66、モヤモヤする心
仮面パーティーに潜入調査に行った二週間後、私はロイヤル通信を見ながら怒りに震えていた。
あくまでも情報を探るだけっていいながら、自分はしっかりその日に悪者を取り締まって、危ないことしてるじゃない。
しかも、あんな形で私を厄介払いするなんて……お父様にワインを勧められても、恥ずかしくて飲めないじゃない!
「アレクの嘘つき……」
あれから全然姿も見せないし、一体どこで何してるのよ。
ジン様に、聞いてみる?
温室の外に視線を移すと、今日はジン様がリーフの魔法訓練に付き合ってくださっている。
でも邪魔はしたくないし、もやもやした気持ちを抱えたまま、私は外出の支度をしてフェリーチェに向かった。
馬車から外の景色を眺めながら、私はこの二週間で起こったことを思い返す。
まずは仮面パーティが摘発されたことで、そこに加担していた新興派の悪事が明るみに出た。
カーボンの密売に違法飼育、そして生成された毒素を用いた煙草の密売と香水の模倣品販売。
アレクが悪者を捕まえてくれたおかげで、粗悪な香水が偽物だったというのは、ロイヤル通信で周知された。
けれど相変わらず、お店にお客様の姿はほとんどない。
たまに来てくれるお客様も、香水がどれくらい保管が可能なのかを気にしておられる様子だ。
どうやらあの偽物のせいで、香水は時間が経つと腐るのではないかって不安が広がってしまっているようなのよね。
どんなものだって、適正に使える期限があるのは当たり前だ。香水だって例外じゃない。
それでも植物由来の精油には殺菌作用があるし、香水に使用しても腐敗やカビは発生しにくい。
ただ空気に触れると酸化して香りが落ちるため、少しずつ品質の劣化が進む。
精油によって揮発性の違いから期限は異なるけど、トップノートに使用する柑橘系の精油なんかは、特に酸化しやすく持って半年。
逆にラストノートに使う精油は一年以上持つものもある。
劣化した精油は肌への刺激が強くなるから、芳香剤や消臭剤みたいに、直接肌につけない使い方をしたほうがいい。
だけどフェリーチェで売っている香水は、普通に使って一ヶ月で使い切れる量に調整しているし、作る個数だって販売数に応じて調整している。
偽物の香水みたいに、三日で腐るなんてことは絶対にありえないわ。
それに蓋を締め忘れて酸化した結果、香りに多少の変化が生じることはあっても、あの量では腐る前に蒸発するほうが早いだろう。
折角原液をそのまま使用する悪文化を払拭できそうだったのに……失った信用を取り戻すには、どうしたらいいのかしら。
考えがまとまらないまま、フェリーチェに着いた。
お店には相変わらずお客様の姿はなく、ジェフリーとエルマが店内の掃除をしていた。
「ヴィオラ様、ようこそお越しくださいました!」
「こんにちは。二人とも元気そうでよかったわ。それにしても、今日は一段とお店が綺麗ね」
いつもより、店内がやけにピカピカと輝いているわ。
暇すぎてエルマまで一階の掃除をしているなんて、やはり客足は戻ってないのね。
「実は先日、アレクシス様が掃除用具を一新してくださったんです!」
ジェフリーの言葉に、「新商品の洗剤、汚れがすごく落ちるんですよ」とエルマが笑顔で付け加える。
「そ、そうだったのね」
アレクったらわざと私に会わない時間に、ここには来てるのね。
胸の中にあるもやもやが一層ひどくなって、思わず頬が引きつる。
「はい! いつお客様が来てもいいように、店内は綺麗に保っておくよう仰られてました」
「とても忙しそうなご様子でしたが、お店のことを気にかけてくださって嬉しいです。なので僕たちも、できることを頑張ります!」
そうよね、アレクはもともと忙しい人だったわ。
ジェフリーの言葉で、少しだけ冷静になれた気がした。
アレクがなんで私を避けてるのかは、今度会った時にじっくり聞き出すとして、いまは私もできることを頑張らないといけないわね。
「ありがとう、頼りにしてるわ。奥で作戦を考えるから、何かあったら呼んでね」
二人にそう声をかけて、私は執務室へ向かう。
奥のデスクに座り、引き出しから便箋と筆記具を取り出して、考えを書き出しながらまとめていく。
現状として、王都で販売されていた香水が偽物だってことはロイヤル通信で周知されている。
それでも客足が戻らないのは、香水自体に曰くがついてしまったためよね。
その曰くからくる不安を払拭しない限り、この問題は解決しないだろう。
香水が腐敗する可能性は限りなく低いってことを、まずは周知する必要があるわね。
その上で、きちんとした管理の上で製造していることを知ってもらって信用を少しずつ取り戻すしかないだろう。
手間はかかるけど、香水一つ一つに説明書を付けて、正しい使用法を後から確認できるようにするといいかもしれないわ。
でもこれは、お客様がお店に来てくれないことには意味がない。
買ったあとにも安心を。
そんなアフターサービスを充実させる基盤を作りつつ、まずはお客様がお店に足を運びたくなる仕掛けを作らないといけないわね。
いままでのように社交界で紹介するだけじゃ、ダメね。
もっと別の何かを……いい考えが浮かばず、頬杖をついてぼーっと室内を眺めていると、棚に見本として飾られた化粧箱が目についた。
マリエッタがデザインしてくれたロゴ、素敵ね。化粧箱に印字されたロゴを見て、初めて一緒にフェリーチェの見学に来た時のことを思い出した。
私の趣味に全く興味のなかったあの子が、楽しそうに香水作りに挑戦してくれて、嬉しかったわね……
はっ、それよ!
香水作りを実際に体験してもらうのはどうかしら?
自然と作業場の案内もできるし、きちんと管理を徹底した場所で安全な香水を作っていることを、周知できるわ。
それにシエルローゼンはもともと、観光や療養で来る方が多い。
ここでしかできない体験をしてもらうのは、いい思い出になるはずよ。
旅の良い思い出は、ぜひとも語りたい方が多いだろうし、悪くないわ!
そうして解決策を便箋に書き出した私は店内に戻り、ジェフリーとエルマにも意見を聞いてみた。
「どうかしら? お客様に安心して香水を使ってもらうために、今できそうなことを考えてみたんだけど……」
「確かに口頭での説明では限度があるし、いい考えだと思います! 僕、リーフレット作りますよ!」
「オリジナルの香水作り体験、わくわくするし素敵です! またやりたいって思ってもらえるように、私も準備頑張ります!」
二人が目を輝かせて、賛同してくれた。
それから具体的にどうしていくかを話し合っていると、カランとお客様の来訪を告げる鐘が鳴った。












