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53、夏に向けて商品開発

 お兄様へのプレゼントを作って一週間が経つ。


 けれどお兄様がお店へお越しになることはなかった。もちろん、王都の本邸にも帰っては来られない。


 お父様にお兄様がお泊りになっているホテルを聞いてみたけれど、どうやら口止めされているようで、結果的に教えていただけなかった。


『レイモンドを信じて、どうか今は待ってあげてほしい』とお父様にお願いされ、こちらから無理に会いに行くことはやんわりと止められてしまったのよね。


 板挟みになっているお父様の心労を思えば、それ以上無理を言うこともできなくて、フェリーチェでお兄様が来店してくださるのを待つしかなかった。


 議会は数回にわけて四月の間に行われる。

 全て終わればお兄様はまた領地へ帰ってしまわれるだろう。


 まだ時間はあるとはいえ、ただ待っていることしかできないのが、正直歯がゆかった。


 そんなことを考えていたら、精油瓶を持ったまま作業する手が止まっていたようで、「ヴィオラ様? あの……何かお悩みですか?」と、エルマが心配そうに私を見上げていた。


「ああ、ごめんなさい。なんでもないのよ」


 今日はエルマと一緒に、夏の新作香水の試作品を作ろうとしていたことを思い出す。


 フェリーチェの二階にある実験室で、調合の組み合わせを考えようとしていたのだ。


「夏は暑いから、やっぱり爽やかで涼しげな香りがいいですよね!」

「そうね、爽やかなシトラス系か透明感のあるフローラル系、もしくは涼しげなグリーン系とかかしら?」


 候補となる精油瓶を棚から集めて、作業台に置いていく。

 在庫の管理もきちんとできているし、実験室も綺麗に保たれてて、エルマの几帳面さがよくわかるわね。


「ヴィオラ様とアレクシス様が去年お付けになっていたペアフレグランスも、爽やかでとってもいい香りだと思ったんです! あれは商品化する予定はないんですか?」


 あのペアフレグランスは、アレクへのご褒美で作ったもの。


 『僕たちだけの特別な香り』って喜んでいたし、勝手に商品化すると確実に面倒なことになる。


 遠回しに『なんで? どうして?』と、目が笑ってない笑顔のアレクにネチネチと言葉責めされる未来しか想像できなくて、ぶるりと寒気がした。


「褒めてもらって嬉しいけど、ごめんなさいね。あれは商品化するつもりはないわ。アレクの許可も、取れないだろうし……」

「ああ、確かに! アレクシス様が断固拒否しそうですね。ヴィオラ様からもらったものは、空になった香水瓶までとても大事にされていたので」

「……え? 使い終わった香水瓶、捨ててないの⁉」

「はい! アレクシス様がアムール地方の領主をされていた時に、『これは大切な人にもらった僕の心の支えなんだ』と綺麗に磨いて、大事に収納魔道具にしまわれていましたよ。定期的にお掃除をされていたので、よく覚えています!」


 エルマの言葉を想像したら、恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じた。


「そ、そうだったのね。でも夏の新作で、ペアフレグランス自体は作ろうと思ってるわ」


 動揺を悟られないよう、私は平静を装いながら話題を逸らした。


 するとエルマは、「わぁ、それはとても楽しみです!」と目を輝かせて相槌を打ってくれた。よし、作戦成功! 


 今は珍しさと話題性でお店も賑わっているけれど、それもいつまで続くかわからない。


 社交界の香り改革をする上でも、原液の濃い香りの精油を付けまくる文化を撲滅して、適正量をきちんと守って付ける香水文化をしっかり根付かせたい。


 レクナード王国が悪臭王国なんて呼ばれないためにも、大事よね。


 それからエルマと一緒に新作香水の試作品作りをして数時間が経った頃、激しいノックと共に、ジェフリーが一階から血相を変えてやってきた。


「ヴィオラ様、大変です!」


 肩を大きく上下させるジェフリーを落ち着かせて、「何があったの?」と事情を聞いた。


「僕の接客がいたらなくて、先生が対応を代わってくださったのですが……貴族のお客様の怒りが収まらなくて……本当に、申し訳ありません……っ!」


 販売されている香水に使っている精油の知識を、ジェフリーは完璧に頭に叩き込んでいる。


 この一ヶ月、一緒に店頭に立って様子を見ていたからわかるわ。


 孤児院に居た時より洗練されたジェフリーの接客に、非があるとは正直思えなかった。


 深く頭を下げるジェフリーの肩に手をおいて、顔を上げるよう促して優しく声をかける。


「大丈夫よ、ジェフリー。私が行くわ」

「申し訳ありません、ヴィオラ様……っ!」


 高慢な貴族に対して、平民の従業員では分が悪い。

 その身分を盾にして、横行な態度を取る貴族も残念ながら存在する。


 そんなお客様にはアレクが居てくれたら一番よかったのだけど、今日はシエルローゼンの領主の仕事があっていない。私がしっかりしないと!


「エルマ、ジェフリーと一緒に休憩を取っててくれるかしら?」


 落ち込んでいるジェフリーをエルマに預けて、私は急いで一階へ向かった。


 階下に近づくにつれ、聞き覚えのある男性の声がして身体が竦む。


 視界の先にお父様と同じ赤い髪の人物を捉えて、心臓がバクバクと大きな音を立てる。


「大層人気との噂で寄ってみれば、たったこれだけしか商品はないのか? これで専門店などと、誇張も甚だしいな」


 リアムさんにクレームをつける客の正体。

 それは、レイモンドお兄様だった。


「申し訳ありません。お客様の要望を聞きながら、商品についてはこれからラインナップを増やしていく予定でございます」

「つまり、不完全な状態で開店させたと? こんなに客をバカにした店は初めてだ」


 丁寧に謝罪するリアムさんに、お兄様は鼻で笑いながらそう仰った。

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