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31、記憶喪失のマリエッタ

 ログワーツ領から保護して連れ帰ったマリエッタは当初、ひどく衰弱していた。


 薬剤注射による普通の治療では意識が戻らず、お父様が陛下にお願いして王家専属のお医者様を呼んでくださった。

 最新の魔法治療を併用して行い一週間が経った頃、ようやく目を覚ましてくれた。


「……お姉様?」

「よかった、マリエッタ。目覚めてくれて……っ!」

「私は……」

「無理しなくていいのよ、マリエッタ」


 体に障らないよう、起き上がるのを手伝った。


「寒く、ない……こんなに薄着なのに……寒く、ない……ここは……」


 自身の着ているネグリジェの薄手の袖を触りながら、マリエッタが呟いた。


「ヒルシュタイン公爵邸よ。マリエッタ、何があったか覚えてる?」

「確か、とても寒いところに居ました。でもどうしてそこに居たのか、分からないのです」

「そうなのね。きっとまだ目覚めたばかりで記憶が混濁しているのよ。お医者様を呼んでくるわ」


 お医者様の見立てでは、極度の疲労と衰弱、ストレスによる一時的な記憶障害だろうとの事だった。


 あれだけ過酷な場所で生活していたのだ。忘れたい気持ちも分かる。きっと時間が解決してくれるだろうと思っていた。


 体の方は少しずつ回復し、一ヶ月も経つ頃には庭園を散歩したり一緒にお茶を楽しめるくらいには元気を取り戻してくれた。


 しかしリシャールがお見舞いに来た時、事態は思っていたよりも深刻なものだという事が分かった。


「マリエッタ、リシャールの外出許可が出たみたい。昼からお見舞いに来るって連絡来てたわ」


 全ての審判が下るまで、王家お預かりの身となっているリシャールは、自由に外出が出来ない。

 そんな中で何とか頼み込んで、お見舞いの許可を取ったのだろう。

 マリエッタもきっと喜ぶだろうと思っていた。


「リシャールって、どなたですか?」


 けれど返ってきた言葉はあまりにも予想外で、首を傾げながら尋ねてくるマリエッタの様子を見る限り本当に誰か分かっていないように見えた。


「リシャール・ログワーツ伯爵は、マリエッタ、貴方の夫よ」

「私、結婚していたのですか!?」

「ログワーツ領はとても寒いところで、そこで共に生活していたのよ」

「全く、思い出せません……」

「ほら、リシャールの顔を見れば思い出せるかもしれないわ!」

「そうだと良いのですが……」


 不安を抱えながら昼を迎え、庭園でティータイムを楽しんでいた頃、リシャールを乗せた馬車が到着した。


 騎士達に護衛という名の監視をされながら現れたリシャールは、緊張した面持ちをしているように見えた。


 元気なマリエッタを見るなり、リシャールは目に涙を浮かべ駆け寄ってきた。


「目を覚ましてくれて本当によかった。マリエッタ、色々すまなかった」


 マリエッタの両手を握りしめ、嬉しそうに話しかけるリシャールとは対照的に


「あ、あの……どちら様ですか?」


 いきなり手を取られた事に驚いたのか、マリエッタは若干怯えているように見えた。


「リシャールだ。リシャール・ログワーツ。マリエッタ、君の夫だ」

「貴方が……ごめんなさい。私、貴方の事を何も思い出せなくて……」

「そ、そうなのか……すまない。いきなり手を取って、驚かせてしまったな」


 ハッとした様子でリシャールは、震えるマリエッタの手を放した。


 顔を見れば思い出すなんて考えていた甘い自分を、激しく後悔した。


「喉乾いたでしょう? とりあえずリシャールも席について、少し話しでも……」


 固まるリシャールに声をかけて席に促し、控えていたミリアに準備を頼みティータイムを仕切り直す。


 とはいえマリエッタもリシャールもお互い何を話せば良いのか分からないようで、口を開いては閉じ、開いては閉じと沈黙ばかりが重くのし掛かる。


「そうだわ、折角だから二人の馴れ初めを聞きたいわ。マリエッタも何か思い出すかもしれないし!」


 あまりにも見ていられなくて、咄嗟に私はそんなことを口走っていた。しまった、余計なお世話だったわね……


 渡りに船と思ったのか、リシャールが昔を思い出しながら語ってくれた。


「マリエッタとの出会いは、俺が王立アカデミーに転入してすぐのこと。階段から落ちそうになっていた彼女へ咄嗟に手を伸ばし、助けたのがきっかけだった」


 へぇーそんな出会いだったのね。


「女性に触れたのはそれが初めてで、すっぽりと腕に収まるマリエッタの華奢さに正直驚いた。そしてこちらを恥ずかしそうに見上げるマリエッタの可憐さに、思わず見惚れてしまった」


 自分から蒔いた種だけど、私は何を聞かされているのかしら。


「どう? マリエッタ。何か思い出し……」


 リシャールから目を逸らすように俯き、マリエッタはカタカタと震えていた。


「どうしたの?! 大丈夫?!」

「わ、私は……」


 この光景、昔見たことあるような……確か、セドリック! あの糞野郎がマリエッタを自分好みの人形に仕立てようとしていた、あの忌まわしい事件の時よ!


 もしかするとマリエッタはあの事がトラウマで、一方的に寄せられる好意に恐怖を抱くのかもしれない。


「大丈夫。リシャールはセドリックとは違うわ。貴方の嫌がることはしないはずよ。もししようものなら、今度はグーで殴ってやるから安心なさい」

「お姉様……!」


 ぐっと握り拳を作って見せると、マリエッタは安心したようにほっと表情を緩めた。


「すまない、マリエッタ。君を怯えさせるつもりはなかったんだ」


 私達のやり取りを見て、リシャールは慌てて頭を下げた。


「私の方こそ、思い出せなくてごめんなさい」

「大丈夫、焦る必要はないんだ。また好きになってもらえるよう、努力するから」

「リシャール様……」

「そうだ、まずは手紙から始めるのはどうだろう? 毎日、君宛に手紙を書くよ。気が向いた時にでも、返事をくれたら嬉しい」


 どちらにせよマリエッタにはまだ療養が必要だし、ちょうどいいかもしれないわね。それに手紙なら直接顔を会わせなくてすむ分、マリエッタの負担も少ないだろう。


「分かり、ました」

「ありがとう」


 こくりと頷くマリエッタに、リシャールは満面の笑みを浮かべてお礼を述べた。


「コホッ、コホッ」

「マリエッタ、そろそろ休んだ方がいいわ」


 お医者の見立てでは少しずつ体を動かした方が良いらしいけど、まだ無理は禁物だと仰っていた。


「はい、そうします。お姉様、リシャール様、お話出来て楽しかったです。それではお先に失礼します」


 メイドに支えられて、マリエッタは室内へ戻った。心配そうにその背中を見つめるリシャールに、私は声をかけた。


「見ての通り、マリエッタの体はログワーツの過酷な環境には耐えられない。リシャール、これからどうするつもり?」

「もう二度とあんな苦労はさせない。ログワーツ領を、マリエッタが安全に暮らせる場所に変えていく。だからそれまでどうかマリエッタの事を、よろしく頼む……っ!」


 リシャールの瞳には固い意志が宿っているように見えた。


「分かったわ。それなら、これをあげる」


 私はポケットに忍ばせていた紙をリシャールに渡した。


「これは……」

「マリエッタが子供の頃に憧れていた理想の暮らしを、覚えてる限り箇条書きにしたものよ。いくつ叶えられるか貴方の覚悟、試させてもらおうじゃない」

「ああ、尽力しよう」


 子供の理想だから、非現実的な事がたくさん書かれているわけだけど、どこまで変わるか楽しみね。


「そうだ、ヴィオラ。リーフ様にお会いしたいとウンディーネ様が」

『今日こそは、どうか記憶の継承を……!』


 ああ、そっか。もう一つ問題が残っていたわね。

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