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25、様子がおかしいログワーツ領

 途中で精霊獣達を休ませつつ、食事休憩を挟みながら進むこと半日。昼過ぎにはログワーツ領の白い雪の大地が見えてきた。


「空から行くと一日もかからないのね」

「山も川も無視して、最短コースで向かえるからね。ヴィオ、寒くない?」


 防寒機能に優れた騎士御用達の外套のおかげでそこまで寒さは感じない。


「ええ、大丈夫よ」


 むしろねっとりと纏わりつくような不気味な風が頬を掠める感覚に、悪寒がする。ログワーツ領へ入ってから生じたこの違和感は一体……


「ちぇ、残念」

「何が残念なの?」

「寒いなら僕が温めてあげようと思ったのに」


 ギロリと視線を感じて横目で確認すると、こちらを観察しているリカルド卿の姿があった。


「暑い! むしろ暑いくらいよ! 離れなさい、アレク!」

「今は無理だよ、落ちちゃうからね!?」


 お父様、絶対リカルド卿に別の任務与えてるでしょ!


 あの舞踏会の後から、どうも目を光らせて監視されているような気がするのよね。


 万が一による四度目の婚約破談を予め阻止すべく、神経を尖らせておられるのかしら?

 それとも、アレクの信用度がお父様に足りないせいなのかしら?


 民衆からのアレクの支持は確かに高い。市民ファーストで経営する大商会は、圧政を強いる貴族との取引は断ったりしているらしい。だから昔は悔し紛れにアレクの悪評を広める貴族も居たのよね。


 笑顔であしらっていつもニコニコしているから、優しく温厚な王子だと女性人気は高かった。その軽さのせいで、一時の気の迷いだと思われている可能性もあるのしら。


 そんな事を考えていたら、雪山の麓にある集落を囲むように、黒い結界のようなものが見えた。


「アレク、見て!」

「あれは……ジン、あれって結構ヤバいやつじゃ……」

『ウンディーネが内側で厄介な結界を張っておるな』

「壊せる?」

『吹き飛ばす事は可能だ。しかし無理に全てを壊せば中の者達に危険がおよぶ可能性がある故、武力行使は控えた方が良いだろう』

「中で一体何が……」

『あそこまで黒く淀んだ結界は、深い絶望と嘆きの証。おそらく、契約違反が起こったのであろう』


 ログワーツ伯爵邸は、比較的平坦な雪山の麓にあるとリシャールは言っていた。あの黒い結界で囲われた中に、危険な場所にマリエッタが……っ!


「ジン様、あの結界を安全に解く方法はございませんか!?」

『今出来る方法は一つ。結界の一部を破って侵入し、ウンディーネの悲しみを止める事だ』

「光の精霊と契約しておられる大神官のルーファス様をお連れすれば、浄化してもらえるはずだわ!」


 私の提案に、アレクは悲しそうに目を伏せた。


「ルーファス猊下は一昨日から兄上と共に南部地方の祭事に向かわれているんだ。ここから精霊獣を飛ばしても、最低三日はかかるよ」

「三日もここで待機なんて待てないわ! その間にマリエッタが!」


 あの手紙が王都に届くまでの時差を考えると、悠長に構えている時間なんてない。

 契約違反は、精霊様にとって最大の禁忌事項だ。怒り狂い我を忘れた精霊様は、時に恐ろしい災害を引き起こす可能性だってある。一刻も早く浄化してさしあげなければ、その地が滅ぶ危険性だってあるのに……っ!


「大丈夫、ヴィオ。必ず僕が何とかするよ」


 私の頭を優しく撫でた後、アレクは同行してきた分隊のメンバーに命令を出した。


「ケビン、ヨルジュ! 君達はこれから南部の大都市シーサイドに向かって、ルーファス猊下を大至急お連れしてくれ」

「はっ、かしこまりました!」


 精霊騎士のケビン様とヨルジュ様が声を合わせて敬礼した後、急いで来た道を戻り始める。


「リカルド、君はヴィオを連れて安全な場所に避難し護衛を頼む。残ったメンバーは僕について、中へ突入する。ルーファス猊下が到着するまで、何とかウンディーネ様の暴走を抑えこむのが任務だ」

「はっ、かしこまりました!」

「待って、アレク! 私も行くわ!」

「駄目だ。危険な場所へは連れていけない。リーフが眠っている今、君には精霊の加護がないに等しい状態なんだ。僕達に任せて。必ず君の大切な妹は連れてくるよ」


 アレクの言ってる事は正しい。

 リーフの加護が弱まり、訓練も積んでいない私がいては、足手まといになる。分かってる、分かってるけど……っ!


 マリエッタがわざわざ暗号でメッセージを送ってくるなんて、よほどの事なのよ。


 欲しいものは欲しいって、昔から素直にはっきりと言う子だった。


 もしかするとログワーツ領に来て、普通に手紙を出す事さえ許されない環境に置かれていたんじゃないかって思ってしまうのよ。それに加えて精霊様の暴走だなんて……


「ヴィオラ様、ここに居ては危険です。安全な場所まで退避します」


 アレク達の背中を見送りその場で立ち尽くす私に、リカルド卿が声をかけてくれた。


 いやだ、このまま一人安全な所で待っているだけなんて……!


 自分の無力さに、じわりと目の端に涙が滲む。それを乱暴に拭き取り、私は叫んだ。


「リーフ! 私には貴方が必要なの! お願い、目を覚まして! 私に力を貸して……っ! このままじゃ、マリエッタが……!」


 その時、頭にリーフの声が響いてきた。


『泣かないで、ヴィオ。僕はいつだって、君の味方だよ』


 私の呼び掛けに応じるように、目の前で光が集約して大きな人型となった。


 中から姿を現したのは、神々しいオーラを放つ青年の姿をした精霊様だった。キラキラと輝く魔法衣を身に纏い、肩上まで延びた白髪の両サイドには、若葉を思わせる新緑色の髪が混じっている。


 あどけなさを残した以前の少年の面影はあまりないけれど、私には彼が誰なのかすぐに分かった。


「リーフ……!」

「ヴィオ、僕を呼んでくれてありがとう。おかげで目覚める事が出来たよ。そして思い出した。僕がやるべき本来の『役割』をね」

「記憶の融合が終わったのね。目覚めてくれて、本当によかった……っ!」

「一緒に助けに行こう! マリエッタは、ヴィオの大切な家族でしょ?」

「ありがとう、リーフ」

「それに本来の目的を忘れて暴走する精霊を静めるのは、僕の『役割』の一つだからね」


 禍々しい黒い結界に視線を向けたリーフは、「ヴィオはそこで見てて」と言い残し、空を飛んで結界の方へ向かう。


「この結界、僕が解くよ」


 結界の一部を壊し侵入しようとするアレク達にリーフは上空から声をかけた後、黒い結界に両手を添わせて語りかける。


「ウンディーネ、僕の断りなく勝手な行動は認めない。僕が君に命じた役割は、このように人々を縛り付け、苦しめるものじゃなかったはずだ」


 ピキピキと黒い結界にヒビが入り、パラパラと砂塵のように砕けて消えた。


「今の見たか?! 結界が一瞬で!」

「それもよりもあの方は!」

「大精霊ユグドラシル様が、どうしてここに!?」


 精霊騎士様達が驚きの声をあげる中、リーフは空を飛ぶと私の前に着地した。

 その光景を見て、「ユグドラシル様はヴィオラ様が呼ばれたのか!?」と精霊騎士様達からどよめきが起こる。


「見てくれた? ヴィオ! 僕ね、パワーアップしたんだよ! すごいでしょ! ほめてほめて!」


 威厳!

 リーフ、もう少し威厳を!

 精霊騎士様達が、外見と中身のギャップに混乱しておられるわ……


 見た目が変わっても中の性格が変わっていない事に、正直私は少しだけほっとしていた。


「とてもすごいわ、リーフ」

「ふふっ、ありがとう!」


 私はアレクの元に足を進め、声をかけた。


「精霊様の加護は手に入れた。アレク、私も同行させてくれるわよね?」


 本当にヴィオには敵わないなと、アレクは残念そうに小さく呟いた。


「まさかこのタイミングで呼び起こしてしまうなんて。駄目って言っても、無理やり付いてくるんだよね?」

「勿論」

「ヴィオ、僕は君を危険に巻き込みたくない」

「アレク、私はただ守られるだけなんて嫌よ」


 お互いの視線がじっと交錯すること数秒、アレクが不意に口元を緩めた。


「そうだね。君はとても強い女性だ。目を離すとすぐに見失ってしまうくらい、自分の足で前に進んでいってしまう。そんな君の隣に相応しい存在になりたくて、僕はこれまで必死に頑張ってきたんだ」


 不意にされた告白に、心臓がバクバクと脈打つのを感じた。


「そ、それなら私だって! 民のために陰ながら努力する貴方を尊敬していたわ。頑張る貴方が少しは息抜き出来るように、私の前でくらいはただのアレクとして普通に笑えるように、その背中を気兼ねなく預けてもらえる存在になりたかった」


 私の言葉にアレクは頬を赤く染め、嬉しそうに目を細める。


「きっと今、これまでの頑張りの成果を見せる時だよね。覚悟を決めたよ。一緒に行こう、ヴィオ」


 差し出された手を、私は力強く握りしめた。


「勿論よ、アレク」

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