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71、どうして教えてくれないの

「ごめん! ヴィオ……大丈夫……?」


 どうやらアレクが抱きとめてくれたらしい。見上げると、心配そうに私の顔を覗き込むアレクの姿があった。


「ヴィオラ様! 殿下を、お連れしました……っ!」


 はっとして声のほうに視線を向けると、宮廷侍女の一人が肩を大きく上下させている。


 慌ててアレクの胸板を押して距離を取った私は、彼女に声をかけた。


「呼んできてくれて、ありがとう」


 まさかこんなに短時間で、運良くアレクを捕まえることができるなんて、思いもしてなかった。


 正直アレクには、聞きたいことがいっぱいある。けれど今はそんなことより――。


「こっちに来て! お願い、アレク。外の風を弱めてほしいの!」


 私はアレクの腕を掴み、問答無用で窓の前に連行した。


 窓から庭園に視線を落としたアレクは、事情を察してくれたのか、「わかった、僕に任せて」と外に向かって手をかざす。


 アレクが風を操作してくれたおかげで、木々のざわめきが弱まり、ゆったりとした心地の良い風に変わった。


「ありがとう。間に合ってよかった……」


 始まりの花フェピアは、夫人が初めて研究対象としてではなく、植物に情緒を感じられるきっかけとなった花だ。

 感謝を込めて公爵が贈ったフェピアの香りは、きっと夫人の世界を大きく広げたに違いない。

 甘酸っぱい果実のような爽やかな香りに包まれて、夫人が当時の感動を少しでも……思い出してくれたらいいわね。


「あの……ところでヴィオ……ここで、何してるの?」


 懐中時計に視線を落とし、エヴェリー卿に合図を送る時間を計っていると、遠慮がちにそう尋ねられた。


「依頼された香水を、効果的に発揮できる舞台作りをしてるのよ」


 視線を落としたままそう答えると、最初の合図を送る時間となった。

 ポケットからハンカチを取り出した私は、それを振ってエヴァリー卿に次の行動に移るよう指示を出す。


 こちらに気づいたエヴァリー卿は小さく頷くと、夫人に香水をプレゼントした。


 ここで重要なのは、その場で開封して付けてもらうこと。

 なんとか夫人にそう行動してもらえるようエヴァリー卿には動いてもらい、レイラ様にも後押しするようサポートをお願いしている。


 夫人用に作った香水のトップノートは、プロポーズに使われたセリースの花の香りを再現している。

 幸せだった頃の記憶が、どうか夫人の心の痛みを和らげてくれますように!


「ライデーン王国の親善大使に、依頼されたの?」

「ええ、そうよ」


 次の合図は十五分後ね。

 エヴェリー卿の付けた香水がミドルノートに変わった頃に、少し庭園を散歩するように誘ってもらう。

 そうすることで、夫人がエヴァリー卿の誕生花であるアクアムの香りを、そばで強く感じられるはずだ。


 そこでエヴァリー卿には思いを伝えてもらい、そこからさらに十分後――夫人の付けた香水がミドルノートに変わって、アデルさんの誕生花メルーシの香りへと変化する。


 その時にハンカチを渡して、あの日夫人に伝えられなかったアデルさんの思いをどうか届けてほしい。


「随分と、仲が良さそう……だね……」


 作戦のシミュレーションを脳内で繰り広げていると、アレクが意味深なことを言ってきた。

 怪訝そうに窓の外を見つめるアレクの視線の先を見て、私は慌てて口を開く。


「大丈夫よ、安心して! エヴァリー卿は、レイラ様の従弟らしいわ」


 レイラ様が不貞を働いているなんてウィルフレッド様に思われたら、大変だわ!


「そう、なんだ……」


 どこか歯切れの悪いアレクは、それっきり黙り込んでしまった。


「ありがとう、助かったわ。あとは多少風が強くても大丈夫だから。忙しいなか、無理言ってごめんなさいね」


 職務に戻って大丈夫よと背中を押したのに、アレクはなぜかその場から動かない。


「僕がいると、邪魔なんだね……」

「どうしてそうなるのよ。むしろ私に会わないよう避けてたのは、そっちじゃない」


 あ、だめ。今はそんな喧嘩してる場合じゃないのに!


「ごめん。ごめん、ヴィオ……全てが終わったら、きちんと話すから……」


 アレクは悲しそうに瞳を揺らすと、そう言って目を伏せた。


「ねぇ、もしかしてまた……一人で危ないことをやろうとしてるの?」


 顔を上げたアレクは質問には答えず、困ったような笑みを浮かべている。


 その表情を見て不安が確信に変わった時、誤魔化すように優しく頭を撫でられた。

 手を滑らせて私の髪を一筋そっと掬ったアレクは、そのままキスを落とす。

 まるで何かの誓いを立てるかのようなその動作に、胸が苦しくなる。


 どうして、教えてくれないのよ。


「……ごめん、そろそろ戻るよ」


 ゆっくりと顔を離したアレクは、そう言い残して部屋を去ってしまった。


 何か理由があるのはわかったけど、謝るくらいなら隠さないといいじゃない!


 まぁ、アレクが途中で口を割らないのは昔からよく知っている。無理に聞いても逆効果ね。

 そう自分に言い聞かせて、懐中時計に視線を落とす。


 今は私もやるべきことをやろう。


 二回目の合図を出して、エヴァリー卿たちの様子を見守る。

 ここからだと会話がまったく聞こえないけど、エヴァリー卿が夫人に必死に何かを話しかけている姿は見える。

 そうしてゆっくりと庭園を歩き、目的の場所へと夫人を誘ってもらう。


 レクナード王国にメルーシの花はないけれど、オレンジ色で可愛らしい花を咲かせるよく似た花がある。

 マリーゴールドの花壇の前へ着いたところで、私は最後の合図を出す。


 夫人の付けた香水がミドルノートに移り変わり、メルーシの香りが優しく包み込む。

 そのタイミングで、エヴァリー卿はアデルさんのハンカチを夫人に渡した。


 ハンカチをぎゅっと胸に押し当て、泣き崩れる夫人の姿が見える。エヴァリー卿がそんな夫人を支えるように、抱きしめた。


 二人の後ろでは、こちらに振り返ったレイラ様が、「ありがとう」と感謝の意味を込めたハンドサインを出してくれた。


 よかった、なんとかうまくいったようね!

 夫人の心がこれで少しでも軽くなって、元気を取り戻してくださるといいわね。

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