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29、ウンディーネの悲願

 ――ピチャン


 水滴が落ちる音が聞こえた後、目の前でぴょこっと輝く新緑の芽が顔をだして双葉が咲いた。


 植えた種が初めて発芽した時、とても嬉しかったわね。何日待っても芽を出さない種もあって、日当たりや水の量、気温なんかも大事だって庭師に教えてもらって何度も挑戦した。


 そっと双葉に触れてみる。


『目を覚まして、ヴィオ! 君は誰よりも命の大切さを知っている。そんな君に大切に育てられた植物達は、いつも幸せそうだった』


 双葉を通して、リーフの声が聞こえてきた。


 お母様の好きだったものを、大切にしたかった。忘れたくなかった。もっと皆に知って欲しかった。


『あの時僕の命を繋いでくれたのは、紛れもなく君が大切に育てた庭園の植物達だ。彼等の放つ生命力が、僕を回復させてくれた。だから今度は、僕が君を助けてみせる!』


 助けられたのは、私の方だよ。

 リーフのおかげで、私は堂々と植物に触れる理由を手に入れた。貴方が契約を結んでくれたから、やりたい事をやっていいんだって幸せをもらった。


『君の願いを、君の夢を、双葉に込めて!』


 私の願い……私の夢……その原点にあるものは……想い出の詰まった香りを、もっと長く堪能したかった。お母様の香りに、包まれていたかった。


 そしていつか、せめて香りだけでも……お兄様にお母様の想い出を届けたかった。


 お母様の分まで、マリエッタの幸せをきちんと見届けたかった。


 私達の前では涙を堪え、必死に育ててくださったお父様を少しでも支えてあげたかった。


 私の好きなものを真正面からすごいと褒めて支えてくれたアレクに、もっと感謝を伝えたかった。


 こんなところで、嘆いてる場合じゃないわ!


 それにこれからもリーフと一緒に、楽しく過ごしていきたいわ。


『うん、僕も!』


 私の想いに応えるように双葉がすくすくと育ち、やがてそれは大きな大樹となった。


 ――パリン


 大樹が黒い空間の天井を突き破り、日の光が差してくる。


「ヴィオ! よかった、目を覚ましてくれて……!」


 今にも泣き出しそうな顔で、アレクがこちらを見てくしゃりと笑った。


 手を伸ばし、アレクの目尻にたまった涙をそっと拭う。


「ありがとう、アレク。貴方が居てくれたから、私はいつも勇気をもらっていたわ」


 私の手に自身の手を重ねたアレクは、愛おしそうに頬を擦り寄せた。


「ふふっ、くすぐったいわ。アレク、ウンディーネ様は……」

「拘束結界を強化して抑えてるよ」


 上体を起こすと、増やされた光の輪で簀巻のように転がされているウンディーネ様の姿があった。


「ジンが説得するって言うから控えめにしてたけど、最初からこうしてればよかったよ」


 うわ……相変わらず本気出すと容赦ないわね……


『ウンディーネは昔、聖母のように優しかったのだ……まさかあそこまで荒んでいるなんて思わなかったのだ……すまない。我の力不足だ』

「どうか元気を出してください、ジン様」


 ジン様にとってウンディーネ様は、同じ使命を受け共に頑張ってきた仲間みたいなものだろうし。


「リーフ」


 さっきから姿を見せないリーフが心配になって、名前を呼んだ。しかしリーフは現れない。


 その代わりに、さやさやと木々のざわめきが聞こえた。見上げるとそこには空一面を覆うほどの大樹があって、ふわふわとした白い綿毛のようなものが降ってくる。


 その綿毛は枯れてしまった木々を甦らせ、黒く染まった地面を緑豊かな大地へと変えていく。


 温かなその綿毛に触れていると、自然と心に希望がわいてくる。


『あぁ……ユグドラシル様……っ!』


 降ってきた綿毛に触れた瞬間、ウンディーネ様が涙を流す。拘束が解かれ、ボロボロだった容姿が嘘のように、元の美しい姿を取り戻された。


 踞っていた精霊騎士達も浄化されて、目を覚まし始める。


「ここで、何をしていたんだ?」

「俺達はどうしてここに?」


 近くに迫っていた領民達も、どうやら正気を取り戻したらしい。


 やがて大樹は姿を変え、私達の前に姿を現した。


「よかった、何とか成功して! 僕、すごーく頑張ったんだよ! ヴィオ、ほめてほめて!」


 目の前にはいつものリーフが居て、私はほっと胸を撫で下ろした。


「リーフ、本当にすごいわ! 皆を救ってくれてありがとう」

「ヴィオが力を貸してくれたから、出来たんだよ」

「私が……?」

「愛の記憶を持たない僕に、君は色々な愛のあり方を教えてくれた。世界樹の力の源は、皆からもらった愛の力を世界に届けることだからね」

「世界樹の力の源が、愛……?」

「植物達に注いでくれた愛もだけど、家族や友人、恋人、困った人達に、君は様々な愛をもって接していた。そんな君を近くで見て、僕は愛の力の使い方を思い出したんだよ」

「その恋人ってところ、もう少し詳しく聞いても?」


 アレクの質問に、リーフはにっこりと笑顔を浮かべて答えた。


「ヴィオはね、アレクの事が大好きなんだよ! 君の香水を作る時、いつにも増してたのしそうで……」

「リーフ! 余計な事を言わなくていいの!」


 慌ててリーフの言葉を遮ったものの、ばっちりとアレクに聞かれてしまって恥ずかしいことこの上ない!


『あ、あの……』


 その時、遠慮がちにウンディーネ様が声をかけてこられた。


『ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした』


 深く頭を下げた後、ウンディーネ様はリーフの方をじっと見つめるも、中々言葉が出てこないようだった。


「ウンディーネ、どうしてあんなに怒っていたの? 君は誰よりも真面目に役割をこなしていたはずだよね?」


 リーフに声をかけられ、ウンディーネ様の目の端にはじわりと涙が滲んでいく。


『私は……ユグドラシル様の愛されていた景色を、ただ守りたかったのです』


 そこからゆっくりと、ウンディーネ様は当時の事を話してくださった。



 年々厳しくなるログワーツ領の気候から人々を守るため、その地を見守る役目を与えられたこと。


 しかし世界樹炎上事件の後、ジン様が警護をしていた時に魔族に襲撃され、託された精霊卵が行方不明になった。


 必死に探し回って見つけたのは、無惨に潰された精霊卵の残骸で希望が完全に潰えてしまったこと。


 無念を抱きながら、ユグドラシル様の愛されていた景色だけはどうしても守りたかったこと。


 しかし年月が経つに連れ、ログワーツの領主は自然と共生する事を止め、少しずつ近代化を望むようになった。


 山を切り開き、自然を壊していく姿を目の当たりにし、やめるよう訴えた。


 すると今度は雪山に住む生き物達を糧するためでもなく、不当に捕獲し売却し始める行為に我慢の限界が来た。


 闇魔道具で拘束される間際に、ログワーツ領全体に呪詛を仕掛けた。人々がかつての生活を自ら営みたくなるようにと……

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