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51、家族の絆

 時計を見るとすでに十二時を迎えていた。

 お昼時なのもあって、ようやく店内も落ち着いてきたわね。


 さて、次のお客様は――肩で切り揃えられた亜麻色の髪に、つばの広い帽子を被った小柄のお嬢様ね。


「お待たせいたしました。どのような香水をお探しですか?」

「ヴィオお姉様、開店おめでとうございます!」


 私をそう呼ぶのは、思い当たる限り一人だけ。

 けれど目の前のお客様に、よく見知った面影はない。


 聞き覚えのある声だけを頼りに、半信半疑で私はその方の名前を呼んだ。


「もしかして……シル、ですか?」


 違っていたらどうしようと内心ドキドキしていると、お客様はにっこりと笑顔で答えてくれた。


「はい、お忍びで来ちゃいました! 初日は忙しいから来るなって、アレクお兄様に止められてたのですが、どうしてもお祝いしたくて……! 城下で話題のお菓子を買ってきたんです、よかったらみなさんで召し上がってください」


 そう言ってシルは、差し入れの紙袋を手渡してくれた。


 すれ違っても全くわからないくらい、見事な変装ね。声をかけられなかったら、絶対気付かないわ。


「ありがとうございます、シル。ふふ、変装が板についてますね」

「一般客に紛れて、今では買い物も朝飯前ですわ!」


 わざわざ変装してまでお祝いに来てくれるなんて、嬉しいわね。


「あ! それとこちらも……お茶会に招待したいと、レイラお姉様から預かってきたんです。来月、お店が落ち着いた頃に、お兄様抜きで女子会やりましょう!」

「まぁ、それは楽しそうですね! 届けてくれてありがとうございます」


 お洒落な招待状を受け取っていると、シルが私の後方を見て大きく目を見開いた。


 振り返ると、「シル……どうして君がここにいるのかな? ちょっと裏においで」とにこやかな笑顔を浮かべるアレクの姿がある。


 さすがはお忍びの先生ね。

 シルの完璧な変装を一発で見抜くなんて……アレクの観察眼に驚いていると、がっしりと腕にしがみつかれてしまった。


「ヴィオお姉様もご一緒に! そろそろ休憩をとられたほうがよろしいですわ!」


 一人では絶対にいくまいと、シルは私の腕を必死に掴んで離さない。


 その様子を見て軽くため息をついたアレクは、「客足も落ち着いてきたし、ヴィオも休憩にしよう」と提案してくる。


 ここで騒ぎになるわけにはいかないし、仕方ないわね。

 そうして事務所の休憩室に戻ってきたのはいいんだけど、目の前では兄妹喧嘩が勃発してしまっていた。


「シル、僕は今日絶対に来てはいけないって言ったよね?」

「ですから変装して参ったのですわ、シルフィーとしては来ておりません」

「それは、屁理屈っていうんだよ」


 アレクが言うとあまり説得力がないのはなぜかしら?

 やっぱり日頃の行いよね。


「だってヴィオお姉様のお店に早く行きたかったのです! そして世界初の男女兼用香水を試してみたかったのですわ!」

「だからってろくに護衛も付けずにシエルローゼンまで来るなんて、危ないだろう?」

「護衛なら外に待機させています。今日という日のために、みんなに協力してもらって緻密に計画を立てて来たのですわ!」

「……え? 公然で来たの? そんなの聞いてない」

「だって言ってませんもの。アレクお兄様の手は、微塵も煩わせませんわ。私は勝手に来て、勝手に楽しんで帰ります」


 どうやらこの喧嘩、シルの勝ちみたいね。

 アレクは呆気にとられて言葉を失っている。


「それでは、お二人はゆっくり休憩しててくださいね。私はお店を見学してから、目的のものを買って帰りますわ」


 顔を引き攣らせながら、アレクは「あ、ああ。気を付けて」と言葉を絞り出した。


「シル、楽しんでいってくださいね」

「はい! それではお先に失礼します」


 まぶしい笑顔を残して、シルは店内へと戻って行った。


「……なんか最近、シルが僕に似てきてない?」

「……奇遇ね、いま同じことを思ってたわ」


 アレクの長所は抜け道を探すのがうまいことだって、シルはしっかり理解してるのね……とは、言わないでおいた。


 むしろ何も反論させないように用意周到なところは、アレク以上にしっかりしてる気がするわ。


 ふふっ、まるでウィルフレッド様とアレクを足して二で割ったようね。


「ヴィオ、どうして笑ってるの?」

「妹たちの成長はすごいなって、改めて思っただけよ」

「確かにそうだね。マリエッタ嬢にあんなにすごい絵の才能があったなんて、驚いたよ」

「シルだってすごいわ。ウィルフレッド様とアレクの長所を上手く見習って、とてもしっかりしてるもの」

「昔はお互い妹たちに悩まされてたけど、今は助けられてるよね」


 誕生日が近づくと、こだわりの強いシルが納得するプレゼントを用意するのが毎年大変だって、昔はアレクがよくぼやいてたわね。


「そうね。シルにはお店の宣伝に協力してもらってるし、マリエッタには素敵なロゴを作ってもらった。本当に感謝してるわ。もちろん、アレクにもね。ありがとう」

「え……急に、どうしたの……⁉」

「リアムさんに、昔のことを少し聞いたのよ。貴方がフェリーチェにかける想いを、ね」

「……ミネルヴァ夫人のことで、ヴィオは家族に気を遣って、自分の幸せよりも家族の幸せを優先していたよね。だから僕は、ヴィオが君らしく、笑顔でいられる場所を作りたかったんだ。君の作ってくれた香水はとても素晴らしかったし、もっとみんなに認められて、幸せになってほしかったから」


 優しく目を細めてそう言うアレクを見て、チクリと胸が痛んだ。


 私が甘えてしまったばかりに、アレクの歩むべき道を歪ませてしまったんじゃないかって、不安が押し寄せる。


「昔、誰にも言えなかった兄妹の愚痴を、貴方が聞いてくれたから、私はとても助けられてたわ。でもそのせいで、ごめんなさい。そんなに気を遣わせてしまってたのね」

「違うよ、僕がやりたいからやったことさ! たとえヴィオが他の誰かと結婚しても、お店に行けば堂々と君の笑顔が見られるなら……って、少しでも繋がっていたくて……むしろ動機は完全に僕の下心だから、気にしないで!」


 清々しいくらいにそう言い切られて、思わず吹き出してしまった。


「……っ、あはは! 普通そういうのは、心に秘めておくものではなくて?」

「僕が恥をかくだけで君の心が軽くなるなら、本望さ」


 頬をポリポリとかきながら、アレクが恥ずかしそうに言った。


 本当に昔から、変わらないわね。

 その優しさに、どれだけ救われたかわからないわ。


「アレク、私ね……また家族みんなで食卓を囲めるようになりたい。お父様とお兄様とマリエッタと。そして今度は、アレクとリシャールも一緒に。お母様に紹介したいわ、新しい家族として。もしその夢が叶えられる機会があれば……同席してくれる?」


 私の言葉に「もちろんだよ!」と、アレクは笑顔で頷いてくれた。


 まだまだ問題は山積みだけど、心の奥はじんわりと温かいもので満たされていた。

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