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56、飲む宝石

 正直にと付け加えられたということは、先程の皆さんの回答では満足されなかったと考えるのが自然だ。


 その証拠に、期待を込めたレイラ様の眼差しは、別の答えを求めているように見える。


 そしてワゴンに何かを載せたまま後ろで待機する侍女たちを見る限り、このお茶は今の状態ではまだ完成ではないのだろう。


「皆さんが仰るように、確かに爽やかな口当たりで飲みやすいのですが、正直に申し上げますと……後味の苦みがすこし気になります」

「そうなのよ! 皆さんもその味をよく覚えておいてくださいね!」


 レイラ様の反応を見る限り、どうやら私の回答は正解だったらしい。


 ほっと胸を撫で下ろしていると、レイラ様は侍女たちに「皆さんに、例のものを」と声をおかけになった。


 テーブルに置かれたのは、小さな白いピッチャーとティースプーンだった。


「これを数滴垂らして混ぜたあと、もう一度飲んで感想を聞かせてね」


 わかりましたと頷いて、ドキドキしながら白いピッチャーを傾ける。


 するとあたりに、爽やかなシトラスの香りが広がった。


 ティースプーンでかきまぜると、澄んだ青色だったお茶が瞬く間にピンク色へと変化した。


 まるでピンクダイヤモンドを溶かしたように、綺麗な色だわ。


「わぁ、なんて美しい……!」と、周囲からも感嘆の声が漏れる。


 きっと見た目だけでなく、味にも変化があったはず。

 緊張しながらティースプーンを置いて、カップに口をつける。


 さっきは感じられなかった、果実のように芳醇でみずみずしい風味が口いっぱいに広がった。


 もしかして、これが本来のシーセリアの香りなのかしら? 


 レモンの酸味が加えられたことで、清涼感が増して苦みが調和されているし、爽やかな風味に甘味とコクが合わさって、味も美味しい。


 まさに至高の一杯だわ!


「ふふ、皆さんの表情を見る限り、お口に合ったようで嬉しいわ」


 美味しさの余韻に浸って、言葉を発することさえ忘れてしまっていた。


「見た目の美しさもさることながら、味もとても美味しかったです」


 レイラ様は優しい笑みを浮かべて、「ベリーパイと一緒に飲むと、さらに美味しくなるのよ」と仰った。


 その言葉で、ティースタンドからベリーパイが消えたのは言うまでもないだろう。


 香ばしい生地とバターの香りに、煮詰めた濃厚ベリーソースの甘み。

 それがシーセリアのお茶で爽やかに溶けて、何個でも食べれちゃう美味しさだった。最高のマリアージュね!


 そうして美味しいお茶とスイーツを堪能し、お腹が幸せで満たされた頃、「そろそろ本題に入りましょう」とレイラ様が仰った。


「今話題の香水について、ぜひとも色々とお話を聞きたいわ。皆さんもそうでしょ?」

「シルフィー先輩にヴィオラ様の作られた香水のことをお聞きして、私もすごく興味があったんです!」


 隣に座っていたレイチェル様が、そう言って身体をこちらにお向けになった。


 姿勢を正してしっかり話を聞こうとされている姿勢から、なんか本気度が伝わってくるわね。


「ヴィオお姉様の香水のおかげで、キャシーは無事に社交界デビューできたといっても過言ではないものね」


 シルの言葉に、レイチェル様は「そうなんです!」と深く頷いて、胸の内を語ってくださった。


「実は私、濃い香りが苦手で、王都の社交場は悪臭ひしめく魔の巣窟だと従姉妹たちに聞いてて……デビュタントが怖かったんです。シルフィー先輩に励まされて会場へ向かうと、話に聞いていたようなひどい香りはしなくて、すれ違う方々からいい匂いがふわっと香ってきて、感動しました!」

「そうだったのですね。無事にデビュタントを終えられたようで、おめでとうございます」

「ありがとうございます! おかげさまで、本当に楽しい一日を過ごせました」


 香り改革の成果が、少しずつ出てきたようね。


 こうして直接お礼を言われるのは初めてで、少しこぞばゆい。けれど幸せな思い出作りに貢献できたのは、素直に嬉しいわね。


「私もレイラ様にお聞きして、とても興味があったんです。王都の社交界で悪臭を根こそぎ除去してくれた、英雄がいらっしゃると! ぜひお会いしたくて、それで久しぶりに王都へ来ましたのよ」


 え、英雄……⁉


 斜め前にお座りのキャシー様に羨望の眼差しを向けられ、私は戸惑いを隠せなかった。

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