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45、正直に話せなかった過去

 五歳の時、お母様が亡くなってからお兄様と顔を合わせる度に、私は罵声を浴びるようになった。


 お父様がお兄様の態度を諌めると、お兄様は私のことをキッと睨み付け、鼻を鳴らしてそっぽを向く。


 半年も経つと視界に入れるのも嫌だったようで、無視されるようになった。


 これ以上お兄様の機嫌を損ねないように、花壇に近付かない方が良いのかもしれない。


 踏みにじられた花たちを見ながら諦めかけた時、庭園の奥がほのかに輝いていた。


 その輝きに導かれるように近付くと、一匹の小さな白狐が倒れていた。


 全身ボロボロでひどく弱った様子の白狐は、苦しそうに荒い息を繰り返してうずくまっていた。


「大丈夫⁉ こちらにおいで、治療してあげるわ」


 慌てて駆け寄りそっと手を伸ばすと、白狐はひどく警戒した様子でこちらを見上げ震えている。


「少しチクッとするけど、注射をしてもらえばきっと元気が出るわ」


 優しく声をかけたものの、白狐はふるふると首を左右に振って再びうずくまった。


「お嬢様、いかがなさいました?」

「ミリア、ここに傷付いた白狐がいるの」

「何もいないようですが……?」

「ほら、ここで苦しそうにうずくまっているのに」


 ミリアは目を凝らして地面を見るけど、やはり見えないようだ。


 たまたまやってきた庭師のジャックに声をかけても、彼もあたりをキョロキョロするだけで姿を確認できないようだった。


「ヴィオラお嬢様だけに見える……もしかしたら、お嬢様と波長の合う精霊かもしれませんね」

「精霊? この子が? 苦しそうなの、どうしたらいい?」

「そうですね……精霊は属性ごとに好みが違うそうですし、なにか目印となる紋様はございませんか?」

「額にはっぱのマークがあるわ」

「それでしたらきっと植物の精霊なのでしょう。緑豊かな場所でゆっくり静養させてあげるのがいいと思います」

「森とかに連れて行ってあげたらいいの?」

「無理に移動させるのも負担になるかもしれません。この庭園でゆっくりお休みできる寝床などを作ってあげるのはいかがでしょう?」

「わかったわ! 少しだけここで待っててね!」


 白狐にそう話しかけたあと、私は屋敷に戻りお気に入りのクッションを持って再び庭園に向かった。


「お嬢様、よければこちらもお使いください」

「うん、ありがとう!」


 ミリアの用意してくれたバスケットにクッションを敷いて、白狐の隣にそっと置いて声をかけた。


「こっちの方がゆっくり休めるよ。よかったら使ってね」


 バスケットと私を交互に見て、視線をバスケットに戻した白狐はそっと鼻先を近づける。


 くんくんと安全かどうか確認したあと、恐る恐るバスケットの中にあるクッションに前足で触れた。


 何度か前足でふにふにと押して上に飛び乗った白狐は、バスケットの中で腰を下ろし丸くなっている。

 安心したのか、白狐は健やかな寝息を立て始めた。


「ミリア、使ってくれた!」

「よかったですね、お嬢様!」


 それから私は白狐がゆっくりと休めるように、庭園の環境を整えてあげることにした。


 お父様に相談すると、植物の精霊はみずみずしい自然のものに囲まれているのが一番の静養になるとアドバイスをくれた。


 それを踏まえて、お兄様に踏みにじられた花壇には新たな花を植えなおして大切に育てた。雨や暑い日差しを凌げるようジャックに手伝ってもらって、パラソルも立てた。


 そうして毎日足繁く庭園に通っていると白狐は元気を取り戻し、次第に私のあとを付いてくるようになった。


 ミリアやジャックが一緒の時は離れた場所からこちらを窺っているけれど、一人の時はそばに来て、私が花壇で作業する様子をちょこんと座って眺めている。


「こちらにおいで」


 そう声をかけて手を差し出すと、白狐はすりすりと頭を擦り付けてくるようになった。


「あなた、名前はなんていうの?」


 頭を撫でながら尋ねてみる。


 精霊には本来、生まれた時に核となった宿り木の記憶がある。だからお話ができると本で読んだけど、白狐は私の言葉に首をかしげるだけでなにも答えてはくれない。


「私の名前はヴィオラよ、ヴィオラ。あなたのお名前は?」


 胸に手を当てジェスチャーを交えて聞いてみたものの、白狐は困ったようにしゅんと耳を下げてしまった。


 傷だらけで庭園に迷いこんだことを考えると、外でひどいめに遭って忘れてしまったのかもしれない。


 不安そうにこちらを見ている白狐の額にある葉っぱのマークを見て、私はひらめく。


「それなら、リーフってどう? 正しい名前を思い出せるまであなたのこと、リーフって呼んでもいい?」


 私の言葉に白狐は目を輝かせて頷くと、尻尾を高く上げてぶんぶんと左右に振っている。


 どうやら喜んでくれているらしい。言葉は話せないけど、なんとなく意味はわかるのかしら?


 それから私は絵本を持ってきて、庭園にあるガゼボで読んであげるようになった。


 リーフは結構感情豊かなようで、悲しい物語を読むと耳をしゅんと下げてポロポロと涙を流し、楽しい物語を読むと尻尾をふりふりして瞳を輝かせ、怖い物語は震えながらピタっと寄り添い聞いている。


 表情や全身で感情を示してくれるため、別に言葉が話せなくても不便はなかった。


 そうして半年が経った頃、いつものように絵本を読んであげたあと、今まで一言も発したことのなかったリーフが初めて声を発した。


「あり……が、とう」

「え……リーフ、言葉が!」

「ヴィオ、おしえて……くれた、から。ほん、たくさん、よんでくれた」

「すごいわ! これでたくさんお喋りできるわね!」

「うん! このほんみたいに、ぼくときみ、ずっとともだち……『メイユールアミィ』なりたい」


 ぽんぽんと前足で本に触れながら、リーフが覚えたての言葉で必死に訴えてくる。


 私がリーフに読んであげたのは、英雄譚の絵本。

 英雄と呼ばれた少年と相棒の精霊が世界を救うため悪に立ち向かう物語だった。


 少年と精霊は苦楽をともにして厚い友情で結ばれており、作中でよく出てきた彼等の合言葉が、古代語で『俺達はずっと友だち』という意味を持つ『メイユールアミィ』だった。


「ええ、もちろんよ。私達はずっと友だち、『メイユールアミィ』よ」


 そう言った瞬間、私とリーフの下に魔法陣が浮かび上がり、身体全体が温かな光の粒子に包みこまれた。


「え、な、何がおこったの⁉ 身体から力があふれてくる……」

「これはぼくたちの、やくそくのあかし、だよ」

「リーフ、私と契約してくれたの……⁉」

「うん。ぼくとヴィオ、ずっとともだち、メイユールアミィ!」


 植物の精霊であるリーフと契約したことで、私は六歳にして魔法が使えるようになった。


 けれどそれが、さらにお兄様との溝を広げることになってしまった。


 ほとんど部屋から出てこなくなられたお兄様は食事も自室で取るようになり、家族で過ごす時間を全く持たれなくなった。


 夜遅くまでお兄様の部屋には灯りがついていて、書庫からごっそりと本がなくなるようになった。

 どうやら部屋に閉じこもって、勉学に励んでおられるようだった。


 それから一年後、お兄様は王都の屋敷からヒルシュタイン公爵領へ旅立たれた。


「これで、かだんをあらされなくてすむね!」とリーフは喜んでいたけれど、私の心には隙間風が吹いたように、虚しさだけが残っていた。


「ヴィオ……? ごめん、ぼく……なにかわるいこと……した?」


 突然リーフを抱き締めて動かなくなった私に、不安そうに彼は尋ねてくる。


「ううん、リーフは何も悪くない」


 彼は私の心を汲んでくれただけ。

 それでもお兄様をそんな悪者のように感じさせてしまったことが、悔しくて仕方なかった。

 そして何も知らないリーフに、私の犯した罪を話すのが怖かった。





「私ね、あの時リーフに言えなかったことがあるの。聞いてくれる?」


 一呼吸して、そう尋ねた私の声は、緊張から少し震えていた。


 上体を起こしてこちらをじっと見上げるリーフの瞳からは、いつのまにか涙が消えている。


「もちろん」


 頷いてくれたリーフを抱えて、私はデイジーが植えてあった花壇の前に移動した。

 枯れてしまったデイジーの花茎を摘み取って整えた花壇には、もう何も残っていない。


「昔ね……花壇を荒らすお兄様が、リーフには悪者みたいに見えたと思うんだけど、あれは私がお兄様を傷付けてしまったのが原因なの」

「ヴィオが、お兄様を……?」

「レイモンドお兄様は昔、とても優しい方だったわ。でも私がお兄様から、お母様を奪ってしまった。私が届けたお花が原因で、弱っていたお母様は帰らぬ人になったの。だからお兄様が花壇を踏み荒らしていたのは、もう会えなくなってしまったお母様を想ってのことだったのよ」

「あのひどい行動は、一つの【愛】の形……だったってこと?」

「ええ、そうよ。誰の立場で考えるかによって【愛】は、悪にも正義にも見えると思うの。リーフは私の味方をしてくれたから、お兄様のことが悪く見えてしまっただけ。貴方に嫌われるのが怖くて、本当のことを正直に言えなかった……私が一番悪いのよ」


 あの時、お父様もマリエッタも私の味方をしてくれた。でもそのせいで、誰もお兄様の悲しみを受け止めることが出来なかった。


 私がお兄様を、悪者にしてしまったんだ……


「辛いことを教えてくれてありがとう、ヴィオ。嫌いになんてならないよ。だってあの時君は、お兄様の抱える行き場のない悲しい【愛】を、必死に受け止めようとしていた。そして今も変わらず、受け止めようと努力してる。とてもすごいよ!」

「す、すごくなんてないわ。私は壊してしまった家族の幸せを、少しでも……」

「継承した記憶の中には、辛くて苦しくて悲しい【愛】もたくさんあった。それがたくさんの悲劇を起こして、人々は絶望に飲み込まれていった。でもそんな人々を救ったのも、また別の【愛】なんだ。だから僕は信じてる。ヴィオならきっと、お兄様を救い出せるって」


 慰めてたのは私のほうだったのに、いつの間にか立場が逆転しちゃったわね。


 希望に満ちたリーフの翡翠色の瞳を見ていると、自然と勇気が湧いてくる。


「リーフ……ありがとう」


 笑顔でお礼を言うと、リーフの身体が突然ふわっと浮かび上がり、光り出す。


 まばゆい光の粒子が消えたあと、白狐の変化が解けたリーフは人型の姿になっていた。


「どうやらヴィオのおかげで、【愛】の記憶の継承が無事に終わったみたいだ」


 肩上で切り揃えられていたリーフの白髪は胸部まで伸び、身長も以前より伸びている。そして顔つきも少し大人っぽく成長していた。


「無事におわってよかったわ! おめでとう、リーフ」

「うん、ありがとう! 見てて、ヴィオ。これが新たに手に入れた、調和の力だよ!」


 リーフの放った温かい魔力の波動に連動するかのように、温室の花が一斉に咲いた。


 全て摘み終わったはずの何も植えていない花壇には、白いデイジーが美しく花を咲かせている。


 驚いたことにその魔力は庭園にまで届いており、寒い冬の庭に季節外れの花が咲き乱れるという超常現象を起こした。


「魔力が屋敷の外に漏れないように、きちんと制御もできるよ!」


 制御してこの効果ってことは、本来の力を使えばものすごいことになりそうね。


 さすがは大精霊様の御子息。

 その日私は、リーフの規格外さを改めて知ったのだった。

お読みいただき、ありがとうございました!

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