70、幸せの仕掛人
二週間後、完成した二つの香水と秘密道具を携えて、私は王城の離宮に来ていた。
「こちらが完成した香水です。ピンクの紙袋のほうは、夫人へ。そして青い紙袋のほうは、手筈通りにエヴァリー卿が使用されてください」
持参した香水をテーブルに置いて、説明しながらエヴァリー卿にお渡しする。
「わかりました、ありがとうございます!」
エヴァリー卿は青い紙袋から化粧箱を取り出すと、期待を込めた眼差しで蓋を開けた。
「なんと! これは美しい……」
「エヴァリー卿の香水は誕生花アクアムを、そして夫人にお渡しする香水はアデルさんの誕生花メルーシの香りを主軸にしています。場所と時間、そして距離を利用して、夫人を思い出のミーティス植物園へ誘いましょう」
「ふふっ、すごいわね。香りでミーティス植物園を再現するなんて」
「レイラ様のご協力のおかげで、作戦を実行できるんです。本当にありがとうございます」
「頼ってもらえて嬉しいわ、会場の準備はばっちりよ。そろそろ約束の時間だから、先におば様を案内してくるわね」
「はい、お願いします」
レイラ様が退室された後、エヴァリー卿は緊張した面持ちで時計を見つめておられた。
植物園の香りを再現するにあたって、今回はきちんと時間を揃えないとうまくいかない。
それを事前にレイラ様とエヴァリー卿には相談しておいたけど、実行に移すのは主にエヴァリー卿の役目だ。
緊張するのは、無理ないわね。
「ご安心ください、エヴァリー卿。タイミングは私が時間を計ってお伝えします」
そう言って席を立った私は、庭園を一望できる窓の前に移動して言葉を続けた。
「この窓からハンカチを振って、合図を出しますので。確認したら、落ち着いて次の作戦に移られてください」
「はい、わかりました……! ヴィオラ様、母のために色々とご準備いただき、本当にありがとうございます」
「……今回の作戦、実は妹のおかげで思いついたことなんです。家族を大切に想うエヴァリー卿のお気持ちはよくわかりますし、アデルさんの想い……どうか夫人の心にも届くことを願っております」
そんな話をしていると、窓から夫人を庭園にお連れするレイラ様の姿が目に入る。
「そろそろ時間のようです」
香水を付けたエヴァリー卿を見送ったあと、外の様子を見守ろうと窓を開ける。
すると木々が激しくざわめく音に、一抹の不安を覚えた。
王城へ来る時、こんなに外の風……強かったかしら?
奥へと揺れる木々をみて、ふと庭園に視線を落とす。
気付いてしまった事実を前に、懐中時計を握る手が思わず震えた。
エヴァリー卿の座る位置からだけ、こちらがよく見えるように、テーブル席の場所と座る位置を調整してある。
でもこの風向きだと、今の席順ではエヴァリー卿の香水の香りが、夫人に届かないわ!
もう席に着かれている夫人とレイラ様の席を移動することはできない。
茨の壁を作って風の流れを無理やり止める?
でもそんなことをしたら景観が損なわれてしまう。
レイラ様がミーティス植物園の雰囲気と似てる庭園を、わざわざ選んで会場をセッティングしてくださっているのに、台無しだわ。
「風魔法! 誰か、風魔法を使える方はいませんか……⁉」
控えていた侍女たちにそう問いかけるも、「申し訳ありません」と首を振るばかりで、誰も使えないようだった。
「私、探してきます!」と、侍女たちが手分けして探しに行ってくれたものの、刻一刻と時間は迫る。
時間差で二つの香水を付けることにより、順路通りにミーティス植物園を巡っているような香りを楽しむことができる。
精油の揮発性を正確に計り、何度もそのタイミングを試したのに、こんなに逆風が吹いていては夫人のもとに香りが届かないわ。
庭園に向かうエヴァリー卿の姿を視界に捉え、私は焦りを滲ませる。
こんな時、アレクがいてくれたら……なんて、叶わない夢を願っても仕方ない。
こうなったら、私が一階の窓から気付かれないように香水を吹き掛けて、最初の香りを少しでも夫人に届けるしかないわ。
そしてエヴァリー卿に合図を送るまでに、またここに戻ってくる。
正直一階の窓でも、香りがうまく風にのって夫人に届く保証はない。
それでも三階からやるよりは、マシなはず!
テーブルに置かれた香水を持って、急いで部屋を出ようとした時――なぜか押してないのに扉が自動で開いた。
えっ、ちょっと、何で……⁉
扉の取っ手を掴み損ね、体勢を崩した私の身体は前に傾く。
ダメ、香水だけは守らないと!
庇うように胸に抱いて倒れる衝撃に備えるも、感じたのは硬い床にぶつかる衝撃じゃなかった。
ふわっと香る爽やかなシトラスの匂い。
そこにバイオレットリーフの青々とした葉の香りが折り重なって、ローズマリーとジャスミンが甘さをプラスして深みのある香りを引き出している。
このアクアティックな香りを纏えるのは、世界に一人しかいない。












