21、王太子の抱える悩み
とりあえず手に持つじょうろをさっと床に置いて淑女の礼をとる。
「王国の若き太陽ウィルフ……」
「ストーップ!」
突然慌て始めるアレクに邪魔をされた。
「僕の護衛騎士! 一緒に来たの、僕の護衛騎士!」
という体を装えという事ね。見たところウィルフレッド様は、目立たないよう一般の騎士服を着て誤魔化しておられる。ものすごいわけありのようね……一体何の相談なのかしら。
「出来れば目立たない所で話をしたいんだけど……」
「使用人にも秘密にした方がよいのかしら?」
「可能なら……」
「それなら、奥の作業部屋なら誰も入ってこないけど……」
「是非そこで!」
おもてなし用じゃないから実用性重視のテーブルと椅子しかないけれど、いいのかしら? まぁ、仕方ないわね。
二人を調香専用の作業部屋へと案内する。
本当は侍女に給仕をお願いしたいところだけど、それが今は出来ない。
でも今日は日差しが強くて少し暑いわね。額に汗を滲ませる二人を見て、私はお昼の休憩時に飲もうと冷やしておいたガラスのティーポットを冷蔵保管庫から取り出した。
グラスが冷えてないのが残念だけど仕方ない。戸棚からグラスとコースターを取り出し、ガラスのティーポットから美しい蜂蜜色のお茶を注いで二人に出した。
「レモングラスティーです。暑い時には冷やして飲むと美味しいんです。よろしければ……」
説明してる途中でアレクはグラスを傾けて飲んでいた。
「ぷはー美味しい! 生き返る! 兄上も飲んでみなよ」
「確かに、美味いな」
少しは涼んでもらえたかしら?
とりあえず私も席について、話を聞くことに。
「あの、それでご相談とは……?」
グラスのレモングラスティーを見つめ、どこか切り出しずらそうなウィルフレッド様に恐る恐る尋ねてみた。
「実は、その……ヴィオラ殿には不眠を改善したり疲労を即座に取ったりと、症状に合わせて効果的なアイテムを作る事が出来るとジークフリード団長に聞いたのだが……」
お父様……いい加減外で色々誇張するのはやめて!
「何かお困りの症状があられるのでしょうか?」
どうしよう。よく効くのはリーフの祝福効果のおかげなんだよね。
「実は……」から先の言葉が中々出てこない。よほど伝えにくい悩みをお抱えなのだろうか。アレクに視線を送ると、「兄上、言い出しにくいなら僕が代わりに……」と助け船を出した。
「いや、大丈夫だ。その…………中々子宝に恵まれずに悩んでおるのだ」
ちょっと待って、なぜそんな相談を私に!?
「えっと、その……流石に妊娠しやすくなるアイテムなどは専門外で……お医者様を頼られた方が……」
「医者には何度も見せた。体にはお互い、異常はないのだ」
「えっと、つまり……」
「俺がベッドに入ると、レイラが気絶してしまうのだ……」
私は何を聞かされているのだろう。ウィルフレッド様があまりにも真剣すぎて、どうしたらいいのか分からない。
「その……少しお手柔らかにされては……いかがでしょう?」
「…………それ以前の問題なのだ!」
なんですと!?
ベッドに入るだけで気絶……まさか……
「ちなみに、ベッドに入られる前に何かされていますか? こう、付けたりとか、塗ったりとか……」
「ムードを高められると聞いて、麝香を使っている」
「悪の権化!」
「ぷはっ!」
アレク、これ私に相談に来なくても解決出来たでしょう。あなた、自分の口で言えないからここに連れて来たんでしょう!?
吹き出して笑い堪えてるんじゃないわよ、全く!
まさか夜のベッドにまで麝香をふんだんに付けてこられたら、レイラ様もたまったものじゃないだろう。
「ゴホン! 取り乱してしまい申し訳ありません。一つ、よろしいですか?」
「ああ、聞こう」
「麝香って、薄めずに使うとものすごく臭いんです」
「…………そうだったのか!?」
「女性の立場から言わせてもらえば、正直十メートルは距離取りたいです」
「…………そんなになのか!?」
愕然とされるウィルフレッド様の反応を見る限り、本当にお気づきじゃなかったのね。
そりゃそうか。ウィルフレッド様に面と向かって『くさい!』なんて言える強者は、中々居ないだろう。
アレク、貴方なら言えたわよね?
軽いノリで言えたわよね?
「兄上、だから俺は何度も言っただろう?」
まさかの事後!
信頼性の欠如!
日頃の行いって、大事ね……
「だが、側近は誰も否定しなかった。むしろ付けるのが男の勲章だと、薦められたくらいだ」
「兄上。その側近達に伴侶や婚約者、居ます?」
「…………皆独り身だな。だがそれは仕事に熱心な者達で、恋愛にかまける暇を作ってやれなかった俺の落ち度だ」
「百歩譲ってそうだとしても、何で僕の言葉を信じてくれなかったの?」
「お前だってずっと婚約もせず逃げ回っていたではないか。女性の扱いなど知らないだろう」
「ははっ、痛いところを突いてくるね」
ダメージ受けてるんじゃないわよ、アレク!
「じゃあ、シルの言うことを信じなかったのは?」
「シルフィーは昔からこだわりが強いからな。好き嫌いがはっきりしてるだけだろう」
王族って言っても、ふたを開ければただの人間なのね……一連のやり取りを聞いていて、兄妹じゃ本当に手に終えなくてここに連れて来たっていうのは何となく分かった。
「殿下、よろしいでしょうか?」
「ああ、聞こう」
「レイラ様は隣国ライデーン王国から嫁いで来られたお方です。あちらは美しい自然が有名で、共存して栄えてきた国。土地柄として鼻利きに長け、多彩な香りを楽しむ高い感受性をお持ちの方が多いと聞きます」
「それ僕も聞いた事ある。香りだけでワインやお茶とかの銘柄の区別がつくらしいね」
「つまりレイラにとって、麝香は……」
「悪の権化です!」
あまりにもショックだったのか、ウィルフレッド様はその場に崩れ落ちた。
「侍女から、子供が出来ない事で周囲から色々噂されてレイラが気を落としていると聞いたのだ……それが全て俺のせいだったとは……」
ウィルフレッド様の気遣いや優しさが、見事にマイナスに働いたのね。
「僕やシルの話をちゃんと聞かないからだよ」
「確かにそうだな……今まで、すまなかった……」
ウィルフレッド様が、燃え尽きた灰のようになられてしまった。
このまま帰すのも流石に気の毒ね……乗り掛かった船だし、ここは私に出来るやり方でサポートしてあげようじゃない!












