14、優れた人材をスカウトしよう
「三人とも、よく来てくれたね」
アレクを見るなり、三人の瞳が輝きだす。
「アレクシス様! いらしてたんですね!」
「アレクシス様、俺料理の腕また上がったんだぜ!」
「アレクシス様、お会いできて光栄です!」
ここでも大人気ね。この孤児院の中じゃアレクの存在はまさしく英雄みたいなものなんだろう。
「君達に紹介したい人が居るんだ。彼女は僕の婚約者だよ」
「初めまして、ヴィオラ・ヒルシュタインです。皆、よろしくね」
「エルマです。よろしくお願いします!」
「俺はガジル、よろしくお願いします!」
「僕はジェフリーです。よろしくお願いします!」
「実は君達を呼び出したのは、今度始める事業にスカウトしたいからなんだ。フレグランス専門店を開こうと思ってて、それに協力してくれる人を探してるんだ。エルマ、ガジル、ジェフリー、君達の力を借りたいんだけど、どうかな?」
「フレグランスとは、何でしょう?」
エルマが首をかしげる。
「ヴィオ、持ってきてくれた?」
「ええ、勿論」
ポーチから小型スプレーボトルに入れた香水を数種類取り出した。赤いのをエルマ、黄色いのをガジル、青いのをジェフリーの前に置く。
「よかったら使ってみてね」
真っ先に興味を示したのはガジルだった。黄色いボトルを手に取り、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「すっげーいい匂いがする!」
「流石はガジル。キャップを開けてないのに分かるんだね」
「勿論! ほら、二人もかいでみろよ」
「うん」
「分かりました」
ガジルに促され、エルマとジェフリーもそれぞれ赤と青のボトルに手を伸ばす。
「手首につけてみてね」
キャップを外して二人はプシュと手首につける。
「お花の甘くて優しい香りがします!」
「こっちは身が引き締まるような爽やかなミントの香りがします」
「俺のは柑橘系のうまそうなにおいがしたぜ!」
「これは植物から抽出した精油をブレンドして作った香水なの。少しずつブレンドを変えることで様々な香水を作ることが出来るのよ」
「どこに居てもお花に囲まれているようで、とても素敵です!」
エルマが香水を見つめてうっとりとしている。中々好感触ね!
「これはヴィオが一人で作ったものなんだ。君達にはこれの製作と販売を手伝ってもらいたいんだけど、どうかな?」
「私、やりたいです! こんなに凝縮された植物の良い香りをかいだの、初めてですごく興味があります!」
「ありがとう、エルマ」
「エルマが行くなら、僕も行きます」
おっ、これは……なるほど。ジェフリーはエルマの事が大切なのね。
「ありがとう、ジェフリー」
二人目の協力者をゲットした。
「俺は……やってみたい気もするけど、料理が好きだからな……」
ガジルは葛藤しているようだった。そんなガジルにアレクは優しく声をかけた。
「大丈夫だよ、ガジル。僕達はあくまでお願いに来ただけだから、自分の夢がしっかりあるなら、それを頑張って欲しいと思ってる。君には料理関係の別の仕事を斡旋する事も出来るしね」
「えっ、本当に?」
「最初は、見習いからスタートになるけど、僕の経営してるレストランに雇用してもいいし、僕達の住む新居の料理人も探してるなぁ、そういえば」
「俺、料理を仕事にしたい! だからごめんなさい、ヴィオラ様……折角誘ってくれたのに……」
「謝らなくていいのよ。いつか、ガジルのお料理食べさせてね?」
「はい、勿論です! それでは俺、そろそろ仕込みを始めないといけないんで失礼します!」
「頑張ってね」
ガジルが部屋を出ていった後、アレクはエルマとジェフリーにそれぞれに持参していたらしいとある本を渡した。
「二人には、お店が出来るまで勉強しておいて欲しい事があるんだ。植物図鑑と貴族への接客について詳しく書かれた本だよ」
パラパラと植物図鑑をめくったエルマの瞳が楽しそうに輝きだす。
「こんなに詳しくお花の事が書かれた本、初めて見ました!」
「確かに。花にはそれぞれ秘められた言葉が存在するんですね」
エルマとは対照的に、ジェフリーは冷静に植物図鑑に視線を落とす。
「花言葉を知っておけば、何を買おうか悩むお客様にアドバイスが出来るからね。たとえば……ジン、例のものをくれるかい?」
『承知した』
示し合わせていたかのように返事したジン様が、風の球体をアレクの手元に召喚した。
中から現れたのは、一輪のバラの花束。何故かそれをアレクは私の方へ差し出してきた。
「ヴィオ、これは僕の気持ちだよ。受け取ってくれる?」
赤いバラの花言葉は『愛情』……しかも一本だとその意味は……
「アレクシス様の『一目惚れ』だったんですね!」
「いや、エルマ。この場合は『あなたはたった一人の運命の人』って解釈の方が合ってるんじゃないかな?」
「確かに、気持ちを伝えるならそっちの方が合ってるね」
エルマとジェフリーが植物図鑑を見ながら、花言葉に込められた意味を解読し始めて、恥ずかしいったらありゃしない!
「あ、りがとう……」
してやったりと言わんばかりに満足そうにこちらを見て笑うアレクに、後で覚えてなさいよと睨み付けてやった。
「もしお客様がどれにしようか悩まれていた時、その香水に使われた花に込められた言葉を理解しておく事で接客の幅が広がるだろう?」
「確かにそうですね!」
「すごく勉強になります!」
「良い商品だから売れて当たり前だと思ってはいけない。このフレグランス専門店は、お客様の幸せな未来をサポートするお店になるんだ。そして君達はその仕掛人だ!」
「幸せな未来へ誘う仕掛人……」
「すごく格好いいです!」
ほんと、昔から変わらないわね。
王族としての威厳を持て! とウィルフレッド様が見たら卒倒しそうな光景だけど、私はこうして身分の垣根を超えて楽しそうにしているアレクが好きだった。
…………好き? いや、この好きっていうのは友人としてって意味で……!
堅苦しく身分にこだわる貴族社会より、こっそり抜け出した城下で緩く過ごす方が好きだった。どちらかと言えばアレクも私と同じような感性を持っていたから、気が合っただけで……好きっていうのはそういう意味だ!
私は何を一人で言い訳しているのだろう……
◇
「僕の顔、何かついてる?」
帰りの馬車の中で、無意識にアレクの方を見ていたらしい。
「な、なにも!」
恥ずかしくなって視線を前に戻すと、アレクが顔を覗き込んできた。
「ヴィオ、顔が赤い。もしかして熱でもあるんじゃ?!」
おかしい。絶対におかしい。
顔を覗き込まれたくらいで、今までこんなにドキドキしたことない。
アレクの大きな手が私の額に触れた。その瞬間、一気に顔に熱が集まる。もしかして私は自分が気付いていなかっただけで最初から……そういう面で好意を抱いていたの!?
綺麗に着飾って参加した晩餐会で愛想笑いを浮かべながら婚約者と過ごすよりも、城下の屋台で買った軽食をアレクと一緒に緑豊かな公園で冗談言いながら食べてた方が楽しかった。
だから婚約者と過ごすのがつまらなかったのね……いつもどこかで、私は無意識のうちに比べていたのかもしれない。アレクと一緒だったらもっと楽しいのにって。
「き、気のせいよ。もう相変わらず心配性ね」
恥ずかしくて誤魔化しながら、自覚した感情を必死に抑えていた。
「それならいいんだけど……」
なんか納得してなさそうな顔でアレクはこちらを見ていた。
「三ヶ月後! そういえば三ヶ月後に、婚約の御披露目を兼ねた舞踏会を開催するんでしょう?」
平静を装い話しかけると「そうだった!」とアレクの気を何とか逸らす事が出来た。
「ヴィオにお願いがあるんだ。その日に僕は、悪臭蔓延る社交界の歴史に幕を下ろしたい。だからその日までに――」
中々やりがいのあるお願いね。いいね、やってやろうじゃない!
 












