19、悪臭蔓延る舞踏会へ終止符を!②
「さぁ、ここから歴史を変えるんだ。行こう、ヴィオ」
アレクにエスコートされながら、会場に足を踏み入れる。
「あら、この爽やかな香りは……!」
「まるで心が洗われるようですわ!」
「不安が消え、希望が満ちてくる!」
んんっ!?
何故かハンカチで目の端を拭ってる人や、こちらを見て嬉々と瞳を輝かせている人の姿が目につく。
「ああ、何てお似合いの二人なのかしら!」
「今夜の舞踏会、参加出来てよかった!」
王族専用の席につき、改めて会場を見渡すと羨望の眼差しが向けられている事に気付いた。
「正義のヒーローに、みーんな釘付けだね!」
小さな狐の姿で私の肩の上にちょこんと乗っていたリーフが、楽しそうに言った。
そこで初めてリーフの与えてくれた祝福が、会場中の人々に影響を与えていたのだと気付いた。
いつも腫れ物を見るような眼差ししか浴びて来なかったから、妙に居心地悪いわね。
「今宵は我が息子アレクシスと、ヒルシュタイン公爵令嬢ヴィオラの婚約を祝う舞踏会へ、よくぞ集まってくれた」
ものすごく注目を浴びる中、陛下の口上に合わせて会釈をする。
「このようなめでたき舞踏会を開けたのも、皆の支えあってのこと。誠に感謝する。どうか若き二人を祝して、今一度大きな拍手をここに」
会場中に盛大な拍手が響き渡る。祝いの言葉が飛び交い、アレクの婚約者として皆に認めてもらえたんだと思うと嬉しくて、じんわりと心が温まるのを感じた。
「それでは開幕を告げるダンスを、主役の二人にお願いしよう」
「名誉ある役目を与えていただき、誠に光栄です」
アレクが私の前で跪き、形式に則りダンスを申し込んできた。
「私と一曲、踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
手を差し出すと、「ありがたき幸せ、感謝いたします」とアレクは私の手を取り、軽く持ち上げて手の甲にキスを落とした。
そこまで厳格な形式に則りダンスをした経験がないため、恥ずかしくて顔に熱が帯びるのを感じた。
流れるような所作でそのままアレクにエスコートされてダンスホールに上がったはいいものの、構えを取りながら「ヴィオ、顔真っ赤だよ」なんて耳打ちされて恥ずかしいったらありゃしない!
アレクみたいに、注目される事に私は慣れてないのよ!
どちらかと言えば、日陰を歩んできた人生だった。舞踏会に参加しても、壁からホールを眺めてることが多かった。むしろ途中で抜け出して、庭園で花達と戯れてることが多かったわね……
そんな私が今、こんなに目立つホールの真ん中で舞踏会のファーストダンスを踊れだなんて、緊張しないわけがないじゃない!
「大丈夫、僕に任せて。君の癖は全部知ってる」
「……さらっと怖いこと言うわね」
「ずっと夢だったんだ。こうして堂々と、ヴィオを僕のレディだよって皆に紹介するのが」
「アレク……」
体に感じる風、わざとよね?
普通のダンスで、こんなにドレスの裾はヒラヒラしないわよ!
「会場で一番美しい花にして見せるよ。そのために、ジンにも協力してもらっているからね」
「まさか……」
また危ない橋を渡ろうとしてるのね!
どおりでさっきから、やたらと風を感じると思ったのよ!
「ヴィオ、ドレスが綺麗に舞って森の妖精さんみたい!」
上空からは楽しそうなリーフの声が聞こえてくる。
「僕もお手伝いする!」
止める間もなく、上空から美しい花の雨が優雅に舞い降りてくる。
リーフ! 貴方までやり出したら収拾つかなくなるわよ!
「まぁ、なんて美しいんでしょう!」
「精霊様達まで、祝福されているのね!」
これ、絶対後で謹慎くらうやつじゃないの!?
ジン様の風魔法とリーフの植物魔法が会場を賑やかし、ド派手な演出の中でアレクが私の体を抱えて華麗にフィニッシュをきめた。
「ブラボー!」
「素晴らしかったですわ!」
「感動しました!」
鳴り止まない歓声と拍手に応えるようお辞儀をして、私達はダンスホールを降りて席に戻った。
一般にダンスホールが解放され、自由時間を迎えた。いつもならここで香水の香りが落ちた事を気にかけ、お色直しに席を外す紳士淑女の皆様が多いのだけど、今日は違った。
「アレクシス殿下、ヴィオラ様! ご婚約おめでとうございます!」
私達の前に挨拶をしに来た若い貴族達で、長蛇の列が出来上がっていた。しかも話に聞き耳を立てようと、紳士淑女の皆様達まで心なしか距離が近い。
「ところでその……何の香水をお使いなのですか!?」
「とても良い香りがして、よかったら売ってるお店を教えていただけないでしょうか?」
社交界デビューしたての若い令嬢達が興味津々で尋ねてきた。
「これはね、ヴィオが作ってくれた特別な香水なんだ。だから一般には出回っていないんだ」
「やはり『フレグランスの女神』はヴィオラ様だったのですね!」
「兄が魔法のミストをかいで、とても凄いと騒いでいたんです!」
気のせいかしら。
ダンスより、こちらの話に聞き耳を立ててる人が多い気がするのは……楽団の素晴らしい演奏が鳴っているのに、ホールががら空きだわ。
「舞踏会に参加してくれた皆に、今日は特別にお礼の品を用意してるんだ」
「お礼の品、ですか?」
でも人がこちらに集まっているなら好都合ね。しっかりと宣伝させてもらいましょう。
「私の作った香水の試供品よ。よかったら帰りにもらって帰ってね」
「ヴィオラ様お手製の香水をいただけるのですか!?」
「ええ。こうしてお祝いに来てくださった皆様へ、ささやかなお礼にと準備させていただいたのよ」
「ありがとうございます!」
「とても楽しみです!」
その時、がら空きのダンスホールでウィルフレッド様達が踊っている姿が目についた。
ヤバイわ。
舞踏会で、ダンスホールががら空きなんて!
必死にウィルフレッド様達がフォローしてくださっているけど、この人混みを早くあちらへ流さないと! かくなるうえは、秘密兵器の投入よ!
「それと舞踏会を盛り上げてくれたペアには特別に、ペアフレグランスをプレゼントしようと思ってるのよ」
「ペアフレグランス?」
「僕とヴィオが今付けている香水だよ。二人の香りが合わさる事で、また別の香りを楽しむ事が出来るんだ」
聞きなれない言葉に首をかしげる令嬢に、アレクが説明を補足してくれた。ナイスアシストね!
「二人の香りが合わさる事で別の香りが……?!」
「とてもロマンチックですわ!」
「頑張って踊ってきます!」
「私も、頑張ります!」
聞き耳を立てていた紳士淑女の皆様が、こぞってダンスホールに上がり始めた。
やはり人って、特別なものに弱いわね。準備してて正解だったわ。
こうして舞踏会は大盛況で幕を閉じた。
お店の宣伝を兼ねた香水の試供品を、帰りに皆が嬉しそうに持ち帰ってくれて、戦果は上々といったところだろう。
◇
帰りの馬車の中で一息ついていると、アレクが嬉しそうに話しかけてきた。
「ヴィオ、策士だね! まさか頼んだもの以外にも作ってくれてたなんて!」
「香り改革だけ成功して、舞踏会が失敗したらアレクが困るでしょ?」
「僕のために……?!」
「ウィルフレッド様に認めてもらうには、全てをパーフェクトに終えてからが、勝負でしょ」
「ありがとう、ヴィオ! 君のおかげで今日は大成功だよ!」
「ふふっ、それならよかったわ」
それからお店の進捗状況やこれからの事を話していると、あっという間に邸に着いた。
「わざわざ送ってくれてありがとう」
「これくらい何でもないよ。それよりも、ヴィオ。一つだけお願いが……」
「何かしら?」
心なしか月光の下でアレクの頬が赤みを帯びているように見える。
「その……ハグ、してもいい?」
「な、何よ突然!」
「残り香が合わさったら、どんな香りになるのかなって……興味があって……」
確かにそれは、私も気になる。
「試してみたい!」
両手を広げて待つと「ありがとう」と言って、アレクは優しく私を抱き締めた。
最初に感じたのは、ほのかに香るシダーウッドの甘く落ち着いた匂い。それが清涼感のあるホワイトムスクの香りやアレクの本来持つ香りと重なって、より深みが出ていた。
私のつけた香水も最後は同じ樹木系の香りだから、それがもう混ざり合ってどちらの香りか分からない。
香りが一つに調和して、なんだかとても落ち着く。それにアレクの腕の中は温かい。もう少し、この香りと温もりを堪能したいなんて思っていたら……
「ゴホン! 仲が良いのは分かりますが、結婚するまでは節度ある付き合いを頼みますよ、殿下」
わざとらしい咳払いとそんなお父様の声で、慌てて離れたのは言うまでもない。












