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69、幸せの軌跡を再現しよう

 帰宅した私は、着替えも忘れて温室へと向かった。

 レイラ様にいただいた種の一つ、アデルさんの誕生花がそろそろ咲きそうだったのよね。


 目的の花壇に視線を向けると、オレンジ色の美しい花が、元気いっぱいに咲いていた。


「これがアデルさんの誕生花――メルーシの花なのね!」


 高貴で華やかな香りは確かにバラに似ている。

 けれど近づくほどに甘く香ってくる濃厚な蜜は、まるでバニラの果実のようだった。


 この香り、シルがとても好きそうだわ!


 香りを堪能して部屋に戻った私は、研究ノートを引っ張り出して、忘れないようにさっきの香りを詳細に記した。


「メルーシの香りを再現するのは、そう難しくはなさそうね」


 本当ならその花から精油を抽出できれば一番簡単だけど、精油を作るにはそれなりの量の原料が必要だ。

 ライデーン王国には香水の文化がないようだし、精油を入手するのは難しいだろう。

 それなら原料となる花を大量に輸入できればいいけど、遠いから輸送中に鮮度が落ちてしまうし、劣化した花から精油を抽出しても良いものは作れないのよね。


「他の花についても、調べてみよう」


 それから必要な情報を集めるため、私はミーティス植物園のリーフレットに目を通した。


 中の見取り図を見て、入り口から順に各コーナーで植えられている花を、ノートに書き出していく。


 夫人のために作る香水は、アデルさんの夢を叶える香水だ。

 事故に遭ったあの日、夫人に伝えられなかったアデルさんの想いを、幸せな思い出の詰まった植物館の中で、エヴァリー卿にハンカチと共に伝えてほしい。

 そのお手伝いができるように、時間の変化で思い出の植物園を巡っている感覚にさせる香りを、必ず再現してみせる。


 そう決意して、ザース博士が最後に作られた花図鑑と照らし合わせながら、その花の見た目や特徴、香りを調べてまとめる。

 ご自身がお感じになった繊細な香りの描写があるおかげで、イメージしやすくて助かるわ。


 でもメルーシの花のように、できることなら直接現物に触れて確かめたいわね。


 ミーティス植物園に行って、その空気を肌で感じて香りや景色を堪能したい。

 けれど建国祭が終われば、エヴァリー卿たちはライデーン王国にお帰りになる。

 実際に確かめに行って香水を作るには、一ヶ月では到底足りないわ。


「ヴィオ、何を書いてるの?」


 いつのまにか部屋に戻ってきていたリーフが、トンと机の上に乗って尋ねてくる。


「依頼された香水を作るための、ロードマップよ。今回作るのは少し複雑でね、心に深い哀しみを抱えている方を元気にしたいの」

「うわーすごい量……見たことない花もあるね」

「ライデーン王国の花だから、レクナード王国ではお目にかかれないのよ」

「その花、必要なの? 僕、特訓したから咲かせることでがきるよ」


 リーフのその言葉に、思わず走らせていた筆が止まる。


「…………え⁉ ライデーン王国の花を⁉ 種もないのに⁉」

「うん。僕の中で、全ての植物は繋がっているんだ。特徴さえわかれば、地中を辿ってその種を探せるよ」


 確かにリーフの核となっている世界樹は、全ての植物の源っていわれるすごい大樹だけど……大精霊様の力、すごすぎるわ。


 でも、それに頼りすぎるのはよくない。


 大精霊様の力は本来、未曾有の大災害などが起きた時に、その大陸に住む生物を守るために使われるべき力だ。


「リーフ、あなたの力を私欲で使うのはよくないと思ってるの。気持ちは嬉しいけど……」

「でもそれは、ヴィオが私欲で使うものではないでしょ? 困っている人のために作るものだ。精霊が干渉しすぎるのがよくないのはわかってる。でも困っている生物に手を差し伸べるのもまた、精霊の持つ役割の一つだよ」


 諭すようにかけられたリーフの言葉に、私は驚きを隠せなかった。


 以前のリーフなら間違いなく、しゅんとして拗ねていただろう。


 魔法訓練の効果かしら?


 無垢な瞳でまっすぐこちらを見上げるリーフからは、大精霊様の風格を感じるわ。


「じゃあもしよ、私が精油を作るのに必要だから、すごく貴重な花をいっぱい咲かせてってお願いしたら、リーフはどうするの? お願いされるまま植物を咲かせていたら、自然の生態系を壊してしまうわ」

「でもヴィオは、そんなお願い僕にしないよ」

「それはそうだけど……!」

「僕の力が悪用されないように、ヴィオが心配してくれているのはわかってる。そんなヴィオだから、僕は力になりたいんだ。君は僕の力を悪用したりしないって、信じてるから」


 私はバカね、いつまでもリーフを子ども扱いして。心配しすぎてしまったようだわ。


 いまのリーフならきっと、私がダメなお願いをしたら、きちんと止めてくれるだろう。


「ありがとう、リーフ。実は困っていることがあってね……」


 それから私は事情を話して、リーフにとあるお願いをした。

 それは、ミーティス植物園に植えられた花の香りを確認するため、一本ずつ花を咲かせてほしいというもの。


「うん、僕に任せて! でも、今日はもう遅いからまた明日ね」


 そう言ってリーフは時計に視線を向けた。もうこんな時間だったのね。


「わかったわ、ありがとう」


 翌日、私のお願いをリーフが叶えてくれて、無事に花の香りを直接確認することができた。

 文章だけではどうしても齟齬が生じる可能性がある。

 一本ずつ、しっかりと香りを確認して、忘れないよう追加のメモを取った。


「助かったわ、リーフ。ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして!」


 さぁ、ここからがお楽しみの時間よ!


 調香部屋に移動した私は、まずはそれぞれの花の香りを再現すべく、精油を組み合わせて試していく。

 それぞれの香りを再現するの自体は、そこまで難しくはない。


 問題はここからなのよね。

 植物園に植えられた花は、夫人の歩んできた幸せの軌跡だ。

 この香りの順番を変えることはできない。調和を取りつつそこを順に再現するのは、どう計算しても一つの香水では不可能だった。


「うっ、ヴィオ……この香りは……」

「やっぱり、そう簡単にはいかないわよね……」


 一つの花の香りを再現するのに、数種の精油を使っている。

 さらにそれを混ぜれば、使用する精油の数が多すぎて、とてもじゃないが香りが纏まらない。


 特にエヴァリー卿の誕生花アクアムとアデルさんの誕生花メルーシは、相反する香りの上に、調合した精油の揮発性がほぼ一緒のため、混ぜると両立できないのだ。


 それなら別の精油を組み合わせてと、一週間試行錯誤したものの、現状手に入る精油ではどうあがいても調和させることができなかった。


 何も解決策が浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。

 建国祭まであと三週間を切っているのに、これはまずいわ。

 朝から植物図鑑を眺めて頭を悩ませていると、ミリアが「朝食のお時間です」と伝えに来てくれた。


「食欲ないからパスで……」

「だめです! しっかりとお食事は召し上がってください」


 ミリアにそう諭され、仕方なく私は食堂へと足を運んだ。


 今日もお父様は留守なのね。

 アレクが新興派の悪事を暴いてから、お父様も騎士団の仕事が立て込んでいるようで、忙しそうなのよね。


「おはよう、マリエッタ」

「おはようございます、お姉様。なんだか顔色が……どうかなさったのですか?」


 私が席に座ると、マリエッタがこちらを見て、心配そうに眉根を寄せた。


「作りたい香りが、再現できないの。順番通りに目的の香りを再現させたいんだけど、混ぜる精油が多すぎて、どう組み合わせてもダメだったのよ」

「数を減らすことはできないんですか?」

「減らせたらいいんだけどね……そうすると、目的の香りにならないのよ」

「うーん……それならペアフレグランスみたいに、二つに分けるのはどうですか?」


 二つに分ける?

 それなら確かに、付ける時間を計算して、うまくズラすことができる。


 そうか、そうよね!

 足りない香りは分けて、あとは演出で補ってあげれば……!


「マリエッタ、あなた天才よ! その手があったのね!」

「お姉様のお役に立てたなら、嬉しいです」


 香水だけで元気にすることができないのは、最初からわかっていたことじゃない。

 あくまでもエヴァリー卿の目的は、夫人を元気づけて、アデルさんの想いを届けること。


 今回私が作ろうとしている香水はあくまでも、それを手助けする舞台装置にすぎない。

 マリエッタのおかげで良い解決策を手に入れたら、途端にお腹がすいてきたわ。

 しっかりと食べて体力をつけた私は、計画を練り直して、ロードマップを書き直す。


 ふふっ、これならきっとうまくいくはずだわ!

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