65、残酷な真実【アレクシス視点】
【※注意】
この回、先のネタバレを含む回となります。
ヴィオラ視点で物語を楽しみたい方は、回れ右をオススメします。
両方の視点を知った上で物語を楽しみたい方や、ヒーローの行動理由をきちんと知っておきたい方は、このままお進みください。
今回の件に実行犯として関わっているのは、主に資金繰りに苦しむ新興派の貴族たちだ。
ただ彼等には、ヴィオの香水の模倣品を作るほどの資金も知識もないだろう。
目先の利益を優先して、麝香を高値で売りつけるべく、ジャコウジカの乱獲ばかりしていたし。
まぁいまは、代わりにセーブル帝国からカーボンを密輸入して、養鶏場で違法飼育しているようだけど。
カーボンの肉は栄養価が高く、味もいい。ただ調理法を間違うと、体内に毒素が生成される恐ろしい品種だ。
正しく処理できる調理人が少ないため、レクナード王国ではめんどくさーい手続きを経て認定を受けた店でしか提供できない高級種でもある。
高揚感が増し、時には幻覚を見せるというカーボンの毒素を、少量接種して楽しむあぶなーい遊びを新興派は広めているようだけど、ついでにその黒幕の情報を入手できたのは嬉しい誤算だったな。
僕のノーブル大商会に罪を着せようと、新興派はお粗末な策を立ててたようだけど、詰めが甘いんだよね。
この件に関しては、あとでじっくり焼いてやろう。
それよりもいまは、香水の模倣品を流通させる黒幕を探すことが優先だ。
おおかた新興派は利用されているだけで、裏におそろしく切れ者の協力者がいる。
実際に偽物の香水を使った者たちの証言を聞くと、驚くことに初めはとてもいい匂いがしていたと言っていた。
そして使用して三日後に、ひどい悪臭に変わったと。
押収した模倣品を観察したところ、開栓して三日後に中身の腐敗が一気に進んだ。
時間の経過を見計らって、正確に三日で変質をもたらす調合で香水を作るなんて、普通の人には到底できないことだ。
魔法反応も一切なかったし、緻密な計算の上で作られたものだというのが一番厄介だ。
それだけの知識と悪意を持って、今回の件に携わっているのだから。
どうか僕の悪い予感、的中しないでくれよ……と願いつつ会場に戻ると、『アレクシス、こっちだ』とジンがテレパシーを送ってくる。
呼ばれた奥のフロアへ足を進めると、売り子としてスカウトされようとしている令息の姿があった。
あの派手な孔雀の仮面をつけた男が勧誘役か。
案内役と思われる仲間に令息を引き渡し、孔雀仮面の男は次のカモを探しているようだ。
気づかれないよう、僕は案内役の男と令息のあとをつける。
あの耳につけた赤いイヤーカフ、そういえばさっきの勧誘役もつけてたな……通信魔道具だろうか?
「ジン、耳にあの男と同じ赤いイヤーカフをつけた者が他にいないか、会場を探ってくれるかい?」
他の者に気づかれないよう、風魔法でジンに指示を出して数十秒後、返答がきた。
『遊技台やダーツの近くに二人発見した。派手な負け方をした者に声をかけているようだ』
賭博で一攫千金なんて考えずに、もう少し真っ当に使えばいいものを……犯人は金で雇って売り子をさせているのだろうか?
でもそれなら、わざわざ新興派の貴族にやらせなくても、いくらでも雇えるはずだ。
弱みにつけこみやらせているとしたら、嫌な予感がする。
廊下を抜け部屋に入室する直前、僕は令息の袖に声を拾う小型魔道具を風で飛ばして装着した。カフスピンの形をしてるから、バレにくい代物だ。
「君には、これを販売してもらいたい。一番の成功者が手立てた、素晴らしい企画だ」
そうして拾った声を録音していると、耳を疑いたくなる事実が発覚した。
魔族と関わり深いタナトス魔教会の関与。
そして弱みにつけこまれた新興派の貴族たちが、新たな闇魔道具の洗脳実験に使われていたこと。
さらに香水の模倣品販売が、ただどこまで正確に指示に従えるかの実験でしかなかったなんて。
しっかりと証拠を掴んだ僕は、秘密裏に待機させていた精霊騎士たちに指示を出して、一人も逃がさないよう会場を閉鎖し、関係のある者全てを捕らえさせた。
しかし闇魔道具に洗脳されている者たちは、決して口を割ることはない。
仕方なく証拠品の押収をしていると、模倣品の香水に関する資料を見つけた。
そこに書かれた製作者のサインを見て、僕は目を覆いたくなった。
この特徴的な字体を、最近議会で見たばかりだ。
確かに彼の優れた知能があれば、あの模倣品を作れても不思議ではない。
そうか、そういうことだったのか。
繋がった糸が示す残酷な事実を前に、僕は震えが止まらなかった。
闇魔道具は、負の感情を抱く弱った人の心に強く反応する。
新興派に限らず、誰でも唆される危険がある恐ろしいものだ。
犠牲がすべて新興派とは限らないということに、いまさら気付くなんて。
なぜ香水の模倣品販売が、闇魔道具の実験として選ばれたのか。
それは一番の成功者である彼が、洗脳されて望んだことだったとしたら?
一体いつから……少なくとも、あの時はまだ正常だったはずだ。
レイモンド卿――彼自身がこの実験の一番の成功者だなんて、なんとも皮肉すぎるじゃないか……っ!
ああ、嘘だろう。
どうしてこんなに、神様は残酷なんだ。
このことは、絶対ヴィオに知られるわけにはいかない。












