6、思いがけない告白
突然の告白に、言葉が出てこない。アレクが私の事を好き? そんな馬鹿な、だって私たちは悪友じゃないか。それにこの間、頼まれていた女性ものの香水も渡したわよ?
「アレク、香水を渡したい女性はどうしたのよ!」
「あれは妹にあげたんだ。ヴィオの香水を皆にアピールしてもらおうと思って」
「え、そ、そうだったんだ……」
「君の作ってくれたものだから、品質と出来には自信があった。けれど妹はこだわりが強くて、本当に自分が気に入った物しか使わないんだ。だからヴィオの香水を確実に使ってくれるかどうかの確証がなくて、あの時はまだ言えなかった」
「それで、どうだったの?」
「とても気に入ったみたいで、毎日使ってるよ」
レクナード王国の流行の発信源といわれる、第一王女のシルフィー様。優れた審美眼の持ち主で、ドレスにしてもアクセサリーにしても、彼女が一度でも着たり身に着けたりしたものはとても人気が出る。そんな方に私の香水が認めてもらえたなんて、すごい、夢みたいだ!
「それでヴィオ。話を元にもどすけど、僕と結婚してもらえないかな?」
香水の事で浮かれてたけど、今はそんな場合ではなかった。アレクが私の事をそういう対象として好きだったなんて、微塵も思わなかった。
「あの……アレク。いつから、私の事が好きだったの?」
「いつだろう、もしかすると一目惚れだったのかもしれない。けれど初めて自分の気持ちに気付いたのは、君が婚約を破棄したと教えてくれた時かな。何でもないように明るく話してたけど、ヴィオの肩が小刻みに震えていたのに気付いてしまったんだ」
初めてマリエッタが私の婚約者と恋に落ちた時、確かに動揺していたと思う。当時の婚約者のセドリックが特別好きだったわけではない。けれどそれなりにお互いを尊重して、いい距離感を保てていたと思ってた。でもそれは間違いだった。
私には見せたことない顔をして、マリエッタに微笑みかけるセドリックは、まるで別人に見えた。
いつからそうだったのかは分からない。けれどもし最初からそうだったのだとしたら、私はマリエッタにとってどんな存在だったのか、考えると怖くなった。
「抱き締めて、その震えを止めてあげたいと思った。けれど僕にはそんな資格もなくて、手を握ってあげる事しか出来なかったね。それがとても悔しかったのを、今でもよく覚えているよ。その時かな──すごくヴィオが愛おしいと感じて、君を守れる人になりたいと思った」
「だったら、もっと早く言ってくれればよかったのに……」
「ごめんね。あの頃の僕は、まだ君を守れるほどの力もなかったから……中途半端に気持ちを打ち明けて、ヴィオを危険に巻き込むわけにはいかなかったんだ」
アレクも昔、色々苦労してたわね。彼を王位に就けようとした貴族派とも一悶着あったようだし。空白だった婚約者の座を手に入れようと躍起になっている令嬢達のバトルも、壮絶だったわね。
政略結婚であっても、マリエッタのようにそこで真実の愛に目覚めるなら、幸せな事よね。
「それに君の妹君はとても恋多き女性のようだからね。僕に変な興味を持たれても困るから、中々言い出せなかったんだ……」
「そうね、もし私と婚約していたら、今ごろアレクはマリエッタと真実の愛に目覚めていたかもね?」
「もう茶化さないでくれよ。とにかく彼女が結婚した今、もう変な邪魔も入らない。風の上級精霊と契約して君を守り抜ける力も手に入れた。もうこれ以上、君を誰かに奪われる姿は見たくないんだ」
片膝をついて忠誠を誓う騎士のように、アレクは私の手を優しくとった。
「だから、ヴィオ……僕と結婚してくれないか?」
真っ直ぐに注がれる熱い眼差しに、緊張で胸の鼓動が少しだけ速くなる。
アレクは大切な友達だ。だからこそ、変な嘘で誤魔化すのも嫌だった私は、自分の正直な気持ちを伝えることにした。
「アレク、貴方の気持ちは分かった。だからとりあえず立ってちょうだい!」
傍目に見たら王子を跪かせるとんでもない悪女に見えそうだから、居た堪れない。
顔の作りがマリエッタみたいに可愛かったらそうは見えないんだろうけども……私はお父様似だからどうしても、よく言えばクール、悪く言えば冷たい印象を与えがちなのよね。
「正直私には今、そのマリエッタみたいに真実の愛なんて気持ちはよく分からないし、アレクの事もずっと友達だと思ってたから、恋愛感情なんて持ってないわよ?」
「それは、これからゆっくり育んでいければいいと思ってる」
「私、三度も妹に婚約者を奪われた惨めな女なのよ?」
社交界では腫れ物扱いされているし、その事で迷惑をかけてしまうかもしれない。
「逆に僕は、マリエッタ嬢に感謝しないといけないのかもしれない。君が婚約者とそのまま結婚せずにすんだことに」
「それなら私も、マリエッタに感謝しなくてはならないかも。今までの婚約者には、色々よくない性格や趣味があったようなの。だから変な男と一生を共にせずに済んでよかったと思うわ」
「僕は、その変な男に入らないよね?」
「どうかしら、アレクも変な男よね。でも、嫌いじゃないわ」
アレクと過ごした時間に、当時の私は確かに慰められてたし、愚痴をいっぱい聞いてもらったらスッキリもした。色々話して、共感しあって、時には馬鹿なこともやったりしたっけ。
思い返せばアレクと過ごした時間が、誰かと共有した時間の中で一番楽しかったと思う。
そう考えると、アレクとこれからを一緒に歩んでいくのも悪くないかもしれない。
むしろ、これ以上にいい結婚相手なんて見つからないだろう。何より彼は、飾らない素の私を知っていて、趣味も認めた上で好いてくれているのだから。
「ああそれとね、父上の難題任務をクリアした報酬で、シエルローゼン公爵位と領地をもらったんだ。結婚したらそこに住もう? スローライフを送るにはちょうどいいと思うんだ。ヴィオは好きなことをしてくれていいんだよ? 庭に大きな温室と調香専用の作業部屋も作ろうね」
王都の東にある自然豊かで古典的な街並みが魅力の静養地シエルローゼン。
王家が所有する空中庭園から見下ろす絶景は息をのむほど美しいらしい。空に咲くバラと例えられるこの地は、珍しい植物の群生地としても有名なのだ。
めちゃくちゃそそられる! しかし空中庭園や珍しい植物の群生地は王家の私有地であるため一般開放はされておらず、特別な行事の時しか入れない。
「アレク……貴方が王位継承権を放棄して商会を経営していたのって……」
「王位なんて継いだらスローライフできないでしょ? 変なイザコザに巻き込まれるのもごめんだし。それに資金はいくらあっても困ることはないからね。ヴィオに苦労はさせたくないし、好きなことをして笑ってて欲しいからさ!」
こんなにいい条件を並べられて、ノーなんて言えるだろうか?
「貴方意外と用意周到だったのね……」
「それは勿論。君を手に入れるために僕が出来る事なんて、これくらいしかないからね」
王位継承権を放棄する条件として、アレクは陛下にとある難題任務を与えられていた。
それは三年以内に貧困街として有名なアムール地方にあるスラム区画を改善させること。
宝石鉱山の崩落事故を放置したまま、当時の悪徳領主は全財産を持って逃げ出したのは有名な話だ。復興もままならず鉱山はそのまま封鎖され、唯一の収入源を失ったアムール地方はスラムと化していた。
そんな大変な領地を三年で改善するなんて、普通出来ることじゃない。王立アカデミーに籍だけおいてその三年間、アレクはアムール地方で領主として復興に勤しみ、見事に任務を終えた。
まさかその報酬で、スローライフに適した領地を頂くなんて、誰が想像していただろうか。
「だめかな? まだ足りない? 次は何が欲しい? ヴィオのためなら、頑張るよ!」
うるうるとした瞳で不安そうにこちらを見つめてくるアレク。耳としっぽがあったら、完全に犬だ。けれどそんな犬に愛着を持ち、少しだけ愛おしく見えてしまったのは、かなり毒されてしまっているせいかしら。
「貴方が居てくれたら、何もいらないわ。アレク、一緒に楽しんでいきましょう」
「うん! ありがとう、ヴィオ」
これから少しずつ、真実の愛をというものを見つけていければいいわね。アレクと共に。
残り4話はマリエッタ編となります。
姉が幸せを掴んだ一方で妹の方は……