55、レイラ様のお茶会
お兄様がフェリーチェを来店されてから一週間が経った。
けれど結局、落とし物を取りにお店に来られることはなかった。
四月も下旬を迎え、議会もそろそろ閉会を迎える時期だ。
そわそわした気持ちを抱えたまま、私は王城へ来ていた。
侍女のミリアに春らしい装いにしましょうと、普段は着ない淡い藤色のドレスを着せられてしまって妙に落ち着かない。
私、パステルカラーって似合わないのに……。
「ヴィオお姉様、ようこそお越しくださいました!」
馬車を降りると、春らしく白と薄紅色を基調としたドレスに身を包んだシルが満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
本当に、シルはいつ見ても可愛らしいわね。
「桜の精霊様がお迎えしてくださったのかと思いましたわ。シル、そのドレスとてもお似合いです」
「ふふ、ありがとうございます! ヴィオお姉様も、藤色のドレスが映えてとても美しいですわ! アレクお兄様がご覧になったら、手放しで喜びそうです!」
どうしてアレクが? という疑問が頭に浮かぶも、『僕の色』って言いながらアメジストの婚約指輪を指に嵌められたことを思い出して、顔が引きつる。
大丈夫、今日はアレクに会う予定はない。お茶会が終わればさっさと帰宅あるのみよ。
「さぁ、会場へご案内しますわ!」
「シル、なんだかご機嫌ですね」
「はい! 今日のお茶会は、地方の有力貴族の令嬢たちをご招待しているんです。ヴィオお姉様の素晴らしい香水を、もっともーっと布教しましょう!」
「……布教?」
「ああ、いえ! 広めましょう!」
たまにシルは、不思議な言葉を使うわね。
手紙にもよく『推し活』とか書いてある。アレクにどういう意味か尋ねると、『あー……お、応援? してるって意味だよ』と苦笑いしながら言ってたわね。
それからシルに案内されてお茶会の会場へと向かった。
美しく春の花が咲き誇る庭園には、白を基調とした六人掛けの長テーブルが設置されており、招待された令嬢たちはすでに着席していた。
「レイラお姉様、本日の主役ヴィオラお姉様をお連れしましたわ!」
シルのその一声で、みんなの視線がこちらに集まる。
「案内ありがとう、シル。来てくれて嬉しいわ、ヒルシュタイン公爵令嬢」
席を立ったレイラ様が、わざわざこちらまで足を運んで迎えてくださった。
淡い青色のドレスの裾が、ヒラヒラと優雅に揺れる。
神々しい金細工の髪飾りが、レイラ様の美しい水色の髪によく映えるわね。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。王太子妃殿下」
スカートの端を持ち上げ挨拶をすると、レイラ様に顔を上げるよう促される。
「あなたのおかげでとても助かったのよ。本当に感謝しているわ。お名前でお呼びしてもいいかしら? よかったら私のことも、レイラと呼んでくれると嬉しいわ」
「お役に立てて光栄です。もちろんです、呼びやすいようにお呼びください。レイラ様」
「ありがとう、ヴィオラさん」
優しい笑みを浮かべるレイラ様の顔色は良く、以前のように体調の悪そうな面影はない。
元気になられて本当によかったわ。
「さぁ、こちらの席にお座りになって。お茶会を始めましょう」
テーブルの中央にある、ゲストの中では一番の貴賓席。主催者であるレイラ様の前の席を案内され、少し緊張するわね。
席へ移動すると、隣の席に濃紺色の髪を綺麗に結い上げた令嬢の姿があった。
私より緊張した様子で、ぴんと背筋を伸ばしたまま小刻みに肩を震わせている。
そんなよく見知った令嬢に親近感がわいて、緊張が和らぐのを感じた。
「あら、イザベラ様もご招待されていたのね。おかげんはいかがかしら?」
フェリーチェ開店の日に、彼女の侍女が香水を買いに来てくれていたことを思い出して声をかけると、「お、おかげさまで、よくなりましてよ」と裏返った声が返ってきた。
そうだった、イザベラは自分より高い身分の方の前では、借りてきた猫のようになるんだったわね。
私が声をかけたことで、レイラ様とシルの視線が自然とイザベラに集まり、さらなる緊張を与えてしまったようで、少し申し訳なくなった。
「二人はお知り合いだったのね」
「はい、イザベラ様とは王立アカデミーの同期ですので」
それから簡単に自己紹介をすませ、お茶会が始まった。
招待された令嬢は、私とイザベラを含めて四人。
今年デビュタントを迎えた東方を任されているサイル辺境伯家のレイチェル様、南方に広い領地を持つタニア侯爵家のキャシー様。
どうやらレイチェル様はシルのアカデミーの後輩、キャシー様はレイラ様のアカデミー時代のご学友だったようね。
「ライデーン王国から、叔父が初摘みの茶葉を贈ってくれたの。ぜひ楽しんでもらえると嬉しいわ」
テーブルには、豪華なスイーツが載ったお洒落なティースタンドが置かれ、取り皿やカトラリーを宮廷侍女たちがテキパキと並べてくれた。
「レイラ様、準備が整いました」
宮廷侍女に声をかけられたレイラ様は席を立つと、ティーセットを載せたワゴンの前に移動された。
どうやら自らお茶を淹れてくださるらしく、慣れた手つきで茶葉を銀製のティーポットへ計り入れ、お湯を注がれた。
そして砂時計で蒸らし時間を計ったあと、スプーンで中を軽く上下に混ぜ、ガラスのティーポットへ濾しながら移しかえられた。
レイラ様の流れるような一連の所作を見る限り、かなりお茶に精通されているのがわかる。
透き通るように青い液体が優雅にティーカップへと注がれ、宮廷侍女たちがテーブルへと運んでくれた。
「ありがとうございます。青いお茶とは、珍しいですね」
サファイアのように美しく輝くお茶は、まるで飲む宝石のようだ。
ほかほかと立ち上る湯気がなければ、そう錯覚してもおかしくないほど美しい。どんな味がするか、楽しみね。
「ライデーン王国の北部で採れる、シーセリアの花びらと若葉をブレンドした茶葉で淹れたものよ」
「シーセリアといえば、ライデーン王国でも貴重な樹木ではありませんか?」
「そうなのよ、よくご存じね! 土の上級精霊ベヒモス様と繋がりの深い、神聖農園でしか育たない樹木なの」
「し、神聖農園……⁉」
やはりみんな、驚きを隠せないようね。神聖農園は、ライデーン王家が管理している特別な農園だ。
一般には流通していない貴重な作物や植物が育てられており、そこで採れたものは神への捧げ物や国賓をもてなす時に振る舞われると、本で読んだことがある。
レクナード王国でいうシエルローゼンにある空中庭園のように、王族が管理する各国にある珍しい植物の群生地は、精霊との結び付きが強い神聖な場所なのだ。
「……そんなに貴重なお茶を、いただいてもよろしいのですか?」
普通に生活していたら一生お目にかかることはない代物を前に、思わず声が震える。
「ええ、ぜひ皆さんに味わってほしくて。まずはそのまま一口飲んでみてほしいわ」
レイラ様にそう促され、「いただきます」とシーセリアの樹木に感謝をしながら、ティーカップをゆっくりと傾けた。
口に含むと、ほんのりと香る素朴な新緑の香りが鼻を抜ける。さっぱりとした口当たりで飲みやすいけど、後味が少し苦い。
時間を計って茶葉もきちんと濾されているし、苦味が残るような要素はない。
それにそもそも、レイラ様がお茶の淹れ方を失敗するとは思えなかった。
見た目の美しさで期待値を上げすぎてしまったのかしら?
それとも、この味には何か別の意図が……?
「味はどうかしら?」
「さ、爽やかで美味しいです!」
「そ、そうですわね! さっぱりとした飲み口で、美味しいですわ!」
私の隣に座るレイチェル様とイザベラが、緊張した面持ちで当たり障りない感想を述べる。
「ヴィオラさんはどうかしら? 正直に仰ってみて」
そう言ってレイラ様は、にっこりと笑みを浮かべておられ、その隣でシルが同意するように、うんうんと頷いている。
逆隣ではキャシー様が涼しい顔で、優雅にティーカップをソーサーに戻された。
これは、何かを試されているのかしら?












