58、ヴィオラの弱点
目を開けると見慣れない天井が視界に映る。あれ、ここは……?
「ヴィオ! よかった、目を覚ましてくれて……!」
横を見ると、祈るように私の手を握っていたアレクが、なぜか泣きそうな顔をしている。
「どうしてここに……? 確か私、レイラ様やシルと一緒に……」
頭がぼーっとして働かないわね。まるで二日酔いしたかのような……はっ!
そうよ、リキュール入りのショコラを食べて眠ってしまったんだわ。
「ヴィオが倒れたって、シルが血相を変えて知らせてくれたんだ。どこか痛いところはない⁉ 不調があるなら、今すぐまた宮廷医を!」
そう言って椅子から立ち上がったアレクの手を、私は慌てて上体を起こして掴んで止めた。
「落ち着いて! 大丈夫だから!」
「でも! もし誰かが毒を仕込んでたりしてたら……!」
まずい、このままでは大変な事件になってしまう。ここは正直に言うしかないわね。
「毒じゃないわ。リキュールの入ったショコラで……眠くなっただけなの」
私の言葉に、アレクは「あんなに少量のアルコールで……⁉」と目を丸くしている。
「そういう、体質なの。だから大丈夫よ。お医者様を呼ぶ必要なんてないわ」
「確かにヴィオ、外でお酒は飲んでなかったね。団長の言いつけを守ってるだけだと思ってたよ。でもそれならどうして、教えてくれなかったの?」
知っていればきちんと伝えて、配慮した食事や飲み物を用意してもらったのに……と、アレクは悔しそうに呟いた。
「……お父様の名誉を守るためよ。私のせいでお酒が弱点だなんて露見したら、困るじゃない。この体質は、遺伝だから」
「でも団長は、パーティとかでも普通に飲んでたよ?」
「お父様は普段、飲む前に火魔法で対処されているのよ。でも不意打ちで騙す方がいないとも限らないでしょ? お願い、アレク。このことは秘密にしてほしいの」
私のお願いに、アレクは「もちろんだよ」と頷いてくれた。
ほっと胸を撫で下ろしながらお礼を言って、ベッドを降りようとしたらなぜか阻止されてしまった。
「待って、ヴィオ。どこに行こうとしてるの……⁉」
「レイラ様とシルにお詫びをしないと。きっと驚かせてしまったでしょうし……」
「わかった。それなら二人を呼んできてもらうから、ヴィオはまだ休んでて!」
アレクは水差しからグラスに水を注いで私に握らせると、外で控えている衛兵に言付けを頼みに行ってしまった。
グラスを傾けると、冷たい水が乾いた身体にしみわたる。
私は一体どれくらい眠っていたのかしら?
グラスの中で揺れる水面を眺めていたら、アレクが何やらぶつぶつと呟きながら戻ってきた。
「どうしたの?」
「いや、僕も団長みたいに、アルコールを飛ばせるようになりたいなと思って。雷で蒸発させれないかな?」
そう言ってアレクは、指先に魔力を集めて雷の輪を発生させた。
「熱を加えられる雷魔法なら、練習すればできるかもしれないわね。ただ高度な魔法コントロール力がいるから、会得は大変よ?」
比較的火力の調節がしやすい火魔法なら温度の調整もしやすいだろうけど、それを雷魔法でってなると、また別の技術を要求されそうだし。
「ヴィオの秘密を守るためだ、頑張るよ!」
そんな話をしていたら、トントンとノックが鳴った。
どうやらシルとレイラ様が来てくださったようで、アレクが扉を開けて二人を迎え入れる。
私を視界に捉えるなり、「ヴィオお姉様ー!」とシルが目に涙を浮かべながらこちらへ駆け寄ってきた。
「お身体、お身体は大丈夫ですか……⁉ ずっと心配で、本当にごめんなさい!」
そう言って頭を下げるシルに、「お、落ち着いてください、シル。私は大丈夫ですから!」と顔を上げるように促した。
シルの青い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのを見て、私はそっとハンカチを差し出した。
「ほら、涙は嬉しい時のためにとっておきましょう?」
「……っ、ヴィオお姉様ー! うっ、あの頃のまま……っ!」
ハンカチを受け取ってくれたのはいいけど、なぜか私の言葉でシルの涙はひどくなってしまった。
「ヴィオ、君って人はまた無自覚に……今のシルに、その思い出の言葉は反則だよ」
アレクはそう言って苦笑いしながら、「シル、落ち着くまでこっちにおいで」となかなか泣き止まないシルを別室へと連れていってしまった。
「ごめんなさい、ヴィオラさん。私がショコラを勧めてしまったばかりに……もしかして、苦手だったのかしら?」
思い詰めたように握りしめた拳を震わせ、悲しそうに瞳を揺らすレイラ様に、「ち、違うんです!」と私は慌てて否定の意を述べた。
「ショコラはとても美味しかったです。その、お酒に弱くて……リキュールに酔ってしまっただけなんです。こちらこそ、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
私の言葉に、レイラ様は大きく目を見開く。数秒経ってようやく意味を理解されたのか、「はっ! そうだったのね」と安堵のため息を漏らされた。
「配慮できてなくてごめんなさい。今度は気をつけるわ。また、誘ってもいいかしら?」
そう仰ってくださるレイラ様に、「もちろんです!」と私は笑顔で頷いた。
レイラ様の淹れてくださったお茶がとても美味しかったことを付け加えると、ようやく笑顔を取り戻してくださって、ほっと胸を撫で下ろす。
「そうだったわ! 実はヴィオラさんに、麝香の件でお礼がしたいと思ってて!」
控えていた侍女にレイラ様が目配せすると、一旦外に出た侍女がカラカラとワゴンを押して戻ってきた。
「植物が好きだと聞いていたから、ライデーン王国の植物に纏わる本と特製のしおり、香りが素敵な花の種を用意してみたのだけど……気に入ってもらえるかしら?」
侍女が押してきたワゴンを見て、私の目は思わず釘付けになった。
絶版になって、入手困難な植物学者ザース博士の本が全巻揃ってる……これは夢なのかしら?
それにレイラ様おすすめの花の種なんて、育てるのがとても楽しみすぎる!
その上、繊細な装飾の施された金細工のしおりもお洒落で素敵だし、読書がとても捗るわ!
「こ、こんなに素敵なものを……いただいてもよろしいのですか……⁉」
「ええ、もちろんよ。喜んでもらえたようで、嬉しいわ」
「とても嬉しいです! ありがとうございます!」
思わぬトラブルはあったものの、楽しかったお茶会はこうして幕を閉じた。












