61、植物を悪用するなんて許せない!
「アレクシス様! ヴィオラ様はいま、お客様対応中で……!」
後ろからは、慌てて追いかけてきたジェフリーの声が聞こえる。
しかしそんなジェフリーの声が耳に入って来ないのか、アレクは視線をテーブルの上から私の手元に移したあと、「ヴィオ、その方は誰?」と悲しそうに瞳を揺らして尋ねてきた。
「誰って、大切なことを知らせてくれたお客様よ」
アレクから視線をエドに移した私は、「エド、叔母様と伯爵によろしくお伝えしてね」と紙袋を握らせる。
「はい、ありがとうございました。それでは失礼いたします」
退室しようとするエドに、アレクはなぜか鋭い視線を向けていた。
気まずそうに苦笑して会釈するエドを、「お客様、出口までご案内します」と、ジェフリーがフォローしてくれて助かったわね。
「アレク、どうしたの? お客様に失礼じゃない」
二人が退室したあと私がそう諌めると、アレクは唇を噛み締め俯いてしまった。
いつもはそんな態度を取らないのに、どうしたのかしら?
「さっきの彼……愛称で呼ぶほど、親しい客なの?」
どうやらあらぬ勘違いをさせてしまったらしい。すがりつくようなアレクの視線で、なんとなくそれは察した。
でもねアレク、そもそもエドはお父様とそんなに年齢が変わらないのに、何でそんな勘違いするのよ!
「それに男性と個室で二人っきりで接客なんて、もし何かあったら……!」
私が呆気にとられていると、アレクは思い詰めたように、そう言葉を続けた。
とりあえす誤解を解かないと、さらに酷くなるわね、これは……一呼吸して、私は口を開いた。
「今日は、リーフも一緒なのよ」
「え、そうだったの……?」
驚くアレクの前に「うん、そうだよー!」と言って、リーフが姿を現してくれた。
「それにエドは私が子どもの頃、公爵家に仕えていた使用人よ。今日はテイラー伯爵家の遣いとして、来てくれたの」
「テイラー伯爵家は確か……ああ、なるほど!」
アレクはようやく事情を呑み込めたのか、ほっと安堵のため息を漏らした。
「それよりも大変なの! こっちに来て」
扉の近くで立ち尽くしたままだったアレクの手を引いて、ソファに座らせる。
前の席に腰を掛け、エドが持ってきてくれた黒い瓶の香水を見せると、「どうしてそれがここに⁉️」とアレクは大きく目を見開いた。
「さっきエドが持ってきてくれたのよ。王都の城下で、フェリーチェの名を騙る屋台で販売されてたって」
「そうだった! 僕もその件で来たんだ。実は……」
アレクの話によると、約二週間前――ウィルフレッド様が公務の帰りに、フェリーチェの看板を掲げた不審な屋台を城下で目撃したらしい。
その場で取り締まり犯人は捕まえたそうだけど、それから同じような屋台が城下の各所で目撃されるようになった。
最悪なことに、そこで悪質な香水を買って使った方が、次々と体調を崩してしまっているそうだ。
それでフェリーチェの香水は身体に悪いと、よくない評判が広まってしまっているようだと。
「違法な屋台は見つけ次第取り締まっているけど、困ったことに捕えた者を尋問にかけても、何も吐かないんだ」
油断すると自害しようとするから、拘束しておくのも大変でね……とアレクがぼやいた。
「誰が何の目的でやってるかも、わからないのね……」
「ただ売人には、ある共通点があってね。販売していたのは、いずれも訳ありの新興貴族の令息だったんだ」
「何か弱みを握られていて、誰かに従わされていたってこと?」
「可能性は高いと思う。そして彼等は、とあるパーティーに足繁く通っていたことがわかったんだ」
「とあるパーティー?」と私が尋ねると、アレクはあーとか、うーとか途端に歯切れが悪くなる。
もったいぶってないで早く言いなさいよと視線で訴えると、アレクは観念したように口を開いた。
「新月の夜に、非公式で開催される仮面パーティがあるんだ。まぁ、その……面で言えないような情報を交換したり、交流したりする場だね」
「そこに行けば、ふざけた香水を作って販売させている黒幕の情報がわかるのね!」
「おそらくね。このまま屋台を取り締まるだけじゃ、トカゲの尻尾切りみたいなものだ。フェリーチェの沽券に関わるし、僕が様子を探ってくるよ」
「私も行くわ」
「それはダメだよ! どんな危険が潜んでるかわからないし……」
「だって許せないわ。こんな粗悪品を、フェリーチェの名で騙して販売するなんて! 黒幕を見つけたら茨で縛り上げて、逆さ吊りにしてやらないと気がすまないわ!」
そう言って鋭い棘を持つ茨のムチを召喚すると、アレクが一瞬怯んだ。
「そ、その気持はよくわかるけど、でもやっぱり危険だし……」
「この中身、リーフが腐ってるって言ったのよ。植物を粗末に扱って、みんなで頑張ってきた香り改革まで邪魔されて、じっとなんてしてられないわ……っ!」
植物は、人を不幸にする道具じゃない。
こんな使い方をされて、腹立たしくて、悔しくて、感情が昂りすぎたせいか、目の端にじわりと涙が滲む。
もしこの悪質な香水で、誰かが帰らぬ人になってしまったら……私はお母様に、二度と顔向けできないわ。
「ヴィオ……わかったから! 連れていくから、泣かないで……」
「泣いてなんて、ないわよ!」
咄嗟に涙を拭おうとすると、いつの間にか隣に移動していたアレクに、やんわりと手を掴んで止められた。
「その悔しさ、僕にもわけてよ」
じっと顔を覗き込まれ、目の端にそっと口付けられる。
ゆっくりと顔を上げたアレクは、「涙って本当にしょっぱいんだね」と言って、唇をペロリと舐めた。
「……っ!」
れ、冷静に味わってんじゃないわよ!
言い様のない羞恥心に駆られた私は、金魚のように口をぱくぱくするしかなくて、涙が一気に引っ込んだ。
そんなこちらを見て、「ご、ごめん! つい! もったいなくて……」と、アレクは意味のわからないことを言って顔を赤くしている。
もったいないって、何よ……⁉
意味を考えても羞恥心が増えるだけ。そう結論付けた私は心を落ち着かせ、口を開いた。
「私も一緒に行く。言質は、とったから。いまさら撤回はなしよ!」
反故にされないよう私が何とか絞り出した言葉に、「も、もちろんだよ」とアレクは頷いた。












