80、魔族の本当の目的
「どういうことですか、お兄様!」
「俺を操っていた魔族の本来の目的は、魔王アザゼルの復活。そのためにこの会場を闇の業火で燃やして人々を混沌に陥れ、闇魔道具の生成に必要な負の感情エネルギーを集めることなんだ」
「なんだって……⁉」
お兄様の言葉に、アレクが驚きを露わにする。
無理もないわ。
だって闇の業火って、世界樹を燃やした……普通の水では消火できない、闇魔法じゃない!
そんなものが爆発的に燃え広がれば、消火に必要な聖水の調達が間に合わない。
「フィナーレの花火が打ち上がる十九時に、設置された十個の時限式魔道具が同時に爆発して、闇の業火を放出する」
「アレク、今すぐ会場中の人々に避難指示を出さないと!」
「無理だ、一時間では間に合わないよ。それに爆発物があるとアナウンスしてしまえば、混乱した人々の統率はより取れなくなってしまう」
「でもいまから時間内に、全ての爆発物を探して処理するなんて無理だわ」
しかもそれをこの広い会場で、参列客に気付かれずにやるなんて……せめて爆発物の設置場所さえ分かれば!
「はは……本当に、末恐ろしい御方だ。貴方の頭脳を魔族側に利用され続ければそれこそ、もっと恐ろしい事態になっていたでしょう。まさかこちらが囮だったとは、完全に踊らされましたよ」
額に手をあて、アレクはなぜか悔しそうに笑っている。
「笑ってる場合じゃないわ、アレク!」
「いいやヴィオ、まだ勝機はある。敵の司令塔を味方につけたんだ」
「敵の司令塔? まさか、この計画を立てたのはお兄様なのですか……⁉」
私の質問に、お兄様は申し訳なさそうに「ああ」と頷いた。
「レイモンド卿、爆発物の設置場所は分かりますか?」
「すべて把握している。だが一度設置した時限式魔道具は、動かして二十度以上の熱を三秒感知した瞬間爆発する仕様だ。普通の者では、運ぶのも難しいだろう」
「なんとも恐ろしい効果を付与させてますね……つまり撤去には冷やしながら運べる、水魔法か氷魔法を扱える者が適している、というわけですね」
アレクは懐から折りたたまれた紙を取り広げると、筆記具と共にお兄様に差し出した。
「とりあえずこちらに印を、会場の見取り図です。それをもとに、僕は協力要請を出します」
頷き見取り図を受け取ったお兄様は、爆発物の設置場所に印を付けていく。
そして細かに指示したと思われる場所の説明まで、記載されていた。
確かに場所が分かれば、すべての爆発物を回収することも可能かもしれない。でも――。
「集めた爆発物は、どうやって処理するの?」
時間になれば爆発する上に、それを止める方法もない。
爆発物を時間内に集められたとしても、それを安全な場所まで運ぶ時間なんてないわ。
私の質問に、アレクは人差し指を立てると、にっこりと悪戯な笑みを浮かべた。
「折角のお祭りだ、ド派手な花火に変えてしまおう」
「え、花火に……⁉️ まさか……」
「闇の業火と言えど、燃えるものがなければ広がらないはずさ。幸いこの会場にはいま、多くの精霊たちが集まっている。協力してもらって、空で処置してもらおう。お願いできるかな? ジン」
『ああ、もちろんだ。空に飛ばすのは、我に任せてくれ』
アレクの問いかけにジン様は頷き答えた。
「大きな花火、楽しそう! 僕もみんなをサポートする!」
ジン様の腕から飛んできたリーフが、そう言って目を輝かせている。
「リーフ、大丈夫なの……⁉ 無理しちゃだめよ!」
「聖水のおかげでかなりよくなったよ。全力は出せないけど、がんばる!」
空中でくるっと一回転してみせたリーフは、確かに元気そうに見えるけど……。
「ほら、精霊たちは乗り気だよ」
絶望的な状況だったのに、アレクの笑顔を見ていると、不思議と希望が湧いてくるわね。
「そうね、その案にのったわ」
誰一人犠牲にせずに助ける方法は、それしかない。迷ってる時間がもったいないわね!
「二人共、迷惑をかけてすまない。後で罪は償う。だからどうか、力を貸してほしい」
見取り図に印を書き終わったお兄様は、こちらに向かって深く頭を下げた。
「もちろんです、お兄様。私たちは家族ではありませんか。頼ってくださって嬉しいです」
「家族……そうですよ、未来の兄上! 大いに僕を頼ってください!」
「ありがとう、ヴィオラ。…………よろしくお願いします、殿下」
私に笑顔でお礼を言ったあと、アレクの言葉になぜかお兄様は複雑そうな顔をして、そう仰った。
それとこれとは別だと言わんばかりに。
「なぜ突然他人行儀に……⁉」って喚くアレクに、「数々の非礼、お詫び申し上げます。殿下」と返すお兄様は、なぜか再び殿下を強調させていた。
それからアレクはウィルフレッド様とお父様に、これからやろうとしている作戦を伝え、協力を要請した。
民衆に気付かれないよう、時間内に時限式魔道具を全て集める実行部隊とは別に、会場に混乱を招かないよう陽動してもらう必要があった。
ウィルフレッド様に頼んだのは、王城と会場を結ぶ北の道で、集まった時限式魔道具の管理してもらうこと。
フィナーレの花火の時に、ここは飾られた花と共にライトアップされ、一般客の立ち入りは禁止されている。そのため秘密裏に運んだものを置いておくにはちょうどよかった。
そしてお父様に頼んだのは、緊急事態だと決して悟られないよう会場を統率してもらうこと。
精霊騎士が空を飛んでいると、緊急事態と思われかねない。そのため騎士団長であるお父様に、それは公認の余興だと民衆に印象付けてもらうよう協力を要請したのだ。
その後、水魔法か氷魔法を使える確かな実力を持った精霊騎士に、アレクは一人ずつ司令を出して協力を要請していく。
そして任せた場所に名前を書き込んでいくものの、最後の二か所になって、問題が発生する。
「任せられる精霊騎士が足りないから、残りは僕が行ってくるよ。ヴィオはレイモンド卿と一緒に兄上と合流して、無事に回収が進んでいるか確認してて。リーフもきちんと浄化してもらったほうがいいだろうし」
「アレク、貴方の魔法は爆発物と相性が悪いわ。それに複数の対象物を風で慎重に操りながらラオに乗るのは難しいでしょう? 私が植物魔法でサポートするわ」
『それなら我が責任を持って、リーフ様をウィルフレッドのもとへ連れて行こう』
「一人で二つ運ぶのは難しいでしょう。ヴィオラ、殿下に付いていってやりなさい」
アレクはでも……と難色を示していたものの、ジン様とお兄様の言葉に渋々折れた。
「決まりね。リーフ、しっかり浄化してもらうのよ」
「うん! 元気になって、特大花火がんばる!」
目的が花火になってるわよ……でも、しんみりしてるよりはいいわね。
それから時限式魔道具の設置場所を頭に刻み込んで、私はアレクと共に回収に向かった。












