49、開店初日にトラブル発生!?
フェリーチェ開店当日。
時間に余裕を持って家を出てきたはずなのに、シエルローゼン地区に入ってから、道が混んでて馬車が全然進まない。
「どうしよう、アレク。これじゃあ、開店に間に合わないわ」
「任せてヴィオ。こういう時こそ、ラオの出番さ!」
そう言ってアレクは、得意げに右手の指輪を見せてくる。
「でも、精霊獣の私的利用は禁止されてるじゃない……」
「こんなに道が渋滞してるんだ、これは由々しき事態だよ。困っている民のために、原因を突き止めて解決する。そのついでに、ヴィオをお店まで送れば問題ないさ」
「相変わらず、抜け道を考えるが上手ね。でも嫌いじゃないわ、そういうの」
御者に言付けて、私たちは一向に動かない馬車から下り、目立たない路地に入る。
「いでよ、ラオ」
右手を前にかざして、アレクがラオを召喚した。
「フェリーチェまで行きたいんだ。お願いできるかい?」
「キュ!」
元気に返事をしたラオは、乗りやすいように伏せのポーズを取ってくれた。
そこではっと思い出す。
今日は外出用のドレスを着ていたことを……さすがにこれじゃあ、またがれないわ。
伏せのポーズをしても、ラオの背中は私の胸の位置にある。
「僕が乗せてあげるよ」
困っていると、アレクが風魔法で私の身体を浮かせ、ラオの背にそっと乗せてくれた。
「ありがとう、助かったわ」
「これくらいどうってことないよ。それじゃあ、行こうか。ヴィオ、落ちると危ないから僕にしっかり掴まっててね」
鐙を使って難なく後ろに乗ってきたアレクにそう言われ、「ええ、わかったわ」と返事をしたものの、横乗りは初めてでどこに掴まるべきか悩む。
手綱を握るアレクの腕に掴まろうかと思ったけど、操縦しづらいかもしれない。
考えた末、アレクの上着の隅をシワにならないよう軽く掴んだ。
しかし横乗りとは安定しないもので、浮遊感に驚いた私は、近くにあるものにしがみついた。
「ははっ、役得だな。このまま時間が止まってくれたらいいのに」
頭上からそんな軽口が降ってきて、咄嗟にしがみついたものがアレクの身体であることに気付く。
私の背中には、緊張を解くように優しくアレクの手が回されており、意識したら色々恥ずかしくなってきた。
とはいえ横乗りでバランスを取るのが難しく、この安定を失うのも怖い。
結局そのまま動くことができなくて俯いていると、視線の先に渋滞の原因を見つけた。
建物に囲まれた大通りを、なぜか大量の黒い鶏たちが闊歩している。
それをなんとか捕まえようと、人々が追いかけているが、すばしっこい鶏たちは元気に逃げ回っていた。
「アレク、渋滞の原因がわかったわ。あそこで輸送中の家畜が脱走してるわ」
「本当だ。しかもあの鶏、珍しい色をしているね。外来種の大量運搬なんて、なんかきな臭いな……」
「とりあえず、捕まえるのを手伝いましょう。私が植物魔法で壁を作ってサポートするわ」
「そうだね、逃げられると厄介だ。ヴィオ、風で吸引させるから、鶏が魔法の範囲外に逃げられないよう囲ってくれるかい?」
「ええ、任せて」
地上に降りて、早速鶏の捕獲作戦の開始だ。
「エピヌミュール」
鶏が逃げられないように、私は道を分断させるべく棘を張り巡らせて壁を二か所に作った。
近くにいた黒い鶏を一匹捕まえたアレクは、その鶏に呪文を唱えて風の吸引魔法を付与させる。
「ヴァンシッション」
ふわりと宙に浮いた黒い鶏に、他の黒い鶏が風で吸い寄せられる。
すべての鶏が集まったのを確認して、アレクはそのまま魔法を付与させた黒い鶏を、輸送されていた荷馬車に移動させる。
すかさず荷馬車の扉を閉めるも、鍵が壊れているようで閉まらない。仕方なく応急処置として、扉が開かないよう私は棘を召喚し、荷馬車を括り付けた。
鶏たちも元気そうだし、これにて一件落着ね。
ほっと一息ついていると、周囲が騒がしいことに気づいた。
「すごい風魔法だ……もしかしてあの御方は、アレクシス殿下じゃないか……⁉」
「じゃあ、あの見事な植物魔法を使われたご令嬢は……噂の婚約者、ヴィオラ様か⁉」
やばい、早速身バレしちゃったじゃないの!
いつのまにか荷馬車を囲うように、人が集まっていた。私の隣で爽やかな王子様スマイルを作ったアレクは、民衆に声をかける。
「みんな、怪我はないかい?」
「はい! 殿下たちのおかげで無事です!」
「それならよかった。君たちが迅速に対応してくれていたおかげで、こうして無事に捕まえることができたよ。ありがとう」
そうして民衆たちの声に応えながら、アレクは近くにいた憲兵を捕まえて、混乱した大通りの交通整理にあたるよう指示を出す。
ようやく騒ぎが収まった頃、鶏の輸送をしていたと思われる御者のおじさんがこちらへ駆け寄ってきて、
「本当に……っ、助かりました! 依頼先へ輸送中に荷馬車の扉が壊れてしまったようで、捕まえていただき、ありがとうございます!」
そう何度も深く頭を下げた。
「珍しい品種を輸送してるようだけど、どこの依頼かな?」
「ノーブル大商会からの依頼です。セーブル帝国で人気のカーボンという高級品種なんですが、こいつらに逃げられたらうちでは到底弁償しきれる額じゃなくて、本当に助かりました! ありがとうございます!」
おかしいわね、それならアレクが知らないはずがないわ。でも目に涙を浮かべながら喜びを示し、何度もお礼を言うおじさんが、嘘をついているようにも見えない。
走り回った影響か、髪や衣類も乱れている。必死に鶏を捕まえようとしていたようだし、逃げられたら本当に死活問題だったのだろう。
チラリと横目でアレクを見ると、やはり少し困惑した顔をしていた。それでもすぐに笑顔を作り直して、アレクは口を開く。
「……鶏たちも無事でよかったよ、今度は気を付けて輸送してあげてね」
「はい! こんなに親切な貴族の方々がいらっしゃるなんて、感激です。本当にありがとうございました!」
しかもこのおじさんの反応を見る限り、アレクが王族で、しかもノーブル大商会の会長って知らなそうね。
よく見ると家畜を運ぶには向かない荷馬車だし、臨時で雇われた方なのかしら?
「ジン、お願いがあるんだけど」
おじさんが去ったあと、アレクが小声でジン様に呼びかける。
姿を消したまま、『呼んだか、アレクシス』と、ジン様はお答えになった。
「あの荷馬車、尾行して様子を探ってくれるかい?」
『承知した』
あのおじさんはおそらく、利用されているだけなのだろう。
それならそのまま泳がせて様子を探ったほうがいい。
でも上級精霊様に尾行させるなんて、ものすごく罰当たりなことをしている気が……なんて思いながら、去っていく荷馬車を眺めていた。
「やはり、ノーブル大商会の依頼じゃないのね?」
「外来種の飼育には許可が要るし、そんな申請するとも聞いてないんだよね。手続きも面倒だし。この件はあとで確認するとして、今はお店に急ごう」
「アレク、貴方はあの荷馬車を追いかけたほうがいいんじゃ……」
「ジンに任せていれば大丈夫さ。今はそれよりも、フェリーチェのほうが大事だよ」
結局昨日は会議が長引いて行けなかったし、今日は絶対に行くからね! と、アレクは折れそうにない。
「……わかったわ、行きましょう」
再びラオに乗せてもらって、私たちはフェリーチェに向かった。












