16、いざ、戦闘準備!
あれから三ヶ月が経って、今日は私とアレクの婚約披露を兼ねた舞踏会が王城で開催される。
『悪臭蔓延る社交界に終止符を!』をスローガンに掲げ、この日のために色々準備した。
あの日アレクに頼まれたのは、新しい香水を布教するための試作品を作って欲しいというものだった。
それらはいずれ開店するフレグランス専門店『フェリーチェ』の看板商品となるかもしれない、香水の数々だ。
老若男女を虜にすべく、香りの調合にあけくれ男女それぞれ4種ずつ計8種類の香水を作った。
途中からエルマとジェフリーが助っ人に来てくれて、色々教えながら一緒に作業して楽しかった。香水の作り方はもうばっちり覚えてくれたから、試作品を作り終えた後はお店の開店準備に取りかかってくれている。
ちなみにお店の名前はアレクが言っていた『幸せな未来の仕掛人』というフレーズをエルマやジェフリーがとても気に入っていて、そこから取った。
『フェリーチェ』は外国語で『幸せ』を意味する。お店がお客様にとっての『幸せ』に繋がる空間になればという意味を込めて皆でつけた。
色々順調すぎて怖いくらいだった。この三ヶ月間の事を思い出していると、身支度が整ったようだ。
「とてもよくお似合いです!」
「アレクシス殿下はよく分かっておられますね!」
「ヴィオラ様の美しさを余すことなく理解しておられて、素敵です!」
アレクが贈ってくれた緑を基調としたドレスは、ミリアを含む侍女達に大絶賛された。
「皆、ありがとう」
「それでは早速、殿下を呼んできますね!」
「ええ、お願いするわ」
鏡に映った自身を眺めながら、ミリア達が大袈裟だと思ったけど確かに素敵なドレスね。
シル御用達の王室専属デザイナーに頼んで作られたものらしく、一目見て思わず言葉を失うくらい目を引く美しさがあった。
上質なシルク生地にアレクの髪色である金の刺繍が施された舞踏会用の神秘的なパーティードレス。加えてアレクを象徴する風にちなんで、贈られたエメラルドのアクセサリーや髪飾りの数々がとてもよく映える。
コンセプトは『神秘的な森の妖精』らしい。そしてそれに合わせて作られたアレクの礼服は……
「ヴィオ、とてもよく似合ってるね! ふふっ、やっぱり僕の見立ては正しかった!」
『美しい妖精を拐う魔王』らしい。
「あ、ありがとう」
爽やかな親しみやすい第二王子のイメージどうした。大体いつも白を基調とした礼服着てる事が多いアレクが、黒を基調とした礼服を身に纏ってダークなイメージを醸し出している。
アクセントで緑地の使われたその礼服は、私の隣に並ぶとペア衣装だと一目で分かる。
「だって僕、ヴィオの隣に一番似合う男になりたかったんだよ」
こちらを見て満足そうに笑うアレクは、何でそんなイメージ変更したのって言いたくなるくらい悪い大人の色気を放っていた。
私が悪女に見えないよう気を遣ってくれてるのかしら……
「どう、似合う?」
期待を込めた無邪気な眼差しで見つめてくるアレクは、やっぱりいつものアレクだわと妙に安心したのは黙っておこう。
「ええ、とても似合っているわ」
「嬉しい、ありがとう! それではヴィオラお姫様、戦いの舞台へエスコートいたします」
「いざ、悪臭蔓延る舞踏会へ終止符を」
「必ずや我々の手で果たして見せましょう」
なんて馬鹿なことをしながらそのままエスコートされて、馬車に乗り込み舞踏会場へと向かった。
「そうだアレク、約束してたプレゼントよ」
馬車の中で、用意していたペアフレグランスを渡した。
「ありがとう、ヴィオ! 君と出掛ける時は絶対付ける! 欠かさず付ける!」
「もう、大袈裟ね」
嬉しそうに箱を開けて瞳を輝かせるアレクに、「付けるのは馬車を降りる十五分前くらいがいいわね」と釘をさしておいた。会場入りする時間から逆算すると、その方が一番主体となる香りを堪能できる。
「うん、付けるのが楽しみだなー!」と、香水の瓶をアレクは見つめている。
「でもアレク、どうやって会場のあの悪臭を封じ込めるつもりなの?」
正直私一人が自作の香水を付けてパーティーに参加しても、これまで周囲の強い香りの前ではどうにもならなかった。
強い香りの前では、ほのかに香る優しい香りなんて見事に打ち消されてしまうから。
「それは僕達に任せて。ねぇジン、手はず通り頼んだよ」
『承知した』
まさか、またジン様の力を……でも悪文化を絶つには仕方ないわね。
「それに今回は、フェンリルも協力してくれるからね」
「シルの精霊様まで!?」
「ラスボスを倒すには、まずはたくさんの味方を作らないといけないんだ」
「誰と戦ってるのよ……」
アレクが警戒しているのなんて、第一王子のウィルフレッド様くらいよね。サボってると激しい檄が飛んでくるから。まさか……
「そう言えば私、街の雑貨屋で変装して麝香を買いに来てるウィルフレッド様を見たのよね」
「悪の権化! 兄上、またそんなものを……!」
「香り改革したいのは、ウィルフレッド様を止めるためだったのね」
「ち、違う! 僕にとってはヴィオの香水の良さを皆に分かって欲しいっていうのが一番の目的だよ! それは昔からの夢だったし!」
「分かってるわ。でもそれ以外にも、何か理由があるのでしょ?」
私の目が誤魔化せると思ってるの?
アレク、正直に白状なさい。
「麝香を求める貴族のせいで、ジャコウジカが乱獲されているんだ。違法に捕獲した者には罰を与える法令も出されてるけど、それが余計にいけなかった。稀少価値が上がり、麝香を身に付けられるのが一種の男のステータスみたいな風潮が出来てしまったんだ」
「まぁ、制限されると余計に欲しくなるのが人間の性だろうしね」
「そうなんだ。そしてそれを率先してやってるのが兄上なんだ。『俺に似合うのは麝香しかない』って信じて疑ってない。頭固いあの頑固者を説得するには、まずは世論を変える方が手っ取り早い気がしてね……」
「アレク……あなた、未だに苦労してたのね……」
「兄上の頭の固さだけは、僕にもどうにも出来ないよ、本当に……。それにマナーのなってない密漁者が現地の人々に迷惑をかけてるみたいだし、麝香に稀少価値がある限りそれは無くならない。だから僕は、改革したいのもあったんだ」
持ちつ持たれつ、商会を経営する上で人との繋がりは大切にしたいからさと、アレクは付け加えた。
どちらかと言えばアレクは昔から、第一王子のウィルフレッド様と衝突するのを避けていた。でも今回は違うのね。それくらい彼にとって、今回の問題は見過ごせないのだろう。
「アレク、一緒に世間の意識を変えましょう。そしてウィルフレッド様の意識もね!」
「うん! ありがとう、ヴィオ!」
そんな話をしていると、遠目に王城が見えてきた。
左手首に香水を振りかけ、それを右手首で軽くポンポンと叩く。髪の毛を持ち上げ、うなじにもふわりと付ける。擦り合わせると熱で香りが変化してしまうから、優しくね。
よし、これで戦闘準備は完璧!
「どうしたの? アレクもほら、早く付けて」
何故かこちらをボーッと見てるアレクにそう促すと、彼は慌てて視線を逸らせた。
「ヴィオ、セクシーすぎる……」
「……はぁ!?」












