32、できることから一歩ずつ
皆さま、長らくお待たせして、申し訳ありません。
本日より、更新再開します!
「リーフ!」
私が呼ぶと背伸びをしながらリーフが姿を現した。肩まで伸びた白髪は無造作にピンピンと跳ね、魔法衣は着崩れ、とてもだらしない格好で。
「呼んだ? ヴィオ」
「お昼寝してたの?」
すごい寝癖がついてるわ。
ふぁーと大きな欠伸をしながらリーフは目をゴシゴシと擦っている。
「うとうとしてたらいつの間にか寝ちゃってた。やっぱりヴィオの温室が心地よくて落ち着くんだ」
ログワーツ領から帰ってきてから、リーフは寝てばかりだった。力をたくさん使って回復が追い付いてないんじゃないかって心配だったのよね。
「でも一番は、ヴィオの膝の上かな」
身体を屈めて私の膝に頭をすり寄せてくるリーフに、慌てて待ったをかける。
「ちょっと待ちなさい、リーフ。膝に乗る時はその姿ではダメよ」
容姿端麗な青年の姿でそんなことをされては、私があらぬ趣味を持った悪女っぽく見えるじゃない!
きょとんとしたあどけない顔でこちらを見上げる無防備なリーフは、いかにも純真無垢そうに見える。私と真逆だわ……
「あ、そうだった!」
白い狐の姿に変身したリーフは、私の膝の上で丸くなるとスヤスヤと眠り始める。
「起きて。ウンディーネ様が、貴方に用があるそうよ」
「なーに? 僕眠い……」
『リーフ様、今日こそは【愛】の記憶の継承を……』
「えーまた今度でいいよー」
あれからウンディーネ様が記憶を継承させようと通っておられるけれど、何故かリーフはあまり乗り気じゃないのよね。
「そんなこと言わずに、ウンディーネ様も困ってるわ」
「だって、怖いんだ。記憶を継承すればするほど、僕は僕でなくなっちゃう。それに……」
何かを言いかけて口を噤んだリーフは、私の膝の上で小さな体を震えさせていた。
「申し訳ありません、ウンディーネ様。やはり今日も難しいようです」
ジン様から記憶を継承した後、リーフは数カ月眠ったままだった。
記憶の継承はきっと、身体に大きな負荷がかかるのだろう。いくらリーフが大精霊ユグドラシル様の後継者とはいえ、無理強いはできないわ。
『わかりました、また出直します』
私とリーフを交互に見たウンディーネ様は、そう言って悲しそうに眉尻を下げた。
リシャールとウンディーネ様が帰ったあと、私はリーフを抱えて温室に戻った。
腕の中ですやすやと寝息を立てるリーフは、まだどこか本調子ではないようだ。
リーフもマリエッタも、早く以前のように元気を取り戻してくれるといいわね。
「ヴィオラお嬢様。ノーブル大商会から、お手紙が届いております」
「ありがとう、ミリア。後で確認するわ。そこのテーブルに置いてて」
「かしこまりました」
起こさないように、リーフをそっと寝台用のバスケットに寝かせて、私は手紙に目を通した。
アレクの経営するノーブル大商会には、フェリーチェの開店準備を手伝ってもらっている。
進捗報告に目を通していると、最後の一文を見て衝撃を受けた。
「嘘でしょ……⁉️ まさかここまできて、出店許可が下りないなんて!」
魔法アイテムでもない限り、許可を取るのはそう難しくないって話だったのに。
もしかして、リーフの祝福が引っ掛かったのかしら?
手紙にはもう一度申請するので、商品のサンプル品を送ってほしいと書かれている。
仕方ないわね。それから私は商品のラインナップとする香水を作り直して、再度送った。
眠っているため、もちろんリーフに祝福はかけてもらっていない。今度こそ、開店許可が下りるといいわね。
◇
リシャールがログワーツ伯爵領へ戻って一週間が経った。
代理領主の引き継ぎを終えて、そろそろアレクが帰ってくる頃ね。
そんなことを考えながら温室の花壇の一角に視線を落とす。
季節外れに咲いた白いデイジーを見つめていると、リーフに声をかけられた。
「今年も植えたんだね。なにか作るの?」
私の隣に着地したリーフは、開花したばかりのデイジーにそっと手を伸ばす。そして香りを楽しむように、顔を近付けた。
「ううん、これは観賞用よ。でももし何が作るなら……冠、かしら」
「かんむり?」と首をかしげるリーフに、分かりやすく言い直した。
「頭に被せるものよ。昔、家族でピクニックに行った時に、お兄様が私とマリエッタに作ってくれたことがあるの」
それはまだ、お母様が生きていた頃の大切な思い出。
お日様に向かって元気に咲いていたデイジーの花で、お兄様は幼い私たちに花の冠を作って被せてくれた。
「ヴィオのお兄様って……あの怖い人でしょ?」
「あら、覚えてるの?」
「ヴィオの育てた花壇、ぐちゃぐちゃにした」
そう言って、リーフは悲しそうに目を伏せた。
「あーそうね。リーフの目には、そう映ってしまうわよね……」
お兄様が花を嫌いになってしまったのは、元はと言えば私のせいだ。
「違うの?」
「私にとってお兄様は……」
その時、温室の扉がガチャンと音を立てて開いた。肩で呼吸をしながら息を切らせてやって来た人物に声をかける。
「久しぶりね。おかえり、アレク」
「ヴィオ……!」
こちらを見て目に涙を浮かべたアレクは、何故かそのまま両手を伸ばし私にすがりついてきた。首と背中を抱え込むように手を回され身動きがとれない。
「い、いきなり何よ⁉ 苦しいんだけど……」
私の肩に顔を埋めたまま、アレクは動かない。
「あれは、嘘だったの……?」
掠れた声で絞り出すように問いかけられたアレクの質問の意味が、全く分からない。
「あ、あれって何?」
「今までの婚約者は、ヴィオにとって特別ではないってこと……」
「いきなり何を言い出すの?」
「伯爵邸で僕、見ちゃったんだ。君がログワーツについて詳しく調べあげたノートを……!」
「ああ、要らなくなったからマリエッタにあげたやつね。ていうか、よく私が書いたやつだって分かったわね……」
「君の字体くらい、すぐ分かるよ!」
ごめん、アレク。私はあなたの字体までは区別つかないわ。
「あんなに熱心に調べるほど、彼のことを……っ」
顔を上げたアレクは、そう言って唇を噛み締めていた。
「もしかして、リシャールのためにやったって思ってるの?」
「それ以外に何があるのさ!」
あまりにもアレクが予想外な勘違いをしているのがおかしくて、思わず肩が震え出す。笑っちゃいけないと俯いて堪えたのがいけなかった。
アレクは私が動揺していると思ったのか、「ヴィオは誰にも渡さない!」と、また腕の中に閉じ込められてしまった。
「あはは! そんなわけないじゃない! 落ち着いて、アレク。貴方が思ってるような理由じゃないわ」
彼の胸を押して距離を取るよう促す。腕を解いたアレクは、不安そうにこちらを見ている。
「想像してみてよ。一生を不便なところで暮らしていくのに、何の対策もせず嫁いで苦労なんてしたくないわよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ログワーツでも雪が積もらない時期はあるわ。少しでも趣味を楽しむためには、専念できる環境作りが大事でしょ?」
「もしかして、あっちでも趣味を謳歌するために……?」
「それ以外に何があるのよ」
誤解は解けたと思ったのに、アレクはまだ納得してないような視線を向けてくる。
「……だって戻ってくるなり彼は、君にもらったメモ紙を大事そうに眺めていたんだよ!」
「それはマリエッタの理想を箇条書きにして記したメモよ。リシャールの覚悟を試させてもらおうと思ってね」
「つまり、全部僕の勘違いってこと……?」
「ええ、そうよ」
「あぁ……よかった……」と気が抜けたように、アレクはその場にしゃがみこんだ。
「この一ヶ月と半月の間、本当に生きた心地がしなかったんだ……」
額を手で覆いながら湿っぽいため息を漏らすアレクを見て、何だか笑ってしまったことに少し罪悪感がわいてきた。
「アレク、これを見て」
左手をアレクに差し出して、薬指に嵌められた指輪を見せる。
「貴方と婚約するって大神殿で約束したじゃない。私が勝手に約束を反故にすると思ってるの?」
「勝手にはしないだろうけど、宣告してからなら可能性あるよね。ヴィオ、一度決めたら譲らないし……」
「はは……よく分かってるわね」
伊達に付き合いが長いだけ、たちが悪い。私の性格をよく熟知してるじゃない。しかもこちらは経験者、婚約の解消の仕方はよく分かってるわ。
「僕ばっかりがヴィオのこと好きすぎるから。その愛の重さに耐えれなくなったら、君は離れてしまうんじゃないかって……ずっと不安だったんだ」
これは中々重症だわ。ログワーツでよほど思い詰めていたのね。
寒さのせいで心まで凍えてしまったのかしら?
「この指輪、貴方がいない間もずっと着けてたわ」
「そ、そうだったの……⁉」
「ええ。貴方が不安に思ってるよりもずっと、私はアレクのこと好きよ。だからほら、もっと自信を持ちなさい」
そう言って手を差し伸べると、アレクは私の顔と手を交互に見たあと、嬉しそうに私の手を掴んで立ち上がった。
「それよりもアレク、その格好……まさか帰宅せずにそのまま来たの?」
任務に向かう時の騎士服を着用しているアレクに、私は思わず尋ねた。
普段彼がここに来る時は、お父様の目を気にしてか、きちんとした格好で来ることが多いのよね。
「一刻も早くヴィオに会いたくて、帰りに寄ったんだ」
「ということは、報告もまだなのね……急いで帰った方がいいわ! こんな所で寄り道してたら、ウィルフレッド様に怒られるわよ?」
「はっ! そうだね……名残惜しいけどそうするよ」
またすぐに会いに来るから! と言い残して、アレクは慌ただしく去っていった。
本当に嵐のような人ね……なんて思いながら彼の背中を眺めていると、「いいこと思いついた!」とリーフが突然叫んだ。
「急にどうしたの?」
「仲直り! お兄様とも今みたいに誤解を解いたら、仲直りできるんじゃないかな? ヴィオ、お兄様のこと大切なんでしょ? だってデイジーがこんなに綺麗に咲いてるんだもん」
デイジーは暑さに弱くて、寒さに耐性のある花。本当なら開花時期は冬から春なんだけど、思い出のあの日……涼しい気候が続いていたせいか秋に咲いていた。
幸せだったあの時間を再現したくて、私は毎年秋に開花するようにデイジーの花を植えていた。
最初はうまく咲かせることができなかったけど、今では温度の管理をして綺麗に咲かせることができるようになった。
「お兄様と仲直り……確かに、できたら嬉しいけど……」
結婚式の時もまともに話せなかったし、きっとお兄様は私のことを許してはくださらないだろう。
「だったら一緒に作ろうよ、仲直りのプレゼント! 大丈夫、ヴィオの想い、きっと届くから!」
お兄様に想いを届ける……確かに私は、その努力をしていなかったわね。
リーフの言葉で、初めてそう気付かされた。
「そうね。ありがとう、リーフ。私、頑張るわ」
お読みいただき、ありがとうございました!
明日の更新分から、2巻の初稿として提出したお話を1日1話、12時に更新予定ですので、ぜひ最後まで楽しんでいただけると幸いです。












