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67、訳ありのお客様

「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」


 来店したのは、この辺ではあまり見かけない装いをした、青髪の貴公子のお客様だった。

 額に金細工のサークレットを嵌め、黒地に金の装飾が美しい派手な襟元に、濃いグレーの繊細な刺繍が全体的に施されたジャケット。


 あの特徴的な装いは確か、ライデーン王国のものね。観光で来られたお客様かしら?


 付き人をそばに控えさせ、護衛と思われる騎士が数人外で待っているし、どうやらかなり身分の高い方のようね。


「こちらにフレグランスの女神様がいらっしゃると聞いて、訪ねてきたのですが……」


 まさかの一言に私が唖然としていたら、「こちらがお探しの女神様です」とジェフリーが笑顔で案内するものだから、お客様の視線がこちらに来てしまった。


「ようこそお越しくださいました。ヴィオラ・ヒルシュタインと申します」


 変な別称で呼ばれても恥ずかしいので、私はとりあえず自己紹介をしておいた。


「ライデーン王国エヴァリー公爵家が嫡男ケレスと申します。従姉のレイラに聞いて伺ったのですが……ヴィオラ様に、お願いがあって参りました」


 レイラ様の親族の方だったのね。

 そう言われると、確かに既視感があるわね。


「よかったら奥で話を伺いますので、こちらへどうぞ」


 執務室の接客用ソファー席へお客様を案内する。

 エルマが気を利かせて、すかさず紅茶を淹れて出してくれた。


「お話のほう、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 どこか切り出しにくそうな様子のエヴァリー卿に、私は話しやすいよう声をかけた。

 すると彼は、神妙な顔でこう言った。


「実は、私には霊感がありまして……」


 なんで私を訪ねてくる方は、こう突拍子もないこと突然仰られるのかしら……でも思い詰めたような顔をしていらっしゃるエヴァリー卿にとっては、深刻な問題があるのだろう。相槌をうちながら、私は彼の話に耳を傾けた。


「『なんとかしてよお兄ちゃん!』と、事故で亡くなった妹が毎晩、枕元に立つのです。『お母様を元気にしてあげて』と……」


 そう言って、エヴァリー卿は悲しそうに目を伏せる。

 重たい話の中に詰まった情報量の多さよ……とりあえず要点を整理して、私は尋ねた。


「つまり私に……公爵夫人を元気づけるアイテムを作ってほしい、ということでしょうか?」


 俯いていたエヴァリー卿が、「そうなんです!」と嬉しそうにぱっと顔を上げた。


「妹の死は自分のせいだと、母は毎晩自身を責め続けていました。私や父がそうじゃないと何度諭しても信じてもらえず、哀しみ以外の感情を失ってしまったんです。そんな時に妹が慕っていた従妹のレイラが、レクナード王国で話題の香水を贈ってくれました。香水の爽やかな香りに、無気力な顔をしていた母が、ふと頬を緩めたんです」

「そう、だったのですね……」


 自分のせいで大切な人が命を失う悲しみを、私は知っている。

 エヴァリー卿のお母様の心情を察すると、とても他人事には思えなかった。


「はい! そこでヴィオラ様に、母を元気にする香水を作ってほしくて参りました。お金はいくらでも出しますので、どうか引き受けていただけないでしょうか?」


 香水で気分転換はできたとしても、心に深く負った傷を、それだけで元気にすることなんてできない。

 リーフに祝福をかけてもらったとしても、それは同じだろう。


 だけど私を頼って、遠路はるばるライデーン王国から来てくださったことを考えると、なんとか力になってあげたいわね。


「ご事情はわかりました。ご期待に添えるかわかりませんが、ぜひご協力させてください」

「本当ですか⁉ ありがとうございます!」


 それから私はエヴァリー卿に、もう少し詳しい事情を伺った。


 彼の話によると、妹のアデルさんは子どもの頃に病気を発症し、闘病生活を送っていた。

 けれど現代の医学では完治が難しくて、少しずつ弱っていく身体に、アデルさんは自身の死期を悟っていたと。

 これまで懸命に尽くしてくれた母にお礼がしたいと相談されたエヴァリー卿は、アデルさんと一緒にとあるプレゼントを贈る計画を立てたそうだ。


 その計画とは、まだ元気だった頃によく一緒に行った植物園に再び出向いて、楽しい思い出を作ることだった。

 お母様のおかげで立派に成長した私を見てほしいと、アデルさんはその日のために、一針一針思いを込めて縫ったハンカチを贈ろうとしていたそうだ。


 最高の一日になるはずだったその日、不運にも馬車の脱輪事故が起こり、アデルさんは夫人を庇って帰らぬ人となってしまった。

 そのせいで、夫人はずっと自身のことを責め続けているそうだ。


「私は母上に、アデルの想いを届けないといけません。未だに渡せていないこのハンカチを、どうか母上に受け取って元気を取り戻してほしいのです」


 そう言ってエヴァリー卿は、アデルさんのハンカチを見せてくださった。


「つらいことを話してくださり、ありがとうございました」

「参考になればと、母上が以前好きだったものを多数お持ちしましたので、よければこちらもご活用ください!」


 エヴァリー卿の指示で、付き人の方が大きなトランクケースをテーブルに置いた。


「あとで確認してみますね」

「はい、よろしくお願いいたします。建国祭の親善大使として、しばらく私はこちらに滞在する予定です。静養のため、現在は母も一緒にレクナード王国に滞在しております。もし何かありましたら、レクナード城の方へ遣いを出していただければ幸いです」


 エヴァリー卿がお帰りになったあと、彼が残した資料を見ながら私は頭を抱えていた。


 本当に藁にも縋る思いで色々準備して来られたようで、トランクケースの中には夫人の好きだったものが色々と詰まっている。


 観劇や美術館のリーフレットに、旅行ガイドブック……夫人はお出かけが好きな方だったのかしら?


 けれどそれらは、好きだったものと過去形であり、今ではまったく興味を示されないらしい。


 ショックのあまり外出する気にもなれないだろうし、無理はない話だ。

 今回の療養も、気分転換にと半ば強引にお連れしたらしいし。


 けれど、何かが引っ掛かるのよね。


 この資料を見る限り、夫人はとても多趣味な方だったようだ。

 アデルさんの死をきっかけに、それらすべてから興味を失くしてしまったのはむしろ、お出かけには何か別の目的があったんじゃないのかしら?

 それにどうして夫人は、レイラ様がお贈りになった香水に興味を示されたのかしら?


 アデルさんもレイラ様のことを慕っておられたようだし……客観的な意見がほしかった私は、レイラ様に事情を伝え、謁見の申し込みの手紙を書いて送ることにした。

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