41、姉妹の絆
「ほら、あちらを見て」
そう言って私は、楽しそうにアレクに話しかけるジェフリーのほうに視線を移す。
「彼は元々アムール地方の孤児院に居た子なんだけど、とてもそうは見えないでしょ?」
「え、あのスラム出身なんですか……⁉」
「アレクはね、困っている人たちに寄り添って、どうすればいい生活が出来るようになるか必死に考えて、それを実行してきたの。その過程で築き上げた人脈が、彼の商会を大きくして、スラム区画をビジネスパートナーに変えてしまうくらい発展させた。悪どい商売をしてて、それが出来るとは私には到底思えないわ」
「そう……だったのですね……」
「まぁ、すぐに信じろっていうの難しいかもしれないけど……よかったらアレクのこと、色眼鏡をかけずに見てくれると嬉しいわ」
「……お姉様は殿下のことを、とても信頼されているのですね」
「まぁ、子どもの頃からの友人でもあるから」
「そうだったのですか……⁉ でも私、お姉様が殿下と交流されている姿、一度も……」
「ばれたら色々面倒なことになるじゃない? だから社交界では秘密にしてたのよ。告白された時は、正直驚いたけどね。私の夢を叶えるために、色々準備してくれてたみたいで……このお店も、その一つなのよ」
「じゃあ、殿下の仰っていたことは本当だったんですね……」
そう言ってマリエッタは悔しそうに唇を噛んで、なぜか俯いてしまった。
「でも私だって、お姉様のこと大好きです! 殿下よりも、ずっと前から……!」
昔はよく聞いた言葉が、とても懐かしく感じた。
記憶を無くして不安になっているのかしら?
最近のマリエッタは少し、子どもの頃に戻ったような無邪気さがあるわね。
こちらを不安そうに見上げるマリエッタの頭を、なだめるようによしよしと撫でる。
「ありがとう、私も大好きよ。だってマリエッタは、私の大切な妹なんだから」
私が本当に辛かった時、マリエッタは私に寄り添ってくれた。
『だっておねえさまは、おかあさまをよろこばせてあげようとしただけ。それなのに、おにいさまはひどいです!』
そう言ってお兄様に憤りを見せる幼い妹の姿に、当時どれだけ救われたかわからない。この子がいてくれたから、あの時私は自分を保つことができた。
でも本来ならお母様とお兄様の愛情も受けて、幸せになれる未来がマリエッタにはあったのかもしれない。私がその幸せを奪ってしまったことが、ずっと心残りだった。
「ヴィオ、また君は無自覚に人を魅了して……」
いつの間にかこちらに来ていたアレクが、急に変なことを言い出した。
「は? 何を言ってるの?」
「ほら、見てごらんよ!」
アレクの視線の先には、顔を真っ赤に染めて口をパクパクさせるマリエッタの姿がある。
「どうしたの、マリエッタ……まさか、熱でも出てきたの⁉」
頭を撫でていた手をマリエッタのおでこに移動させると、すごく熱かった。
「大変だわ、アレク! 休める場所はないかしら……⁉」
「だ、大丈夫です! お姉様の言葉が……嬉しかった、だけですから」
「それならよかった。でももし辛くなったら、すぐに言うのよ?」
「はい、ありがとうございます」
「そうだマリエッタ、二階で香水を作ってもらってるんだけど、よかったら見学していかない?」
「はい、おともします!」
「ヴィオ、今日はやめといたほうが……」
二階に移動しようとしたら、アレクにそうこっそりと耳打ちされた。
「え、どうして?」
「君がエルマと仲良くしてるところを見たら、マリエッタ嬢がまたヤキモチを……」
「……きっと大丈夫よ。エルマは誰とでも仲良くなれるタイプだから」
アレクはどこか納得してなさそうな顔をしている。
その時、後方でこちらをチラチラと窺っている商会の男性従業員と目が合った。
書類を手にしたその男性は、申し訳無さそうに会釈をしている。
「ほら、商会の方が用があるみたいよ。こっちは大丈夫だから、いってらっしゃい」
カウンターの奥にある階段を上り、私はマリエッタと共に二階へ向かう。
ノックをして扉を開けるとエルマが笑顔で迎えてくれた。
「久しぶりね、エルマ。妹のマリエッタと一緒に、少し見学してもいいかしら?」
「ヴィオラ様、もちろんです! マリエッタ様もどうぞこちらへ!」
休憩用に使うテーブル席へ案内してくれたエルマは、座りやすいように椅子を引いてくれた。
「ありがとう。でも、そんなに気を遣わなくていいのよ」
「私はジェフリーみたいに言葉でうまく説明するのは苦手なので、その分お店に来てくださった方に、気持ちよく過ごしていただけるようにしたくて……その練習なんです!」
人懐っこい笑みを浮かべて、エルマはさらに言葉を続けた。
「それにこんなに可愛いお客様が来てくださるなんて、嬉しいです!」
エルマからキラキラとした眼差しを向けられたマリエッタは、少し戸惑っているようだ。












