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46、フェリーチェにかける想い

 開店前日のお昼過ぎ、私は明日の打ち合わせと店内の最終確認のため、フレグランス専門店【フェリーチェ】を訪れていた。


 ちなみに今日、アレクは不在だ。来月行われる議会についての重要な会議があるらしい。


 ウィルフレッド様に必ず出席するよう念を押されたようで、きっと一日王城にはりつけにされてるんでしょうね。


『だって開店前日だよ? 空き時間探してラオに乗って行くよ!』


 なんてふざけたことを言ってたから、『大丈夫よ、私のことが信用できないの?』って反論に困る言葉で【来るな】って言い聞かせておいた。


 お店のことを心配してくれるのは嬉しいけど、アレクはこの国の第二王子だ。アレクにしか出来ないことを優先してほしい。


 年に一度の議会は地方からも有力貴族が集まり、国の方針を決める大事な場だ。


 外務を担当しているアレクは、地方情勢について詳しい。それに加えて商会側から得られる民意も把握しているため、不正をしている貴族をあぶり出すのに一役買っているとお父様が仰っていた。


 怪しい動きをしている貴族については秘密裏に調査が進められ、場合によっては議会が終わると同時に拘束される場合もある。


『今年は、何事もなく終わればいいな……』

『そうですね……』


 この時期になると、そう言ってため息を漏らすお父様と部下の騎士たちの顔が、どんよりしているのよね。毎年誰かしら問題を起こす貴族がいるようで、取り締まるのも大変そうだ。


 そんな時に、精霊獣の私的利用という規律違反を犯して空を飛ぶアレクなんてお父様が見かけたら……大変だわ。これ以上、余計な心労をかけないであげてほしい。


 それに打ち合わせといっても、ノーブル大商会から優秀な従業員たちがお手伝いに来てくれているし、エルマとジェフリーも成長して頼もしくなった。


 販売と製造、当日の段取りについては、彼等に任せたほうがスムーズにいくだろう。


「……明日はその段取りでいこうと思っております。いかがでしょうか?」


 案の定、リアムさんの要点をまとめたわかりやすい完璧な説明には、どこにも欠点がない。


 物腰も柔らかで仕事も丁寧だし、さすがはアレクが【僕の右腕】と呼んでいるだけのことはあるわね。


 なんでもアレクとは子どもの頃からの付き合いらしく、一緒に商会を盛り上げてきた方らしい。歳はアレクより八つほど上で、兄弟子として慕っているって聞いたわね。


 今回のお店立ち上げの準備から、ジェフリーへの接客指導まで、とてもお世話になっている。


「ええ、よろしくお願いします」

「もし何かありましたら、通信魔道具でお知らせください。それでは、一旦私は商会のほうへ戻ります」 

「リアムさん、色々手伝っていただいてありがとうございます」


 荷物を鞄に詰めて帰り支度をするリアムさんにお礼を言うと、「お礼を言いたいのはむしろ、こちらのほうですよ」と言われ困惑する。


「ヴィオラ様との婚約が決まってから、アレク様は以前にもまして元気になられて、商会の空気がとても明るいんですよ。一時期は死んだ魚のような目をしておられた時期もあって、心配していたのですが……うまくいって本当によかったです」

「死んだ魚のような目、ですか? あのアレクが……?」

「はい。確か二年ほど前ですね。ちょうどアムール地方からお帰りになられた頃くらいの時は、地獄でした。盛大に準備したプロポーズのプランが全て無意味になって、自暴自棄になっておられたので……もうなんと声をおかけしたらいいのやら……」

「そ、そうだったんですね……」


 確かあの時はまだリシャールと婚約していたものね。久しぶりに教会で偶然会った時、私の前でそんな素振りなかったけど、気付かれないように演技していたのかしら?


 もしそうだったとしたら……と想像して、少しだけ胸の奥がむずかゆくなった。


「アレク様の【フェリーチェ】にかける想いは相当なものです。それこそ、子どもの頃からの夢ですからね」


 昔を懐かしむように、リアムさんは榛色の目を細めて言った。


「そんなに昔から、ですか?」

「ヴィオラ様、よかったら少しだけ昔話に付き合っていただけませんか?」


 驚く私の後方に視線を移して時間を確認したあと、リアムさんがそう尋ねてくる。


 了承すると、リアムさんは昔のことを教えてくれた。


「話せば長くなるのですが……私の父は昔、それなりに大きな商会を経営していたんです。ですがとある事件に巻き込まれて、廃業を余儀なくされました。失意の父を立ち直らせたのが、当時十一歳のアレク様だったんです。父の冤罪を晴らし、『僕に商売のいろはを教えてほしい』と何度も訪ねてこられて」

「経営の基礎を教えてくれたアレクの師匠は、リアムさんのお父様だったのですね」

「はい、そうなんです。父は親友と一緒に商会を立ち上げたのですが、その方が魔族に唆され、実は裏で闇魔道具の販売をしていたんです。気付いた頃にはもう手遅れで……父は拘束され、牢屋に収監されました。アレク様が冤罪で捕まった者たちの無実を証明してくださり、そのおかげで父も釈放されたのですが、親友と商会……大事なものを一気に失った父は、塞ぎ込んでしまったんです」


 そういえば昔、お母様が懇意にしていた商会が突然潰れて悲しかったわね。確かその商会の名前は――。


「もしかして、フラーム商会のことですか?」

「……っ、よくご存じですね」

「昔、母がとても気に入っていた商会だったんです。フラーム商会の扱う園芸グッズが、とても性能が良くて使いやすいって褒めてました」

「ありがとうございます。父は使うお客様のことを第一に考えて、商品作りをしていました。なのでそう仰っていただけると、本当に嬉しいです」


 感無量といった様子で、リアムさんは目の端に滲む涙をそっとハンカチで拭った。


 魔族に狙われなければ……フラーム商会は、きっと今も存続していただろう。リアムさんたちの無念な気持ちを想像すると、胸が締め付けられた。


「『こんな老いぼれが教えることなどない』と、父はアレク様のことを最初は追い返していたのです。ですが、『僕は大切な人の作った素晴らしいものを、いつか必ず世間に広めたい』という彼の熱意に感化されて、商売のやり方を教えるようになりました。それからめきめきと頭角を現したアレク様は、路頭に迷ったフラーム商会の従業員たちに声をかけ、父の意志を継いでノーブル商会を立ち上げられたのです」

「……そうだったんですね」


 アレクから商会のことはあまり詳しく聞いてなかったから、正直リアムさんの話は驚きの連続だった。


 そんなに昔から、私のために頑張ってくれてたのね……。


「必ず良いお店になるよう私も頑張りますので、これからもよろしくお願いいたします」

「お話、聞かせていただきありがとうございました。こちらこそ、よろしくお願いします」

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