82、精霊たちに想いを託して
北の街道に着くと、すでに他の時限式魔道具の回収は終わっていた。
暴発を防ぐために、回収されたそれらを、シルがカチコチに凍らせてくれている。
そしてレイラ様が、近隣の建物に土のシールドを張って、万一の時に備えてくださっていた。
リーフは無事に浄化してもらえたようで、もう闇魔法の影響は残っていないようだった。
そうして十九時を迎える五分前、無事にすべての時限式魔道具が揃った。
祭り会場の統率をしてくれていたお父様も駆けつけて来られ、北の街道には、錚々たる顔ぶれの精霊たちが揃った。
お父様と契約している、火の上級精霊イフリート様。
アレクと契約している、風の上級精霊ジン様。
リシャールと契約している、水の上級精霊ウンディーネ様。
ウィルフレッド様と契約している、光の中級精霊イリオス様。
シルと契約している、氷の中級精霊フェンリル様。
レイラ様と契約している、土の中級精霊ノーム様。
時限式魔道具の回収を手伝ってくれた、優秀な精霊騎士と契約している精霊たち。
そして、私と契約している、自然を司る大精霊リーフ。
みんなの力を信じて、あとは前に進むしかない。
「アレクシス、本当にやるのか?」
緊張した面持ちのウィルフレッド様の問いかけに、アレクは笑顔で答える。
「もちろん。僕はみんなを信じてるからね」
空を見上げ、アレクは精霊たちに声をかけた。
「みんな、どうか僕たちに力を貸してほしい。これからもずっと、みんなで笑って過ごせるように」
『ああ、任せてくれ』と、ジン様が胸に手を当て力強く頷いた。
そんなジン様の隣では、『久しぶりに、暴れられそうだな』とイフリート様が口角を上げて不敵に笑い、『ふふ、腕がなりますわね』とウンディーネ様が上品に微笑んでおられる。
『悪は滅ぼすのみです』
初めて拝見したけど、神々しい鹿のお姿をされた光の中級精霊イリオス様は、雰囲気がウィルフレッド様と似てるわね。
「作戦はこうだ。ジンが上空に飛ばした時限式魔道具を、闇の業火が広がる前に、みんなの力で壊してほしい」
「いいな、僕も派手な攻撃魔法が使えれば……」
アレクの作戦を聞いて、リーフが残念そうに呟く。
精霊も使える魔法で、攻撃と防御に得意分野がある程度分かれるものね。
「攻撃はみんなに任せましょう。それにきっと、リーフにしかできないことがあるわ。だって貴方は、大精霊様なんだもの」
「僕にしか、できないこと……うん、そうだね!」
そうして、運命の時間が迫っていた。
お兄様が時の精霊クロノスと一緒に、残り時間をカウントし始める。
爆発一分前、フェンリル様が氷のブレスで、時限式魔道具を一つの大きな塊に変える。
爆発三十秒前、上空では精霊たちに待機してもらっていた。
爆発十五秒前、ジン様が強大な風魔法で凍った時限式魔道具を、上空へと飛ばした。
その様子を、私たちは固唾を呑んで見守った。
そして、時限式魔道具が爆発する直前、精霊たちが一斉に攻撃を仕掛ける。
イフリート様の放った大きな火炎の竜巻が、威力の増した闇の業火を包み込む。
そこへウンディーネ様や水の精霊たちが強力な水魔法を放ち、イリオス様が光の加護を付与して補助する。
さらに上空へ移動したジン様が、風魔法でみんなの放った魔法の威力を拡散して強化し、闇の業火を抑え込む。
闇魔法と精霊魔法。
上空では相反する力が激しくぶつかり合い、大きな爆発を起こした。
それは夜空に咲く大輪の花のように美しい。
けれど、飛び散った闇の業火が妖しい光を放ちながら落ちてくる。
まずいわ、このままでは……っ!
希望が絶望に変わった瞬間、「あとは、僕に任せて!」とリーフの弾んだ声が聞こえた。
空を飛びながら狐化の変化を解いたリーフは、両手を広げて呪文を唱える。
「みんなに届け、天空の贈り物!」
空を覆うように、ピンと薄い光のベールのようなものが広がった。
驚いたことに、そこを通過した闇の火種は光り輝く綿毛に包まれて、美しい一輪の花を咲かせた。
リーフの力が、闇魔法さえも綺麗に調和させたのね。すごいわ!
まるで天からの恵みのように、色とりどりの花が咲いて降ってくる。
「わぁ……とても綺麗ですわ! 見てください、お姉様」
幻想的な景色を眺めていると、可愛いガーベラの花を両手で受け止めたマリエッタが、嬉しそうに見せてくれた。
その姿を見て、私はようやく緊張が解けて実感した。
「よかった、みんな助かったのね……!」
辺りを見渡すと、地獄絵図のような光景じゃなくて、夜空を見上げ楽しんでいる人々の姿があった。
『あぁ! さすがです、リーフ様!』
『魔法の扱い方も、かなり上達したようですな』
『とてもお見事でしたわ!』
「へへっ、ありがとう。みんなが訓練してくれたおかげだよ!」
上空では、上級精霊たちに褒められて、嬉しそうに笑うリーフの姿があった。
一方地上では、ウィルフレッド様がお兄様に声をかけていた。
「ヒルシュタイン公爵子息。それでは約束通り、来てもらおう」
「もちろんです、殿下」
両手を差し出すお兄様に、ウィルフレッド様は拘束は必要ないと首を振った。
そうよね、お兄様はこれから詮議にかけられる。
犯した罪の重さを考えれば、すべてが無罪放免とはいかないだろう。
「アレクシス、お前も状況の報告を」
「えーいまから? 明日でよくない? 今日は折角の豊穣祭なんだしさ」
「まったくお前というやつは……! 散々勝手に単独行動したかと思えば!」
「ほらほら、眉間のシワ伸ばして。せめてフィナーレの花火くらい、みんなで楽しもうよ。精霊たちに、感謝を込めてさ」
鬼の形相のウィルフレッド様によく言えるわね、そんなこと。みんなはらはらした顔で見てるわよ。
「わかった。それなら豊穣祭終了後、お前は事情報告のあと、徹夜で始末書を作るように」
「…………悪魔だ」
いや、かなり譲歩してくださってると思うわよ……たぶん。
フィナーレの花火をみんなで眺めたあと、お兄様はアレクと共に王城へ連れていかれた。
『大丈夫。レイモンド卿のことは、僕に任せて』
こちらに振り返ったアレクが、風に声を乗せてそう伝えてくれた。
去っていくお兄様の背中をじっと眺めていると、お父様が肩に手を置いて優しく声をかけてくださった。
「いまは、レイモンドを信じよう」
「はい、お父様」
どうかお兄様が無事に帰ってきてくださいますようにと、私はそれから祈り続けた。












