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50、開店

「見て、ヴィオ! 開店前から行列ができてるよ!」

「本当ね、まさかこんなにお客様が来てくれるなんて、思わなかったわ」


 目立たないよう裏口の方に着地して、私たちは建物の中へ入った。


 開店五分前だけど、なんとか間に合ったようね、よかったわ。


 店内では、リアムさんがみんなに伝達事項の申し送りをしていた。


「アレクシス様、ヴィオラ様! そ、そそ外にすごい行列が……!」


 クールなジェフリーがいつになく緊張しているようだ。


「落ち着いてください、ジェフリー。教えたとおりに一人ずつ、確実に対応していけば大丈夫ですから」


 リアムさんに優しく諭され、「はい、先生」とジェフリーは深く頷く。


「でもあんなにお客様がいらっしゃって、在庫は足りるでしょうか……?」


 落ち着かないのか、手を組んでそわそわさせていたエルマが、不安そうに尋ねてくる。


「多くのお客様に行き渡るように、最初は個数制限を設けているの。在庫が減ったものを、エルマは焦らず落ち着いて作ってくれれば大丈夫よ」

「それならよかったです!」


 私の言葉に、エルマはほっと安堵の息を漏らした。


「大丈夫さ。みんなで協力すれば、きっと乗り越えられるって信じてるよ。何かあれば、すぐに僕たちを呼んでね。さぁ、そろそろ持ち場につこうか」


 開店三分前、アレクの掛け声でみんなはそれぞれ担当の場へ移動した。


 会計を含め販売員は店頭に四人、そして在庫の補充と追加の製造員に四人、ジェフリーとエルマを含めて計八人の従業員がいる。


 二人が慣れて客足が落ち着くまでは、ノーブル大商会からお手伝いに来てくれるらしいから、頼もしいわね。


「ヴィオ、どこに行くの?」

「どこにって、私も店頭に立つわ。何の香水が人気か、客の反応を直に見たいし」


 特にブルースターの香水が受け入れられるかどうかを、この目で確認したかった。


 だったら僕もって、結局アレクもお店に立つことに。そうして開店時間の十時を迎え、ジェフリーが入口の扉の鍵を開けて、お客様を迎え入れる。


「いらっしゃいませ、お客様。足元に気をつけて、どうぞお入りください」


 一気に店内が賑やかになって、人であふれかえる。

 香水のテスターコーナーは綺麗に男女で分かれたわね。


 真ん中にあるブルースターの香水を手に取る方はいないかしらと、様子を見守っていたら「やっと、念願の魔法のミストを手に入れることができる!」という男性の声が耳に入る。


 お父様が騎士団で余計なことを触れ回ったせいか、私の作った魔法アイテムには、ガタイのいい青年たちが集まっていた。


 喜びに打ち震える青年たちに、「これは貴重なアイテムだから、一人一個までね」とアレクが声をかけている。


「殿下、せめて二つ……! 今日任務で来れなかった仲間のためにも!」

「残念だけど、休みの日においでって伝えておいてね」


 どうやら知り合いみたいね。非番の新人騎士たちかしら?


 すがすがしい笑顔でばっさりと切り捨ててるわ。


 買い占め防止の施策だし、知り合いだからって特別扱いはできないわね。収捨がつかなくなりそうだし。


 頼まれて香水を買いに来たと思われる従者の方々は、テスターを試すことなくそのまま会計に向かっているわね。


 その時、カウンターの隣で顔を青くしながら、佇んでいる女性の姿が目についた。


「お客様、いかがなさいました?」


 私が声をかけると、女性は思い詰めたような顔で口を開いた。


「実はお嬢様に全種類買ってくるよう頼まれたのですが、まさか個数制限があるなんて……これではお嬢様に叱られて……っ、お願いします! 香水を一種類ずつ売っていただけないでしょうか?」

「申し訳ありません。なるべく多くの方に香水を楽しんでいただきたいので、お一人様二個までと個数制限を設けているのです」

「そう……ですよね……」


 店頭にはいま、九種類の香水が並んでいる。

 この方だけ特別扱いはできないけど、見ていて気の毒になるくらい震えていらっしゃるわね。


 どれだけ怖い方に仕えているのかしら……。


「申し遅れました。私、ヴィオラ・ヒルシュタインと申します。個数制限の解除はできませんが……よろしければ私に、お嬢様にお似合いの香水を選ばせていただけませんか?」

「ヴィオラ……様⁉ え、フレグランスの女神様直々に……⁉ よ、よろしいのですか⁉」


 フレグランスの女神様と言われ、思わず頬が引きつりそうになった。けれど今は、その肩書の効果を使わせてもらおう。


「もちろんです。あとでメッセージカードもおつけしますわ」


 これで少しは信憑性も得られるだろう。女性が帰ってお咎めを受けないといいわね。


「あ、ありがとうございます!」

「好みを知りたいので、お嬢様のことをお伺いしてもよろしいですか?」

「はい、イザベラお嬢様は……」


 イザベラー!

 この方、イザベラの侍女だったのね……。


「ブリトニア公爵家からお越しだったのですね。イザベラ様のことは、よく存じあげてますわ。もしかして男性用は、ロズワルト様への贈答品だったりしますか?」

「そうなんです! 本当はご自身で選ぼうとされていたのですが、体調を崩してしまわれたお嬢様の代わりに参ったのです」

「それでしたら、イザベラ様とロズワルト様、それぞれに似合う香水をお選びしますね」

「はい、ありがとうございます!」


 無難に選ぶなら、イザベラはフリージアの香りを好んでいたから清楚なフローラル系よね。


 ロズワルト様に関しては……思い出せ、イザベラの自慢話を!


 どうでもいいことをペラペラと教えてくれたじゃない。記憶を辿りながら目についたのは、爽やかな香調のグリーン系かアクア系の香水だった。


 ただ正直、舞踏会のお土産であげたペアフレグランスほどのインパクトはない。


 特別なものが大好きなイザベラにとって、無難なものほど面白くないでしょうね。


 だったらこれ一択ね!

 イザベラの性格や好みと一致した、最適な香水を私は勧めた。


「こちらはブルースターの香りを主軸にした、男女兼用で使える特別な香水です。想い人であるロズワルト様とお揃いの香りを纏えるので、きっとイザベラ様にも気に入っていただけると思いますわ」


 テスターを渡して実際に香りを確認してもらうと、女性は大きく目を見張った。


「これは……清潔感のある、とても素敵な香りですね。男女どちらが使用しても、違和感がありません。ぜひこちらでお願いします!」

「ええ、かしこまりました。ありがとうございます」


 女性をカウンターに案内して、会計をしてもらっている間に私はメッセージカードをしたためる。


 イザベラが「どうして全部買えないのよ!」って発狂しないように、これは特別な香水でイザベラたちによく似合うものだって、強調しておいた。さらに見舞いの言葉を添えれば完璧ね。


 一人目のお客様の接客を終えたあと、なぜかその後ろには列ができていた。


「ヴィオラ様が、直々に香水を選んでくださるらしいわ!」


 舞踏会で香水に興味を持ってくれていた若い令嬢たちが、キラキラとした眼差しでこちらを見ている。


 ちょっと待って、自分で使うものは自分で決めたほうがいいのではなくて?


 でも折角だし、正しい香水の付け方をこの機会に広めるのも悪くないわね。


 付けすぎはダメ、適正量は絶対に守るようにと!


 そうしてお客様たちと話しているうちに、舞踏会で私とアレクが付けていた、ペアフレグランスがほしいっていう要望を結構もらった。


 香りのテイスト別に商品化してもいいかもしれないわね。


 そんなカップルにはもれなく、男女兼用で使えるブルースターの香水をお勧めしておいた。


 合わさって一つの香りになるのも素敵だけど、一つの香りを二人で一緒に付けるのもいいですよと。


 同じ香水でも、肌への馴染み方やその人自身が持つ体臭と合わさることで、香り方に違いがでる。


 その違いを堪能するのも楽しいですよって伝えると、カップルたちは男女兼用で使いやすいブルースターの香水をよく買っていってくれた。


 この香水がお兄様のもとへ届くようにと願いを込めて、それからも私はお客様の相談に乗りつつ、興味を持ってくださる方にはブルースターの香水の紹介をし続けた。


 最初はやはり男女兼用の香水に難色を示す方もいたけれど、実際に香りを確認してこれならと買ってくださった方も意外と多くて嬉しかった。

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