33、思いどおりにいかない作業
関係の修復を目指し、お兄様と仲直りするためのプレゼントを作ろうと決意して一週間が経った。
けれどなかなか良いアイデアが浮かばず、私は悩んでいた。
お兄様はどんな香りが好みなのかしら……?
精油瓶の並んだ棚とにらめっこしていると、突然バタンと大きな音がした。
「ヴィオ、朗報だよ!」
調香部屋に弾んだ明るい声が響き渡る。こうして豪快に扉を開けて遠慮なく入ってくるのは私が知る限り、一人しかいない。
振り返ると案の定、満面の笑みを浮かべたアレクの姿があった。
「いらっしゃい、アレク。朗報って……」
つかつかと長い足を動かして近づいてきたアレクの手が、戸惑いがちに私の頬に触れる。
さっきまでの笑顔はどこにいったのか。不服そうに眉をひそめたアレクに、じっと顔を覗き込まれた。
「急に何……?」
「寝てないでしょ、ヴィオ。すごいクマだ。それに顔色も悪い」
化粧で隠していたのに、よくもまぁそんなに遠くから気付いたわね。視力いくつよ。
ばつが悪くなって視線を逸らすと、運良くこの場を切り抜けるアイテムを発見!
「さ、三時間は仮眠をとったわ。だから大丈夫よ。それにほら、疲労を和らげるアロマミストもあるし! リーフの祝福だってあるから……」
私は作業台に手を伸ばし、アロマミストを取ってアレクにみせた。
「大精霊様の祝福だ。確かに効果は抜群だろうだけど、それとこれとは別さ。こんなに無理をして作業をしているヴィオを見てると、僕は心が痛いよ」
そう言ってアレクは私の手を両手で包み込むと、片方の手でアロマミストを取って、再び作業台に置いた。誤魔化すなと言わんばかりに。
「わかった、今夜はきちんと休むから!」
「今から、だよね? 僕の聞き間違いかな?」
有無を言わせない笑顔で、アレクが訂正を求めてくる。
「だって……まだ完成しないんだもの」
試作品はどれもいまいちで、ピンとくる香りが見つからない。
「なになに、歩いていくのもつらい? それは重症だね! だったら婚約者の僕が抱えて部屋まで運んであげるよ。それとも王宮の特別医務室のほうがいいかな? ヴィオが一歩もベッドから出なくていいように、婚約者の僕が手厚く看病してあげるね? 期間はそうだな、最低一週間は必要かな」
アレクは婚約者って言葉をやけに強調しながら、エスコートするように私の手を掬い上げた。もう片方の手で優しく手の甲をすりすりと撫でられ、背筋にぞくっと悪寒が走る。
怖い、怖いってば! 目が全然笑ってない!
それ看病じゃなくて、監禁の間違いじゃないの……⁉
「……今から休憩にするわ。今日の作業も終わり! アレク、お茶にしましょう」
一週間も調香を禁止されたらたまったものじゃないわ。
軽くため息をついて私が折れると、アレクは安心したかのように頬を緩めて無邪気に笑った。
「ふふ、わかってくれたらいいんだよ。今日は秋風が気持ちいいから庭園がいいな」
「それなら外に行きましょう」
リシャールに持たせたメモの誤解を解いてからというもの、アレクは以前より過保護になった気がする。前はこんなに強引じゃなかったのに。
最近は何かにつけてやたらと婚約者って強調してくるし、こころなしか距離感も近い。
「うん! 行こう、ヴィオ」
現に今も……さりげなく手を恋人繋ぎにして歩きだすのやめて。なんか心臓に悪い!
友達とは違う。なんか特別だよって意識させられて、むずむずする。
そんな私の落ち着かない気持ちは、温室を出た瞬間吹き飛んだ。
外、さむっ!
ひんやりとした秋風が頬を掠めて、身体がぶるりと震えた。
思わず手にも力が入る。
繋いだ手から伝わってしまったのか、アレクが心配そうに声をかけてきた。
「寒い? やっぱり温室のほうがよかったかな?」
確かに温室なら魔道具で温度を均一に保ってるから寒くはないけど、調香部屋に籠もって凝り固まった身体には心地良く感じる風でもあった。
「大丈夫よ、たまには外の空気も吸わないとね。今日は身体が温まるブレンドを淹れてもらうわ。アレクもどう?」
この時期に飲みたくなる一杯なのと付け加えたら、「ヴィオのおすすめなら喜んで」とアレクは笑顔で頷いた。
それから庭園のガゼボに移動して、侍女のミリアにティータイムの準備をしてもらう。
テーブルには数種の焼き菓子が並べられ、秋にぴったりの特製ブレンドのハーブティーを淹れてもらった。
「甘い香りがしてるのに、後味は結構スパイシーなんだね」
一口飲んで想像した味と違ったようで、アレクが苦笑いしながら浅い呼吸を繰り返している。
「カモミールにジンジャーとレモンピールをブレンドしてあるの。蜂蜜を足して飲んでも美味しいのよ」
どうやらジンジャーで舌が痺れてしまったのね。
私はこのピリッとした感じが好きなんだけど、初めて飲んだら確かに刺激強いわよね。
「そうなんだ、やってみよう」
マイルドにする方法を教えると、好奇心旺盛なアレクは迷うことなくハニーポットに手を伸ばし、蜂蜜をひとさじ垂らしてかきまぜて口に運んだ。
「ほ、本当だ、さっきより飲みやすくなった」
どうやらまだ苦手だったみたいね。
顔に出てるわよ。若干涙目じゃない。
「ミルクを足すと、さらに美味しくなるわよ」
そう言って私は正面に座るアレクへ、そっとミルクポットを差し出した。
お礼を言って受け取ったアレクは、ティーカップに少しミルクを注いでティースプーンでかきまぜる。
今度はどうかしら……?
ハラハラしながら味の感想を待っていたら、「これ、美味しい……!」とアレクが目を輝かせて言った。
「お口に合ったようで嬉しいわ。気分によって、色々アレンジして飲んでるのよ」
ジンジャーが身体を温めてくれるから、寒い時期はいいのよね。
ティーカップをソーサーに置いて、私は本題を切り出した。
「それでアレク、朗報っていうのは?」












