40、フェリーチェ見学
不安を抱えながら迎えた翌日、私はアレクとマリエッタと一緒にフレグランス専門店【フェリーチェ】を訪れた。
マリエッタを一緒に誘ったのは、アレクに対する誤解を解くためだったんだけど――。
「見てください、お姉様! まるでタイムスリップしたみたいです!」
道中の馬車で私にべったりのマリエッタは、アレクがまるで存在しないかのように、私にばかり話しかけてくる。
「シエルローゼンの古都の街並みは美しいわね。アレクもそう思わない?」
「そうだね。ここは歴史的建造物が数多く残ってて、レトロな街並みは観光でとても人気なんだよ。あそこに見えるエレメ塔とか、風情があっていいよね」
「それよりも向こうにあるパルス城の方が、可愛くて素敵ですよね」
私が気を遣ってアレクに話題を振れば、なぜか二人の意見は合わず凍りつくような空気が漂う。
「ヴィオはエレメ塔のほうが好きだよね?」
「いいえ、お姉様はパルス城のほうを好んでおられますよね?」
笑顔の圧がすごい……だからどうして張り合うのよ!
人の感覚なんて千差万別なんだから、片方を落として片方を上げるの、正直好きじゃない。
「それぞれ違った良さがあっていいと思うわ」
どちらかを褒めれば角が立つ。とはいえ両方を褒めても、二人はなんか納得してなさそうな顔をする。
「知ってるかしら? エレメ塔とパルス城には古い言い伝えがあってね……」
それならこうするのが一番よね……会話の主導権は、私がもらうわ!
お店に着くまで建物に縁のある植物の雑学をしたら、二人とも急に大人しくなった。アレクは自分の興味ある分野しか勉強したがらないし、マリエッタはそもそも勉強自体が苦手だ。
そっちから話題を振ってきたのに、その反応はどういうこと?
まぁ、喧嘩するより平和でいいわね。
「ヴィオ、ほらお店に着いたよ! いや〜もっと聞きたかったけど残念だな」
「ほ、本当ですわ! お姉様のお話、とても楽しかったのに残念です」
「そう? じゃあ帰りの馬車で、続きを話してあげるわね」
私の言葉にアレクとマリエッタは、引きつった笑みを浮かべている。
まぁ、それも冗談なんだけど。嫌なら喧嘩しないでね。
そうしてたどり着いたフレグランス専門店【フェリーチェ】――シエルローゼンの一等地にあるだけあって、街道も観光客でそれなりに賑わっている。
お洒落な外観の店舗に入ると、ジェフリーとアレクの経営するノーブル大商会からお手伝いに来てくれている方々が迎えてくれた。
「アレクシス様、ヴィオラ様! それと……」
マリエッタを見て戸惑っているジェフリーに、「妹のマリエッタよ」と紹介する。
「マリエッタ様、ようこそお越しくださいました」
すぐに笑顔を作ったジェフリーは、流れるような所作で胸に手を当て腰を折り曲げた。
前に会った時より身長が伸びたのも相まって、とても頼もしく見えるわ。
「ジェフリー、接客の所作が板についてきたようだね」
「ありがとうございます! アレクシス様がリアム先生を紹介してくださったおかげです」
高価な魔道具も扱うノーブル大商会の販売員たちは、貴族の接客にも慣れている。
その中でもジェフリーは、アレクが【僕の右腕】って豪語するリアムさんから直接指導を受けていた。接客の仕方はもちろん、店舗経営に必要な経理の基礎知識も教わってたみたいだから、かなり技能的に上達してそうね。
改めて店内を見回すと、内装はほぼ完成しており、後は細かい飾りつけをどうするかを考えればよさそうだ。
「ここがお姉様のお店……可愛い瓶がたくさん並んでます!」
吸い込まれるように店の奥へと足を踏み入れたマリエッタは、正面に並んだショーケースの香水たちを見て目を輝かせる。
しかしはっとした様子でこちらを振り返り、心配そうに眉根を寄せて尋ねてくる。
「……これも全て、お姉様が独りでお作りになったのですか?」
「違うわ。香水の調合レシピを考えたのは私だけど、実際に作ってくれたのは二階で作業をしているエルマと、ここに居るジェフリーよ。それにこうしてお店を改装して、必要な材料や道具を揃えてくれたのはアレクよ」
「じゃあ、どうしていつもあのように遅くまで作業を……?」
「それは私が好きだからやってたの。マリエッタも自分の好きな洋服のデザインが完成するまで、何枚も書き直しては作業に没頭してたでしょ? それと一緒よ」
「私はてっきりお姉様が、殿下に騙されているのだとばかり……殿下の大商会は、悪徳なことをやっていると昔、噂で……」
それは逆に悪徳商売をやっていた新興貴族たちが、適正な商売をするアレクの大商会に邪魔をされた腹いせに、デマを流したせいなのよね。
関わりのある者はそれが嘘だってすぐにわかるだろうけど、直接関わりのない者からすると、騙されてしまっても仕方ないのかもしれない。
特に貴族の間では、一時期すごく悪評が流れていたのは事実だし。
マリエッタがアレクのことをよく思ってないのは、そのせいだったのね。












