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52、特別なプレゼント

 フェリーチェが開店して一ヶ月が経った。

 四月を迎え、王都ではデビュタントの舞踏会が開かれ、地方からも貴族が集まり賑わっている。


 ありがたいことにお店は繁盛して、香水の売れ行きも順調。個数制限を設けて販売していることで、香水の貴重性が上がり、興味を持って買いに来てくれる客も絶えない。


 デビュタントの舞踏会では、フェリーチェの香水が地方から集まった若い令嬢たちの間でも評判になっているらしく、地方に帰る前に絶対に買って帰ると息巻いていたと、シルが手紙で教えてくれた。


 嬉しい誤算としては、ブルースターの香水に麝香を使っていることが口コミで広がり、興味を持って買いに来てくれる男性客も多いことだった。


 その中でも一番熱心にブルースターの香水を広めてくれているのが、お父様だった。


 懐かしいお母様の香りを彷彿とさせる香水を、お父様はとても気に入ってくださっている。

 どこへ行くにも愛用してくださっていて、その姿はまさに歩く広告塔!


 そんな歩く広告塔のようなお父様は今日、王城で開かれる議会と晩餐会にお兄様と出席されている。


 夜遅く、一緒に屋敷にお帰りになられるかもしれないと、そわそわしながら二人の帰りを待っていた。


 窓から帰りの馬車を見つけた私は、リーフを起こさないようにゆっくりとドアを閉めて、エントランスへと急いだ。


「お帰りなさいませ、お父様……!」


 息を切らせた私の姿を見て、お父様は目を丸くしている。


「ただいま、ヴィオラ。こんな時間まで起きていたのかい?」

「はい! お兄様もお帰りになるかなと、思いまして……」


 期待込めてお父様の後方に視線を送ると、荷物を運んできた侍従の姿しかない。


「レイモンドは、今日もホテルに泊まるそうだ。本邸に顔を出すよう声はかけたんだが、断られてしまったよ」


 申し訳なさそうに、お父様は眉根を寄せて答えてくれた。


「そうだったのですね。あの、お兄様はお元気でしたか?」

「ああ、元気だったよ。議会でも積極的に魔族の被害問題の解決策を提案していたし、公爵領の代理領主も立派にこなしてくれているようだ。あとは素敵な伴侶が見つかればいいんだがな……」


 そう言ってため息をつくお父様を見て、思わず苦笑いがもれる。


 お父様がお兄様を王都へ呼んだのも、伴侶探しをするためってのが大きそうね。


 春は地方から貴族が集まるし、なんとか出会いの場を設置しようと、お父様は必死そうだわ。


「お、お元気そうで、なによりです」


 肩を落としていたお父様が、「そういえば」と言って、突然満面の笑みを浮かべた。


「レイモンドがいい香りだと褒めてくれたんだ。ヴィオラが作ったと言ったら驚いていてね。晩餐会もフェリーチェの話題で持ちきりだったし、レイモンドにもよかったら顔を出すよう声をかけておいたよ」


 お兄様が、ブルースターの香水を褒めてくださった……⁉


 嬉しさと同時に不安が押し寄せる。

 震える手をお父様に悟られないよう、スカートの端をぎゅっと握りしめ、私は言葉を絞り出した。


「そ、そうだったのですね! ありがとうございます」


 目の前でニコニコされているお父様を見る限り、絶対に褒めている。お母様の香りがする香水をお父様が咎めるわけないし、絶対に褒めちぎっているに違いない。


 お兄様のもとにブルースターの香水が届けばいいとは思っていたけど、それがお父様の口から直接……しかも褒め言葉付きだと、またお兄様の逆鱗に触れそうね。


「さぁ、遅いからそろそろ休みなさい。おやすみ、ヴィオラ」

「はい。おやすみなさい、お父様」


 音を立てないよう部屋に戻ると、「ヴィオ、どこに行ってたの?」とリーフが寝ぼけ眼で尋ねてくる。


「ごめんなさい、起こしちゃったのね。実は……」


 先ほどのいきさつを話すと、リーフはしぱしぱさせていた翡翠色の目を、突然大きく見開いた。


「決まったね、お兄様へのプレゼント! 特別なブルースターの香水、作ろうよ!」

「特別なブルースターの香水……?」

「うん! お店で販売してるのは、みんなに好まれるやつでしょ? それを少し改良して、お兄様専用の香水にするのはどうかな?」


 確かにフェリーチェで販売しているのは、男女共に使いやすい配合にしている。


 使用するのがお兄様なら、トップノートの甘さを少し抑えて、もう少し男性向けにしたほうが使いやすいかもしれない。


「喜んで、いただけるかしら……?」

「褒めてくれたんでしょ? 絶対気に入ってもらえるよ! 僕、仲直りできるようにいーっぱい祝福かける!」と、小さな前足を大きく広げて、リーフは私を励ましてくれた。


「ありがとう、リーフ。手伝ってくれる?」

「うん、もちろんだよ!」


 その翌日、私はリーフと一緒に特別なブルースターの香水作りに取りかかった。


 ブルースターの香りを引き立てつつ、お兄様がもっと使いやすくなるよう、香りの組み合わせを試行錯誤すること数日――トップノートにヴァレルの実から抽出した精油を少量加え、市販のものとは少しだけ香りの印象を変えた、特別なブルースターの香水が完成した。


 フレッシュでスパイシーな香りのするヴァレルの実は、甘さを抑えて爽やかな印象を足してくれる。


 男女兼用に作ったブルースターの香水のトップノートを、少しだけ男性向けにした調合だ。


 これは売り物ではなくて、お兄様へのプレゼント。

 仲直りできるようにとリーフが祝福をかけてくれた、世界に一つしかない特別な香水だ。


 入れ物にもこだわり綺麗にラッピングして、いつでもお渡しできるように、腕輪型の収納魔道具の中に入れる。


 準備は整った。

 お兄様に、受け取ってもらえるといいわね。

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