62、潜入調査
新月の夜を迎え、仮面パーティに潜入する日を迎えていた。
事前にアレクが用意してくれていた変装グッズの箱を開けると、そこにはプラチナブロンドのウィッグと目元を隠す白い仮面、そしてセクシーな赤いドレスが入っていた。
ご丁寧にアクセサリーと靴まであるわ。
「アレクシス様の愛を感じますね! 今日は腕によりをかけて、傾国の美女に仕上げますわ!」
派手すぎる衣装に絶句する私の隣で、ウィッグを手にして張り切るミリアは、なぜかとても楽しそうだった。
そうして変装の準備を手伝ってもらい、マリエッタにお父様の注意を引いてもらっている間に屋敷を抜け出した私は、裏通りへと足を進める。
午後九時に、公爵邸の裏通りに馬車を待機させるとアレクは言っていた。
目的の馬車を見つけて近づくと、見慣れない黒髪の男性が馬車から降りてくる。
一瞬身構えるも、「ヴィオ」と私を呼ぶ声で、その人物がアレクだと気づいた。
「金髪もよく似合うね。美しい金色の瞳と相まって、まるで太陽の女神様のようだ」
そう言って優しく紫色の目を細めたアレクが、手を差し出してくる。
ストレートの黒髪がさらりと揺れ、落ち着いた印象を受けるせいか、普段とのギャップに少し緊張するわね。
「褒めてもなにもでないわよ」
平静を装いながらそんな軽口を叩いて、エスコートされるまま馬車に乗り込んだ。
「どう? 幸薄そうに見える? 不幸背負い込んだ貴公子風に変装したんだ」
それを期待に満ちた笑顔で聞かれても……犯人に声をかけてもらうのを狙ってるみたいだけど、喋ると台無しじゃない。
「そうね……視線を落として、背中を少し丸めて、口を閉じておけば見えるかもね」
まぁ、維持できるならの話だけど。
背中をプルプルさせてる姿を見る限り難しそうね。
「ところでアレク、なんで私の変装はこんなに派手なのかしら?」
「それはもちろん、ヴィオが会場のどこにいても、僕が一目で見つけるためだよ!」
「つまり会場には連れて行くけど、そもそも私には情報収集させるつもりはないってこと?」
「そ、そういうわけじゃ……」と言って、アレクは目を泳がせている。
「いいわ、どっちが早く有力な情報を掴むか勝負しましょう」
私が大人しくしていると思ったの?
にっこり笑みを浮かべてそう告げたら、「……へ? な、何を言って……」と、アレクが途端に焦りだす。
「どちらにせよ、会場で私が貴方のそばに居たら誰も声をかけて来ないでしょ。二手に別れたほうが効率的よ」
私の言葉に、アレクは「この変装まずった……!」と頭を抱えている。
自分だけ危険なことをしようとするから、そうなるのよ。
突然ばっと顔を上げたアレクが、「いいかい、ヴィオ。絶対に会場を出てはいけないよ。もし個室に誘われても、ついて行ったらダメだからね!」と念を押してくる。
ふっ、どうやら負けを悟って提案を受け入れたようね。
「でも怪しい人物を捕まえて拘束するには、個室のほうが都合いいじゃない」
「危ないから絶対にダメ! 今日の目的はあくまでも、情報を得て犯人を絞ることだよ」
「ええ、わかったわ」
頷くと、アレクは私の首元に視線を移した。
「それとヴィオのペンダント、録音用の魔道具になってるんだ。もし怪しい会話をしてる人を見つけたら、真ん中の宝石に触れて会話を録音してほしい」
そんなことを話していたら、馬車が停車した。
六番ストリートの歓楽街を抜けた先にある、廃館になった古いホテルの洋館。どうやらここが仮面パーティの会場らしい。
「まかせて。それじゃあ、行きましょうか」
仮面を装着して、私達は建物の中へと向かった。
会員制のようで、初めての人は会員の招待がないと中へ入れないようだ。
受付で偽装した招待状がバレないかヒヤヒヤしたけど、なんとか無事に通過できた。
「ごゆっくりお楽しみください」
案内人が開けた扉の先には、ワイングラスを片手に歓談を楽しむ人々の姿がある。
一見普通のパーティのように見えるけど、中に入ると聞こえてくる会話は上品なものではなかった。
不倫を楽しもうとしているらしい男女が私たちの前を横切り、仲良く腕を組んで休憩室へと消えていく。
仮面で顔を隠しているせいか、みなさん何とも開放的に楽しんでおられるようで……様々な出会いの場として機能しているパーティ、というのが見てとれた。
「ヴィオ、やはり馬車で待ってて。僕ひとりで……」
「待ってるだけなんて嫌よ。私は左側を探ってみるから、アレクは右側をお願い。三十分後にこの場所で合流しましょう」
仮面の奥で心配そうに瞳を揺らすアレクにそう告げて、私は会場の奥へと足を進めた。












