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60、不穏な噂

 数日後、私はリーフと一緒にフェリーチェへ向かった。


 初めてのシエルローゼンに、リーフは馬車の窓から興味深そうに外の景色を眺めている。


「見て、ヴィオ! あの建物、イスタールが守ったエレメ塔でしょ!」


 絵本の舞台になった建物を前に、リーフは興奮が隠しきれないようだ。窓枠に前足をかけ、尻尾を左右に激しく揺らしながら景色を楽しんでいる。


「ええ、そうよ。もう少し行くと、パルス城も見えてくるわよ」


 私の言葉に、「わぁ、楽しみ!」とリーフは目を輝かせる。


 シエルローゼンは、リーフが大好きな英雄王イスタールの絵本の舞台モデルになった場所だ。ここまで喜んでくれるなら、もっと早く連れてきてあげればよかったわね。


 そうして一緒に景色を楽しんでいると、お店に着いた。


 身体を小さくして私の肩に乗ったリーフは、皆に見えないよう姿を消した。


『あの看板、すっごくお洒落だね!』

「マリエッタがデザインしてくれたものよ。素敵でしょ?」


 小声で話しかけると、リーフは『うん、わくわくする! 中へ入ろう?』と、うずうずしているようだ。


 店内に入ると、いつもはお客様で賑わっているお店が、やけに閑散としていた。


『僕、お店の見学してくるね!』という弾んだリーフの声と共に、肩から重みが消えた。


 リーフがゆっくりとお店を見学するには、人がいないほうが都合はいい。でも、心配になる静けさだわ。


「ヴィオラ様……! ようこそお越しくださいました」


 頭上に暗雲立ち込めてるわよ……ってツッコミたくなる表情で、ジェフリーが迎えてくれた。


「ええと、何かあったのかしら?」


 私の顔を見て涙目になるジェフリーに理由を尋ねると、ここ数日なぜか客足が遠退いてしまっているらしい。


 接客でなにか失敗してしまったのかも……と、落ち込むジェフリーを励ましていたら、カランカランとお客様の来訪を告げる鈴の音が鳴った。


 頭から深くフードを被った訳ありそうな男性が、店内をキョロキョロしたあと、こちらのカウンターへ一目散に速足で歩いてくる。


「あの、責任者の方と話がしたいのですが……!」


 聞き覚えのある高い声でそう告げてくる男性に、「もしかして、エド?」と思わず声をかけた。


 顔を上げた男性は、「はっ! ヴィオラ様ですか⁉」と驚いた声をあげる。


 エドヴァルドは私が子どもの頃に、ヒルシュタイン公爵家で執事として働いていた。お父様の妹であるミーナ叔母様がテイラー伯爵家へ嫁いだ際に、付き添って行った使用人の一人だ。


「久しぶりね、ミーナ叔母様はお元気?」


「ああ、こんなに立派になられて! お会いできてよかったです! それが……」と言い淀み、暗い影を落とすエドの様子から察するに、何かあったようね。


「よかったら、奥で話を聞かせてくれるかしら?」


 エドを一般のお客様は立ち入り禁止の執務室へ案内していたら、『僕も一緒に行く。あの人、なんか臭いもの持ってる』と、リーフが心配そうに私の肩へと戻ってきた。


 臭いもの⁉ まさか、第二の麝香が⁉


 一抹の不安を抱えつつ、そわそわして落ち着かない様子のエドを席に座るよう促す。


「ほら、これでも飲んで」


 心が落ち着くカモミールティーを淹れて出すと、エドは「ありがとうございます」とお礼を述べ、全て飲み干した。


 よほど急いでここまで来たのね。


「それで、何があったかのかしら?」


 ティーカップをソーサーに戻したエドは、懐から何かを取り出した。


「ヴィオラ様。この香水は、こちらで販売されているものでしょうか?」


 包みを開けてエドがテーブルに置いたのは、見たことのない黒い瓶だった。瓶の形はよく似てるけど、そもそも商品として黒い瓶は使ってないのよね。


『ヴィオ、開けちゃだめ! 植物の死臭がする……腐ってるよ、それ』


 中身を確認しようとしたら、そう言ってリーフが待ったをかけてくれた。


 香水が腐るなんて、そうそうないことよ⁉


 精油を正しい抽出方法で採取すらしてないのね。そんなものを販売するなんて……もしかして、中身を見られたまずいから黒い瓶で隠しているのかしら?


「違うわ。そもそも黒い瓶の香水は、販売していないもの。この香水、どうしたの?」

「実は先日、王都の城下でフェリーチェの看板を出した屋台がありまして、そこで旦那様が購入されたものなのです」

「なんですって! 偽物のお店が出てるってこと……⁉」

「やはり、違法店だったのですね。王都でも話題の香水が買えると、多くの方が購入されていました」


 客足が遠退いた原因はこれね。


 誰がやってるかわからないけど、フェリーチェの名を騙って悪質な香水を売りつけているなんて、許せないわ!


「そうだったのね、教えてくれてありがとう。これ、色々調べたいことがあるから、いただいてもいいかしら?」

「はい、もとからそのつもりでお持ちしたものですので、どうぞ」

「ありがとう。エド、よかったら叔母様と伯爵に、本物のフェリーチェの香水を届けてもらえないかしら? お礼がしたいの」


 期待して購入されたものを、こんな悪質なもので、がっかりさせたままにしたくなかった。


「もちろんです。ミーナ様と旦那様も、きっと喜ばれます」


 エドに少しそこで待っているようにお願いして、私は店頭に戻った。


 叔母様と伯爵に合う香水を選び、カウンターで会計を済ませ、ジェフリーに綺麗にラッピングしてもらう。


 エドのもとへ戻った私は、フェリーチェのロゴが入ったお洒落な紙袋を差し出した。


「これが本物のフェリーチェの香水よ。ピンクの包みは叔母様、青い包みは伯爵へ渡してもらえると嬉しいわ」

「はい、ありがとうございます」


 エドがそう言って紙袋を受け取ろうとした時、「ヴィオ、大変だ!」と切羽詰まったアレクの声がしたと同時に、執務室の扉が開いた。

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