微笑むお兄様の表情は、憑き物がおちたかのように柔らかかった。
夢じゃ、ないのよね。
本当にお兄様が、ただいまって帰ってきてくださったのよね?
「ご無事に帰ってきてくださって、本当によかったです……っ!」
こぼれそうになる涙を必死に堪えていたら、「いろいろと、心配をかけたな」と、お兄様は眉尻を下げて、申し訳無さそうに仰った。
「そうですよ! それにお兄様が失踪された時のお父様の動揺といったら、すごかったんですから! お兄様にも見せてあげたかったですわ!」
私たちの間に流れるしんみりとした空気を、マリエッタがそう言って元気に払ってくれた。
「……父上には、かなり怒られたよ。でもそれが、嬉しかった。俺にはまだ、こんなにも心配してくれる、家族がいるんだって実感できたから」
「夜は祝いの晩餐会を開きます。主役はお兄様なんですから、今度は絶対に参加してくださいよ? 今日のために、お姉様といっぱい準備したんですから!」
「ああ、もちろんだ。二人共、ありがとう」
マリエッタと私の顔を順に見てお礼を言ったお兄様が、私の頭に目を留め、驚きを露にする。
「その髪飾り……使ってくれてるんだな。よく似合っている」
「ありがとうございます。お兄様にいただいた物ですもの、大切にしますわ」
お兄様が開店祝いとしてくださった箱の中には、オレンジ色のオパールがあしらわれた、美しい花の髪飾りが入っていた。
普段はもったいなくて使えないけど、今日くらいは使ってもいいわよね。
「ふふっ、お二人の仲直りの印ですものね! オパールの石言葉には【幸福】っていう意味があるらしいですわ。フェリーチェの名前に合わせて選ばれたのですか?」
「いや、それはたまたま偶然で……」
「……お兄様、そこは嘘でも『そうだ』と仰るところですわ! 女心がわかっておりませんのね」
「そ、そうだ」
「……遅いですわ!」
二人のやり取りに、私は思わず吹き出してしまった。
つられてお兄様とマリエッタも笑いだす。またこうして三人で、他愛のない話をできることが、とても嬉しかった。












