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63、怪しい取引

 中央に設置されたメインテーブルには、軽食やスイーツが用意してある。近くにはテーブル席やソファー席があり、歓談しながら食事やお酒を楽しむ男女の姿が多い。


 ここは男女の出会いエリアって感じね。周囲の会話に聞き耳を立ててみても、有力な情報は得られなかった。


 奥へ行くと隅のテーブルの一角で、「一箱、銀貨十枚よ」という女性の声が聞こえた。


 そんな女性に目の焦点が合っていない人々が「三箱くれ!」、「俺は五箱だ!」と群がっている。


 何を売っているのかしら?


 女性から購入した小箱を握りしめ別の席に座った男性を観察していると、彼は胸ポケットから布にくるまれた何かを取り出した。


 どうやら中には喫煙具が入っているようで、購入した小箱から取ったものを小さく丸めて先のボウルに詰めている。


 マッチで火を付けて、気持ちよさそうに男性はそれを吸い始めた。


 臭っ!

 なにかしら、この動物特有の臭さは。

 一体何を吸っているの……⁉


 あの小箱の中身、普通の煙草じゃないわね。


「やっぱりカーボンは最高だな!」

「セーブル帝国から密輸入してるから高くつくが、一度吸ったらやめられないよな!」


 気がつくと、周囲は女性から買ったものを吸っている人であふれていて、そんな会話が聞こえてきた。


 カーボン……セーブル帝国……どこかで聞いたような……あ!


 あの時の黒い鶏!


 もしかしてあの小箱の中身は、カーボンから採った何かが煙草として使われているの?


 ジャコウジカのように、身体の一部に特別な効能があるのなら、ありえない話じゃない。


 確かあの時、ノーブル大商会からの依頼で輸送してるって、御者は言っていたけど、まさかアレクの商会に不正取引の冤罪を着せようとしているんじゃ……⁉️


 嫌な予感が脳裏によぎった時、小箱の販売を終えた女性が席を立った。


 私は気づかれないよう女性のあとを追いかけ、フロアの奥へと進む。


 どうやら奥は遊技場になっているようで、ビリヤードやダーツ、ポーカーを楽しむ手慣れた常連客の姿が目立つ。


 どことなく空気が変わったのを、肌で感じた。


 周囲からチラチラと視線を感じるし、もしかして新参者が足を踏み入れていい場所じゃなかったのかしら?


 こういうのは、堂々としてれば意外とばれないものよ!


 女性がポーカーを楽しむ男性の隣に座ったのを横目で確認して、私はボーイからワインの入ったグラスを受け取り、悠然と会場を歩いて女性の近くへ足を進める。


 裏側にあるダーツの観戦用に設置されたソファーに腰をおろして、聞こえてくる会話に耳を傾けた。


 その際、さりげなくペンダントに触れて、録音を開始する。


「指示どおり、バカな男たちに売りつけてやったわ。ふふ、これでノーブル大商会の評判が落ちるのも、時間の問題ね」

「話題の新店も閑古鳥が鳴いているようだし、いいザマさ。これで新興派も羽振りがよくなるだろう。まさに一石二鳥だな」


 女性の隣では、そう言って黒い仮面をつけた男性が高笑いしていた。


 鼻につくこの男性の声、どこかで聞いたことあるような……もっと詳しい話を聞きたくて、距離を詰めようと席を立った時、運悪く後ろから声をかけられた。


「お嬢さん、おひとりですか?」


 振り返ると装飾の派手な仮面をつけた青年が、こちらにねっとりとした視線を向けていて、背筋にぞっと悪寒が走る。


「よかったら、私と一緒に楽しいことをしませんか? ぜひあちらの個室で話を……」

「結構ですわ」


 邪魔してくるんじゃないわよ、話が聞こえないじゃない。


 場所を移動しようとしたら、「まぁ、そう仰られずに」と、手を伸ばしてきた青年に左腕を掴まれた。


 茨のムチで縛って大人しくさせたいところだけど、今は目立つ行動は控えたい。


 有力な情報を聞き出して、証拠の会話を録音するほうが大事だわ。


「申し訳ありませんが、約束がありますので……」


 そう誤魔化して手を振り払おうとしても、意外と青年の力が強く、できなかった。


 仕方ない、今は大人しく従って、個室で拘束して逃げるしかないわね。そんなことを考えていたら――。


「私の連れに、何か御用ですか?」


 底冷えするような低い声がした瞬間、腕の拘束が解けた。


 声の主に視線を移すと、そこには男性の腕を掴み、鋭い視線を投げかけるアレクの姿があった。


「ひっ! い、いえ!」


 アレクが掴んでいた手を離すと、青年は脱兎のごとく逃げ出した。


「助かったわ、ありがとう。それよりもあの二人、絶対何か知ってるわ!」


 声をかけても、アレクは視線を落としたまま、何も言わない。


 彼の視線の先を辿ると、青年に掴まれた私の腕が赤くなっていることに気付いた。


「大丈夫よ、これくらい。すぐ治るから」

「…………ない。大丈夫じゃ、ないよ……っ」


 声が掠れていて、よく聞き取れなかった。


 それでも、仮面の奥で悲しそうに揺れているアレクの瞳と視線が交錯して、心配をかけてしまったんだと悟る。


 濡れたアメジストのように輝く瞳があまりにも美しかったせいか、アレクの想いが強く流れ込んできて、胸がきゅっと締め付けられた。


「ごめん、ヴィオ……」


 そう言って私からグラスを取り上げたアレクは、それに口をつけて傾ける。


 一気にグラスを煽るなんて、よっぽど喉が乾いてたのかしら?


 その様子を眺めていると、飲み終わったグラスをテーブルに置いたアレクがなぜか距離を詰めてくる。顎をくいっと持ち上げられ、そのまま唇を奪われた。


 まさか、酔ってるの……⁉


 そう問いかける暇さえ与えてくれなくて、割り入ってきた舌に口を開かれ、流れ込んでくる液体――芳醇で甘いワインが、口内に広がった。


 違う、これは……酔った人の行動じゃない!


 アレクの意図を悟った時にはもう手遅れで、こくりと喉が鳴り、途端に強い睡魔に襲われる。


 眠気に抗えない私の身体を支えるように、いつのまにかアレクの手が後頭部に回されていた。


「これ以上、もう危険に巻き込みたくないんだ……ごめん、ヴィオ。あとは僕に任せて」


 朦朧とする意識のなかで、朧気にそんな声が聞こえた気がした。

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