【追加エピ】お似合いのドレス
日中は調香、夜は読書に明け暮れて約二週間が経った頃、私はお父様にお土産としてもらった本を全て読み終えた。
「南部にはこんなに面白い植物があったのね!」
感動の余韻に浸りながらソファから立ち上がり、大事な本を収納しようとギチギチに詰まった本棚とにらめっこする。
植物関連の本はもちろん外せない。悩みながら背表紙を吟味し視線を移していくと、ある本たちが目に留まる。
「これはもう、私には必要ないわね」
ログワーツの勉強に使った資料本を全て取り出し、新たな宝物たちを大事に本棚に差し込んだ。
書庫に戻してきてもいいけど、手に入りづらくて集めるのに結構苦労したのよね。折角だからマリエッタに渡してこよう。
極寒地帯での生活は過酷だ。事前知識は絶対にあった方がいい。私が知識をまとめたノートも役に立つといいわね。
時間を確認すると、時計の針は夜の九時を指している。まだ起きているだろうと、一式を手にした私はマリエッタの部屋へ向かった。
「よかったらこれ、ログワーツ伯爵領の本なんだけど読んでみて。寒い場所での生活は色々大変だと思うから」
「はい、ありがとうございます!」
素直に受け取ってくれてよかった。
ほっと安堵の息をもらしていると、「それよりもお姉様! ちょうどよいところに!」と満面の笑みを浮かべたマリエッタに手首を掴まれ部屋の中へ引きづりこまれた。
何事かと視線を部屋に移すと、ベッドやソファにはドレスが広げられ、その上にはアクセサリーが散乱。床にはくしゃくしゃに丸められた紙がいくつも転がっている。
テーブルの隅に渡した本を置いたマリエッタはソファのドレスを寄せ集め、急いで私の座るスペースを開けてくれた。座るように促されて、ドレスの山が倒れてこないよう慎重に腰をおろした。
「お姉様はどれがいいと思いますか?」
ずずっと差し出されたのは、一冊のスケッチブック。
ページをめくると、繊細なタッチで描かれたドレスのラフ画が目に入る。
まるでプロのデザイナーが描いたかのような素晴らしい出来に、思わずページをめくる手がとまらない。
「まぁ、どれも素敵ね! これ全部、マリエッタが描いたの⁉」
「はい! ウェディングドレスが中々決まらなくて困ってたんです。お姉様、よかったらアドバイスもらえませんか?」
昔からお絵描きが好きな子ではあったけど、ここまで腕が上がっていたなんて驚きだわ。
マリエッタが悩んでいる時、大抵答えは出ている。
こうして尋ねてくる時は、後押しをしてもらいたい時なのよね。確かめるために、私はマリエッタに問いかけた。
「ちなみにリシャールは、どれがいいって言ってたの?」
「リシャール様は、これです」
なるほど、華美な装飾少なめの清楚でシンプルなものを選んだのね。確かにマリエッタの可愛さを引き立ててくれそうではある。でもマリエッタの顔を見る限り、彼女の中でそのドレスは一番ではなかったのだろう。
「それじゃあマリエッタは、どれがいいと思うの?」
「私はこちらの……」
恥ずかしそうに彼女が指差したのは、マーメイドラインのセクシーでエレガントな印象を受けるドレスだった。
これは……着たいものと、似合うものが違う典型例じゃない!
高身長で豊満な体型の私が可愛いプリンセスドレスが似合わないのと一緒で、小柄で華奢な体型のマリエッタには着こなすのが難しいドレスだわ。
「似合いません……よね。やはりリシャール様が選んでくださった方が……」
「相手の好みに合わせ過ぎる必要はないわ。一生に一度の結婚式だもの、私はマリエッタが好きなドレスを着てほしい」
マリエッタが一度目の婚約者セドリックと破局した腹立たしい理由を思い出して、思わず口にせずにはいられなかった。
相手の言いなりになって、好きな洋服も髪型も出来ない。明るかったマリエッタを自分好みの人形に仕立て上げようとしたあの糞野郎、今思い出してもムカつくわね。
「お姉様……そう、ですよね……でも……」
「どうしてこのドレスがいいって思ったの?」
「優雅で大人っぽいデザインに憧れてて、リシャール様にいつもとは違う私を見てほしいと思ったんです」
「だったらマリエッタが選んだこのドレスを、一緒にブラッシュアップしてみない? 例えば……」
譲れない部分と変えても良い部分を慎重に聞き出して、マリエッタに似合うようデザインを一緒に考えていく。
まず絶対に変えるべきは、胸元のデザインだろう。デコルテが華奢なマリエッタには、胸元を強調したハートカットは正直悪手だ。
それでもこのデザインを残しつつカバーするなら、レースのホルターネックあたりに変えてセクシーさを残しつつデコルテを自然に隠せれば良いわね。さらにマーメイドラインを残しつつ、似合うようにするには……
「ウエストを少し高い位置から切り替えて腰のラインを出しつつ、斜めにフリルを入れて裾にもっとボリューム持たせるのはどう?」
パラパラとスケッチブックをめくって、イメージに近いデザインを見せつつ提案してみる。
「確かに、素敵です! 一度描いてみます」
意気揚々と引き出しから筆記具を取り出したマリエッタは、スケッチブックにラフを描き始める。彼女が握りしめている使い込まれた筆記具を見て、私は驚きを隠せなかった。
「まだ……使ってくれていたのね、そのマジックペン」
「はい! とても気に入ってるんです。お姉様が誕生日にくださった、大切なものですから」
魔力を補充することで、繰り返し使える魔道具の筆記具、通称マジックペン。魔法のインクは思い描いた色に変化するから、お絵描きが好きなマリエッタにちょうどいいと思って贈ったのよね。
飽きっぽいマリエッタが、まさか未だに持っていてくれたなんて。
「魔力の補充に持ってこなくなったから、てっきり飽きて使ってないのだと思ってたわ」
「そ、それは……! お姉様の手を煩わせたくなかったので、魔石で補充をしてたんです」
私のところに持って来づらかったのね。マリエッタが私の婚約者と真実の愛に目覚める度に、確かに少し距離が出来ていたのは否めない。
「みずくさいじゃない。これからは、遠慮せずに持って来なさい」
遠慮がちに「よろしいのですか?」と尋ねてくるマリエッタに、「もちろんよ」と私は頷いた。
結局その日は夜遅くまでマリエッタに付き合って、ドレスのデザインを一緒に考えた。満足の一着が完成したようで、マリエッタはとても喜んでくれた。まるで幼い頃に戻ったかのようにたくさん話せて、とても楽しい夜だった。
「ヴィオ、ぼーっとしてどうしたの? みずたまりできてる」
翌日、温室で水やりをしているとリーフが心配そうに尋ねてきた。どうやら一ヶ所に水を掛けすぎてしまったらしく、足元は大惨事だった。
「ああ! 根腐れしちゃうわ、どうしようリーフ!」
「ぼくにまかせて」
リーフが水を被り過ぎてしまった花の苗にツンと鼻先を付けると、祝福を受けた花の苗が光りだす。花の苗は地表にたまった水を吸収しながらぐんと成長し、美しい花を咲かせた。
「よかった、ありがとう。実はマリエッタが半年後には嫁いでいっちゃうんだって改めて思うと、唐突に寂しくなっちゃって……」
しゃがんで土の様子を確認しながら、私はリーフに正直な気持ちを吐露した。
「まりえった、だいじ?」
「ええ、大事よ。マリエッタは私の可愛い妹なの。半年後には寒いところへ嫁いでしまうから、気軽に話すことさえ出来なくなると思うと昔の思い出が走馬灯のように……!」
我が儘で気分屋なところはあったけど、それは早くにお母様を亡くして寂しかったのも少なからず影響していたと思う。私の後を雛鳥のように付いてくるマリエッタは、とても可愛いかったわね。
その小さな手を握りしめて、お母様の分までこの可愛い妹が幸せになれるように守ると誓った。それは私の意志であり、目をそらしてはいけない贖罪でもあった。
「ヴィオのきもち、かたちにしてマリエッタにつたえる! おとうさまみたいに、プレゼントは?」
「プレゼント……確かにそれは良い考えね! ありがとう、リーフ」
気持ちを切り替えて、私はマリエッタへのプレゼントを作ることにした。
冷えは女性の大敵っていうし、あっちに行っても役立つものを作ってみよう!
半年後、マリエッタが旅立つ時に渡せるといいわね。