番外編2、食糧のありがたみ(side マリエッタ)
あんなにまずいと感じていた食事も、背に腹には代えられず、食べているうちに慣れてきた。
それにここでは、食べられるだけでありがたいのだと、身をもって知った。
公爵家に居た時は、考えられないことだった。
朝起きたら、当たり前のようにシェフが美味しい料理を作ってくれていたし、気分が乗らない時は残す事もあった。それを誰も咎めたりしない。
けれどここでは、出されたものは基本残さず食べなければならない。少しでも残そうものならお義母様から怒られる。
「マリエッタ、ここでは食料はとても貴重なものなのよ! 残さずに全部食べなさい!」
「はい、すみません。でも、もうお腹がいっぱいで……」
塩の味しかしない獣肉のステーキを、パサパサのパンに挟んで食べる。朝からこれは正直のどが通らなくて、温かいスープだけ飲んで最初の頃はよく残していた。
「母さん、代わりに俺が食べるから。マリエッタはまだこちらの料理になれてないんだ」
リシャール様が、そうやって庇ってくれていたけれど、それをお義母様はよく思っていなかったのだろう。
リシャール様が狩りで留守にされている昼間は、食事をもらえなくなった。
「マリエッタ、お前はすぐ残すからね。昼飯ぐらい食わなくてもいいだろう」
どうせまずい食事なんだ。一食抜くぐらいなら、別に耐えれた。しかし、私がそうやって普通にしていることが、さらにお義母様の逆鱗にふれたらしい。
リシャール様とお義父様達が、数日かけて遠方に狩りに行く日を見計らって、お義母様は私に食事を一切与えなくなった。
さすがにお腹がすいて限界だった。私はお義母様にお願いした。何か食べるものを分けてくださいと。
「どうせまた残すんだろう?」
「残さず食べます。だからどうか……」
「そうかい、食べ物の大事さが分かったならいいんだよ。お腹がすいただろう? これをお食べ」
出されたのは、カビのはえたパンに腐りかけの獣肉が挟まれたサンドイッチだった。
「どうしたんだい、残さず食べるんだろう? さっきの言葉は嘘だったのかい?」
悔しかった。どうしてこんな仕打ちを受けないといけないのか。でも背に腹は代えられなくて、無我夢中で全て食べた。
後日、私はその事をリシャール様に訴えた。すると彼はこう言った。
「実は俺も、子供の頃同じ事をされたことがあるんだ。ただ母さんは、あの大寒波を経験しているから、本当に食べ物の大切さを分かってほしかっただけだったんだ」
「大寒波、ですか?」
「まだ俺が生まれる前、大寒波がきたそうなんだ。中々収まらない吹雪に、貯蔵していた食料も底をつき、暖をとることも出来なくなった。寒さと空腹で死を覚悟した時、王国騎士団が助けにきてくれたそうだ」
「そんなことが……」
「いくら蓄えていようと、そうやっていつ不測の事態に陥るか分からない。だから、普段から食べ物は無駄にしてはいけないのだと、その時教えられたよ」
「そうだったのですね……」
「母さんがマリエッタにきつく当たるのも、ここでの生活の厳しさをしっかりと知ってもらって、そういったもしもの時に備えるためだと思うんだ。母さんには二度とそのような事をしないように注意しておくよ。苦労をかけて、本当にすまないな……」
申し訳なさそうに謝るリシャール様を前に、私は何も言えなかった。そうだとしても、カビの生えたパンはあんまりだ。
しかしここでそうわめき散らして、唯一の味方であるシリャール様を失ってしまうわけにはいかない。
「どうか顔をおあげ下さい、リシャール様。私の覚悟が甘かっただけのようです……」
それ以降、私は出されたものは全部食べるようになった。いつまた、あの嫌がらせをされるか分からない。食べられる時に食べておかないと、いつか餓死してしまうんじゃないかと怖くなったからだ。