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77、信じたくない現実

「待って、待ってください、お兄様……!」


 裏路地のほうへ入っていった男性が、私の呼びかけに一度だけ振り返った。


 こちらを見て、驚いたように目を見開いた男性は、紛れもなくお兄様だった。

 無事で良かったと安心したのも束の間、お兄様は走って裏路地の奥へと進んでいく。

 そして逃げるように、そのまま寂れた看板の建物の中へと入ってしまった。


 急いで追いかけた私は、お兄様が入っていた扉のドアノブに手をかける。


「待って、ヴィオ! 一人で行くと危ないよ! ここ、よくない空気が漂ってる……!」


 嫌な予感がした瞬間、手にしたドアノブから黒い闇の波動が広がり、胸につけていたコサージュが崩れ落ちた。


 まさか、魔族が近くにいるの……⁉


 闇の波動は黒い蛇へと姿を変えて、こちらに襲いかかってくる。

 茨を召喚しようと魔法を唱えるも、なぜか無効化されて発動しない。


「ヴィオ!」


 私を庇うように飛び込んできたリーフが、黒い蛇に背中を噛まれてしまった。

 それでもリーフは黒い蛇に対抗して、光の粒子を放ち、黒い蛇を包み込む。

 すると黒い蛇は悲鳴を上げて消えた。


「やった、僕……強くなった……でしょ……?」


 リーフの背中から、マントがするりと滑り落ちる。

 傾き落下していくリーフの身体を、私は咄嗟に手を伸ばして受け止めた。


「リーフ! しっかりして、リーフ! ごめんなさい、私のせいで……っ!」


 黒い蛇に噛まれた痛々しい背中の傷から、じわじわと黒い斑点が広がっていく。

 ぐったりとしたリーフは苦しそうに、身体を縮こまらせて震えていた。


 早くお医者様に!

 いや、違う。


 まずは浄化してもらわないと!

 でも、傷が……!


 気が動転して正しい判断ができないでいると、目の前で扉が開いた。


「……っ、大丈夫か⁉ 何があった……⁉」


 声をかけられ顔を上げると、心配そうにこちらをご覧になっているお兄様の姿があった。


「その傷、まさか魔族に……⁉ 奥に聖水がある。応急処置をしてから、すぐに神官のもとへ連れていくんだ。付いてこい」


 そうよ、まずは聖水で応急処置!

 闇魔法の影響は、聖水で少しだけ進行を遅らせることができる。


 さすがお兄様だわ!


 私は頷き、お兄様のあとに続いて建物の中へと入った。 

 カウンター席の奥にはずらりとお酒が並んいる。

 どうやらここはバーのようだ。


「そこに座って待っていろ、いま取ってくる」


 お兄様はそう言うと、カウンターの奥の部屋に聖水を取りに行ってくださった。

 近くにあったテーブル席のソファに座り、浅い呼吸を繰り返すリーフを励まし続けた。


「これを使うといい」

「はい、ありがとうございます!」


 戻ってきたお兄様がくれた聖水を見て、私は違和感を覚えた。

 聖水って普通は白瓶に入っているはず。

 それに禍々しく光る黒い瓶には、どこか見覚えがあった。

 まさか……いや、そんなはずは……信じたくない事実を前に、思わず手が震える。


『だめ……それ、ちがう……』


 その時、リーフが嫌がるように小さく首を左右に振った。


 やはりそうなのね。

 あの時も、リーフが教えてくれた。

 この瓶、上部の形状が違うだけで、あの粗悪品の香水が入っていたのと同じ瓶だわ。


「どうした? はやく処置をしてやれ」 

「……お兄様、本当にこれは聖水ですか?」


 顔を上げてそう尋ねると、「当たり前だ。俺を信用できないのか?」と言って、眼鏡を中指で押さえるお兄様の目が、赤いことに気づいた。


 一体いつから⁉

 間違いなくお兄様は、闇魔道具に操られている……まずいわ、急いでここから逃げないと!


 よく考えればお兄様が建物のドアノブに触れても、闇魔法は発動しなかった。

 いまのお兄様は、魔族側だという証拠じゃない。


「いえ、ありがとうございました。あとは神官様の所へ向かいながら処置しますので……」


 リーフを左手で抱えたあと、何が入っているのかわからない黒い瓶を右手で握りしめ、私は席を立つ。

 不自然に見られないよう出口に向かって慎重に歩くも、呼び止められた。


「無駄だ。逃げられると、思っているのか?」

「な、なんのことでしょうか? すみません、今は急いでますので」


 必死にドアノブを回すも、扉は開かない。

 まさか、建物自体に何か仕掛けられているの⁉


「くっ、ははは! 入った時点で、もう出られないんだよ」


 高笑いしながらお兄様がこちらに近付いてくる。

 茨を召喚して足止めしようとしても、魔法も発動できなかった。


 仕方なく扉から離れて後退り逃げるも、すぐに背中が壁にぶつかった。


「どうしてですか、お兄様……っ! なぜ闇魔道具などに、手を染めたのですか!」

「滅ぼすためだよ。くだらない、この世にあふれる植物を全てな!」


 違う、それはお兄様の本心じゃない。

 闇魔道具が歪に膨張させた、邪悪な意志だ。


 だけどそのきっかけを作ってしまったのは、間違いなく私なのだと気付かされた。

 お兄様が植物を憎んでおられるのは、私がお母様にブルースターの花を届けたせいだ。


「ヴィオラ、お前は騙されているんだ。母上の命を奪ったのも、人々を不幸にするのも全て、植物だ。そんなものがこの世にある限り、誰も幸せにはなれない。目を覚ませ」

「それは違います、お兄様! 植物に罪はありません! 悪いのすべて、私です」

「植物がある限り、そうやってお前は自分を責め続けるのだろう? だったら、滅ぼしてしまえばいい。大地を蘇らせる世界樹の大精霊など、必要ない」


 まるで寄り添うように、優しい声色でお兄様はそう仰った。

 闇魔道具は、弱った人の心に強く作用するってアレクは言っていた。

 歪んだ認知と、邪悪な意思が入り混じり、お兄様を壊していく。

 そんな発想に至らせてしまうほど、お兄様の心にはいまも深く傷が残っていることを思い知らされて、胸が締め付けられるように苦しかった。


 嫌だ、失いたくない。

 もうこれ以上……大切な人たちを、失いたくない。


 その時、お兄様の赤い左目に黒い光が宿った。

 まるでお兄様の自我を塗りつぶすかのように妖しく光るそれは、お兄様の白目を黒く染めてしまった。


「それにこの大陸はもともと、アザゼル様のものだ!」


 手を振り上げたお兄様は、私の手から黒い瓶を奪い取り、蓋を引き抜いた。


「さぁ、大精霊をこちらによこせ!」

「それはできません!」


 あの瓶の中身は、リーフにとってよくないものなのは間違いない。

 だけど魔法が使えない上に、リーフを抱えた状態では、お兄様からあの瓶を取り返すのは困難だった。


 いまは逃げるしかない。

 お兄様の気を逸らせるものはないかと、手探りでバッグの中を漁る。

 懐中時計をお見せすればと思ったが、自我を失ったいまのお兄様には届かないだろう。


 咄嗟に私が掴んだのは、携帯用の香水ボトル。

 それは出かける前に、リーフが私の背中を押して持たせてくれたもの。

 お兄様に試してほしい香水のテスターだった。


 香りは記憶と密接に結びついている。

 リーフの祝福がかかったこの香水なら、少しはお兄様を正気に戻せるかもしれない。


「お前ができないなら、俺が代わりにとどめをさしてやる。さぁ、覚悟するがいい!」

「どうか目を覚ましてください、お兄様!」


 バッグから取り出した香水のテスターを、私はお兄様に吹きかけた。


「…………⁉」


 お兄様が大きく目を見開いた。

 動揺されている間に私はお兄様を振り切り、リーフを抱えてカウンターの横にある階段を駆け上がる。

 廊下の奥にある部屋の一室に入り、急いで扉の鍵を締めた。

 けれど息をつく暇もなく、追いかけてきたお兄様が、ドンドンと激しく扉を叩いてくる。


「逃げても無駄だ! 大精霊をよこせ!」


 やはりあの香りでは、お兄様には届かなかったのね……でもいまは落ち込んでいる場合ではない。

 年季の入った薄い木の扉では、開けられるのも時間の問題だ。


 この場でリーフを守れるのは、私だけ。

 魔族になんて、渡すわけにはいかないわ!


 正面に窓を見つけて開けようと試みるも、一階の出入り口同様に開かない。


 めんどくさいわね、闇魔法!

 一体どうなってるのよ!


 窓を割れそうなものはないかと部屋を見回すも、簡素なベッドが一つ置いてあるだけで、何も役立ちそうなものはない。


「くそっ、手間をかけさせやがって!」


 激しい怒号と共に、ドアを蹴り倒したお兄様が部屋に入ってくる。


 もう逃げ場がない。

 それにこの建物から出られない限り、リーフを助けることはできない。


 諦めかけたその時――『伏せて』と囁かれるように耳に届く、よく聞き慣れた声。

 リーフを守るようにその場に伏せると、雷を纏った突風が窓ガラスを突き破った。

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