48、久しぶりの晩餐会
夕方、帰宅した私を迎えてくれたのは、なぜか整列した侍女一同だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。えっと……みんな、どうしたの?」
「ヴィオラお嬢様、さぁ準備をしましょう!」
準備? と聞く間もなくミリアたちに連行されて自室に戻ると、なぜが服を脱がされバスルームに。
そのまま全身を綺麗に磨かれて、慣れた手付きでミリアたちは私を飾り立てていく。
「えっと、なぜわざわざパーティドレスに……?」
「主役は美しくしませんといけませんから!」
今日の予定はもうないはずなんだけど、一体どうしちゃったの? なんて思ってる間にパーティ仕様の格好に仕立てあげられてしまった。
「さぁ、お嬢様。完成です! 旦那様たちがお待ちですので、ご案内します」
お父様たちが? 頭に疑問符を浮かべながら、ミリアに案内されるまま向かったのは食堂だった。
執事たちが扉を開けてくれた先には、同じように着飾ったお父様とマリエッタの姿がある。
室内に一歩足を踏み入れれば、甘いカスタードの香りが鼻腔をくすぐった。テーブルにはいつもより豪華な食事と、大きなフルーツのタルトが並んでいる。
その光景を見た瞬間、懐かしさで胸の奥から熱いものがこみ上げた。それと同時に空席を見て、締め付けられるような苦しさが全身を襲う。
「お姉様、いよいよ明日開店ですね! おめでとうございます!」
「ヴィオラ、ここまでよく頑張ったな。おめでとう!」
そこにはお母様が亡くなってから行わなくなった、祝いの晩餐の用意がされていた。
昔は何かおめでたいことがあると、こうして家族で祝いの晩餐の席を設けていた。
外部から客を招いて行う、大がりな誕生日パーティとは違う。乾杯をしたあと、季節の果物で作られた大きなフルーツタルトを切り分けて、みんなで食べる。
そんな家族だけで行うささやかな晩餐会は、とても楽しい時間だった。
お母様が亡くなったあとも、お父様は一度だけ開いてくれたことはある。けれどお兄様が参加されることはなくて、それから行われたことは一度もなかった。
「レイモンドも誘ったんだが、その、用事があるようでな……我々だけですまない」
私が何も言葉を発しないせいで、お父様は申し訳無さそうにそう言葉を続けた。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで、私はとても嬉しいです」
入口で立ち尽くす私の手を引いて、マリエッタが席に誘導してくれた。
「さぁ、お姉様! 乾杯しましょう」
席に着くと、侍従がグラスにワインを注いでくれる。
「フェリーチェの開店を祝して、乾杯」
お父様のかけ声に合わせて、みんなで乾杯をする。
いつものように、乾杯と同時にお父様がグラスに火魔法を注いで、アルコール成分だけを瞬間的に蒸発させてくれる。グラスを持っていても全然熱くないし、お父様の火魔法はやはりすごいわね。
「さぁ、安心して飲みなさい」
「ありがとうございます、お父様」
うちの家系はお酒に弱くて、特にお父様の体質を引き継いだ私は、お酒を一口飲むだけで気絶するように眠ってしまう。
だから外ではお父様の言いつけを守って、決してお酒は飲まないようにしているのよね。
でもワインの味は好きだから、家ではこうしてアルコールを飛ばしてもらって楽しんでいる。
甘いブドウジュースも嫌いじゃないけど、ワインを口に含んだ時に広がる、醗酵させた果実の芳醇な味わいと、鼻から抜ける上品な香りが最高なのよね!
「お姉様、フルーツタルトも召し上がってください! お姉様の好きなイチゴをたくさん入れてもらったんですよ」
綺麗に切り分けられたフルーツタルトには、確かにイチゴが多めに載っていた。
フォークで刺して一口食べると、カスタードの甘みとイチゴの酸味が口に広がる。サクサクしたタルト生地と相まって、懐かしくて幸せな味がした。
「本当ね、とても美味しいわ。でもマリエッタ、貴女の好きなモモが少ないけど大丈夫かしら?」
「き、今日はお姉様のお祝いの日だから、これでいいんです!」
「成長したな、マリエッタ。昔は自分が主役じゃないと嫌だって、よく泣いていただろう?」
そう言って優しく目を細めて笑うお父様に、マリエッタは頬を真っ赤にしながら抗議する。
「お、お父様まで! 私だって大人になったんですから! そんなに子どもみたいなわがままは言いませんわ!」
「そうだな。実はヴィオラのお祝いをしようと提案してくれたのは、マリエッタなんだよ」
「まぁ、そうだったのですね! ありがとう、マリエッタ」
「お礼を言いたいのは、私のほうです! お姉様のおかげで私、やりたいことを見つけられたんです」
「マリエッタの作ってくれるデザイン、とても素敵だものね。応援してるわ」
「はい、ありがとうございます!」
そんな私たちの会話を聞いていたお父様が、なぜか目頭を押さえて黙り込んでしまった。
「お父様……? もしかして、お加減が優れないのでしょうか?」
「……お前たちが立派に育ってくれて、本当によかった。きっとミネルヴァも、天国で喜んでくれているだろうと、思ってな」
「……そうだと、いいですね」
この場にお兄様も居てくださったら、もっと喜んでいただけたのだろう。
できることなら家族揃って、またこの食卓を囲めるようになりたい。
ぽっかりと空いた席を見ながら、私は決意を新たにした。今度こそお兄様の想いをきちんと受けとめて、こじれてしまった関係の修復に努めようと。












