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3、お疲れのお父様へ、ささやかなプレゼント

「無事に終わりました」


 お父様に、婚約解消の証明書を提出する。


「ヴィオラ、毎回お前にばかり苦労を掛けさせてすまないな」

「私は大丈夫です、お父様」


 今までお父様は、婚約の件で私に無理強いしたことは一度もない。

 相手を紹介する時もきちんと説明をしてくれて、それを私が承諾した上で婚約が結ばれてきた。

 もちろん破棄する時も、私の意思をまず最初に尊重してくれた。

 神殿に足を運ぶことくらい、何でもないのに。


「今はゆっくり休みなさい。お前が望むなら、ずっとここにいてもいいんだぞ」

「はい、お父様。ありがとうございます」


 社交界をお休みして悠々自適な調香生活!


 そういきたいところだけど、家督を継ぐのはレイモンドお兄様だと決まっている。

 いつまでも私が公爵家に居座り続けたら、将来的にお兄様のご迷惑になるだろう。


 壁に飾られたお母様の肖像画が視界に入り、胸の奥がズキンと痛む。

 私はお兄様に、取り返しのつかない傷をつけてしまったのだから……。


 優しいお父様の言葉に甘え続けるわけにはいかない。

 今のうちに自立して生活する方法を探す必要があるわね。


「マリエッタも、これで落ち着いてくれるといいんだがな……」

「もう結婚式の準備も進めてますし、きっと大丈夫ですよ」


 マリエッタとリシャールは私より一歳下で、まだ学生だ。今年卒業予定で、リシャールの卒業の一ヶ月前にこちらで式を挙げて卒業後はすぐにログワーツ領へ嫁ぐ予定だった。


 その予定はそのままマリエッタに引き継がれるため、約半年後には結婚式を挙げねばならない。短い準備期間だけど、本人は楽しそうに準備してるし大丈夫だろう。


「そうだな」


 小さくため息を落とされたお父様は、どことなく元気がないように見える。


 それもそうよね。小さい頃にお母様が亡くなって、男手一つで私達三人を育ててくださったお父様。最年少で王国名誉騎士に選ばれ、二十五年前の戦争では我が国を救った英雄として大活躍していたらしい。

 炎帝と親しまれ、今では王国騎士団を束ねる団長を兼任しながら、ヒルシュタイン公爵領も治めておられる。


 領地はレイモンドお兄様が補佐として手伝っていらっしゃるとはいえ、ただでさえお仕事が忙しいのは明白だ。


 それなのに、マリエッタが私の婚約者と真実の愛に目覚める度に、お父様は先方に事情の説明と、謝罪と、許しを得てから、新たな婚約証明書を作成して提出し直さなければならない。精神的にも、肉体的にも余計な仕事が増える分だけ負担がかかるはずだわ。


「お父様、お疲れですよね?」

「最近、あまり眠れてなくてな」


 明日から騎士団のお仕事で、南部地方へ遠征に向かわれるのに、大変だわ。


「それでしたらまたお父様専用に、安眠効果のあるアロマを調合しましょうか?」

「いいのか? ヴィオラの調合してくれるアロマグッズは効果抜群だからな!」

「喜んでもらえるなら何よりです。寝付きの悪さの他に、気になる症状はございますか?」

「そうだな、何かしてないと心が落ち着かなくてそわそわするんだ。それに、夜中に何度か目を覚ます事も多いな」

「わかりました。それらの緩和効果があるものを作ってきますね」

「ありがとう。助かるよ、ヴィオラ」



 それから一旦部屋に戻り、作業しやすい軽装に着替えて白衣を羽織る。


「うん、やっぱこの格好が一番落ち着くわ」


 戦闘服に着替えた私は、早速最高級の癒し空間へとやって来た。調合専用の作業部屋が併設されたマイ温室だ。


 私の趣味、それは調香!

 色んな香りを組み合わせて、自分だけのオリジナル商品を作って楽しんでいるのだ。マッサージオイルや、リップバーム、化粧水、香水、アロマオイルなど、用途によって色々使い分けている。

 そしてこの温室では、調香に必要な精油の材料となる花やハーブを育てているのだ。


 今は亡きお母様の影響で、昔から植物の香りを楽しむのが好きだった私は、庭師に混じってよく土をいじっていた。そんな私を見兼ねて、お父様がこの温室を作ってくれたのだ。とある条件付きで。


 その条件とは、マナー、教養、ダンスと、貴族令嬢として必要なスキル習得を疎かにしないこと。趣味に没頭するあまり、それらが疎かになる事は許されない。

 これは逆に言えば、完璧に出来ればいくら趣味に没頭しても許されるという意味だと捉えた私は、必死に頑張った。おかげでこうして趣味を満喫できるようになって、幸せだわ。


「ヴィオ、おかえりー!」


 もふもふの白い尻尾を左右に振りながら、短い前足をぴんと伸ばしてリーフがこちらに飛びついてくる。頭をすりよせてくる可愛いこの白狐は、幼い頃に私と契約を交わしてくれた精霊だ。


「ただいま、リーフ」


 頭を撫でるとリーフは気持ち良さそうに翡翠色の目を細めた。


 今でこそこうして無邪気に笑ってくれるようになったけど、出会ったばかりの頃は傷だらけのボロボロ状態で庭に倒れていて、色々大変だったのよね。


 精霊は自然のものや、長年大事にされてきたものを核として生まれる。草花や鉱石、篝火や朝露、使い込まれた道具など、核の種類は様々で、それに応じた属性の精霊になる。


 普通なら精霊はその核となった宿り木の記憶を持っているはずなんだけど、リーフは本来持つべきはずの記憶を持たず、名前さえも覚えていなかった。額にある木葉の紋様から何かの植物の精霊というのは分かったけれど、実際のところ未だに多くが謎に包まれているのよね。


 何も分からなくて怯えるこの子にリーフと名付けて、少しずつ言葉を教えてあげた。


「ぼくもヴィオといっしょに、おそと、いけたらな……」


 記憶を失う前によほど怖い目に遭ったのか、リーフは未だに屋敷の外に出ることが出来ない。しゅんと悲しそうに三角の耳を伏せてしまったリーフに、私は明るく声をかけた。


「大丈夫、無理しなくていいのよ。それよりもリーフ、今からお父様へのプレゼントを作るの。よかったら手伝ってくれない?」

「うん! 今日はなにをつくるのー?」


 私のお願いに、リーフはわくわくした様子で尻尾をふりふりしている。


「実はお父様が最近眠れないみたいで、改善できるものを作りたいのよ」

「おとうさま、だいじ? しんぱい?」

「ええ、そうね。だから、少しでも楽になってもらいたいの」

「わかった! ぼくもてつだうー!」

「ありがとう、リーフ。とても心強いわ」

「ヴィオのためだもん、ぼくがんばる!」


 リーフの加護が得られるなら、効き目の心配はしなくてもよさそうね。


 お父様の寝付きの悪さと眠りの浅さは、不安からくる過度な興奮による心労が原因だと思う。


 ブレンドする精油は、優れた鎮静作用を持つベルガモット、さらにリラックス効果を促すラベンダー、疲労回復効果を期待できるローズウッドを使ってみよう。


 最初に香るのは、トップノートのベルガモット。爽やかな柑橘系の香りで頭をすっきりさせて、ざわめく心を落ち着かせる。


 次に香るのは、ミドルノートのラベンダー。柔らかな印象を与えるフローラルな香りが、高いリラックス効果をもたらし安眠を促す。


 最後に香るのは、ベースノートのローズウッド。バラに似た甘さと、ややスパイシーなウッディの甘く優しい香りが、強力な癒し効果で心の疲れを取ってくれる。


 簡単に眠りへ誘うリラックス空間を作り上げることが出来るように、私はアロマキャンドルを作ることにした。


 作り方は簡単!


 ビーカーに蜜蝋を入れて、温度を確認しながら丁寧に湯煎して溶かす。粗熱がとれたら用意しておいた精油をブレンドして、よくかきまぜながら香りを確認する。調整が済んだら、芯をセットしておいたキャンドルホルダーに流し込む。後は冷まして固まるのを待つだけ!


「冷ましてる間にもう一つ作ってもいいかしら?」

「もちろん!」


 遠征先でもしっかりとお休みできるように、一週間分のアロマキャンドルに疲労回復効果のあるアロマミストを付けて、お父様にお渡しした。


 キャンドルほど時間は長続きしないけど、吹きかければその場で爽やかな香りを楽しめる。疲れた時の気分転換にでも役立ててもらえると嬉しい。


 リーフの祝福効果もついているから、きっと大丈夫。

 これでお父様が、少しでも元気になってくださったらいいわね。





 1週間後、お父様は無事に遠征から戻られた。


「おかえりなさいませ、お父様」

「ただいま、ヴィオラ。お前が作ってくれたアイテムのおかげで、助かったよ」


 これはお礼だと言って、お父様は南部地方で珍しい植物の本をお土産に買ってきてくださった。


「まぁ、ありがとうございます! お役に立てて光栄ですわ」

「よかったらまた……作ってくれないだろうか?」


 もちろんですわと快諾して、今度は違う香りのアロマミストやキャンドルをお渡しした。だって、毎日同じ香りばかりじゃ飽きてしまうかもしれないし。


 ああ、やっぱり調香って楽しいわ!


 こうして趣味に没頭し謳歌していた私は、後にそれがとんでもない事態を招く事になるなんて思いもしていなかった。

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[一言] ラベンダーの香りでトイレを連想するようになって、ラベンダーが安眠効果にならないのは 日本の芳香剤を作る会社のせいだと思ってるw
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