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2、悪友に婚約解消がバレました

 このレクナード王国において、誓約とはとても重たい意味を持つ。神の前で誓った契約を一方的に破ることは許されないし、一度結んだ契約は両者の同意なく解消することもできない。


 まぁ実際のところ怖いのは神ではなく、誓約の時に交わす特別な魔法契約の方だ。神を信仰しようがしまいが、一度交わした誓約からは逃げられない。


 もし誓約を破ってしまえば、精霊の加護を失ってしまう。それがどれほど怖いことかというと、いつ死んでもおかしくないレベルで危険なのだ。


 天変地異を制御してくれている精霊に守ってもらえない=いつ災害に巻き込まれてもおかしくない。竜巻、洪水、地震、落雷、火事など、死因は様々だが、長くは生きられない。


 そんな事態になりたくない私は、神殿へと足を運んでいた。それは勿論、神の前で交わした誓約を、正規ルートで解消するためだ。


 そう、婚約もそれにあたるため、解消するには双方の同意の上でやらなければならない。リシャールの気持ちが変わらないうちに、さっさと解消しておく必要があるのだ。


 神殿で婚約解消の書類にサインをすませ、私とリシャールは晴れて赤の他人となった。まぁ義理の姉となる日も近いのだが、嫁より義理姉の方が千倍ぐらいマシだから、我慢しよう。


「それじゃあ、リシャール。妹のこと頼んだわね」

「ああ、勿論だ!」


 リシャールと別れた後、ルンルン気分で帰っていた私は、神殿の入り口で、今最も会いたくない人物に遭遇してしまった。


「あれれ、ヴィオ。こんなところで何をしてるんだい?」


 レクナード王国第二王子のアレクシス・レクナード。眉目秀麗で優しく温厚な王子様だと、世間の評判はかなりいい。しかしその実のらりくらりとしたこの自由人のアレクとは、昔からの腐れ縁で、私は言わば悪友のような関係だった。


 だって、何故か平民のふりして城下でこっそり買い物してる時に限ってよく会うのよね。向こうも平民のふりしているから、お互い身分を気にせず気楽に接しているうちにそうなった。


 私は慌てて手に持っていた書類を隠す。今ここで、婚約を解消したことがバレてしまうと面倒だ。


「べ、べつに。少しお祈りに来ただけよ」

「へぇー、神なんて信じてない君が? わざわざお祈りに?」


 くっ、痛いところをついてくるわね。


「そんな事より、アレク。貴方こそ、何してるのよ?」


 話題を逸らす作戦決行! しかし……アレクの好奇心旺盛さに勝てるはずもなかった。


「大司祭に用があってねー。それより、さっきなにか隠したよね?」

「いえ、何も!」

「いいや、僕はしっかり見てたよ。白状しなよ」


 私より背の高いアレクは、ひょいっと長い手を伸ばして私が隠した紙をとってしまった。


「ちょっと、アレク! 返しなさい!」

「安心して、見たら返すよー? ふーむ、なになに……あれ、ヴィオ。また婚約解消したの?」


 あーもう! 面倒くさい男にばれてしまった。しばらく社交界もお休みして、悠々自適なのんびりライフを送ろうとしてたのに!


「そうよ、わかったら返して」

「もしかして、また……例のあれ?」

「ええ、そうよ。今度は本当の真実の愛、らしいわ」


 今までの事情を知っているアレクも、流石に三回目があることに驚いていたようだ。


「僕思うんだけど、本当の真実の愛で結ばれてるのはマリエッタ嬢と君なんじゃ……」

「変なこと言わないでよ、気持ち悪い!」

「だってさ、マリエッタ嬢の君への執着やばくない? 普通、姉の婚約者を三回も奪う?」

「真実の愛とは、人を盲目にしてしまうのかしらね……」


 昔はすごく私に懐いてくれていたマリエッタ。どこに行くにも『お姉様と一緒がいいの!』って、側にべっとりだったわね。


 少しずつ距離が出来始めたのは、私に婚約者が出来てからだったかしら。マリエッタと遊んであげる時間が減って、寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。


 いつの間にか婚約者とマリエッタが仲良くなっていて、それで『真実の愛に目覚めてしまったの、ごめんなさい』と謝られて。


 正直初恋もまだの私にとってみたら、そういう風に一途に誰かを思うことの出来るマリエッタが少し羨ましかったわね。


「そっか、またフリーになっちゃったんだね。ヴィオ、可哀想に……」


 よしよしと小さい子をあやすかのように、アレクは私の頭を撫でた。


 私の頭を軽々撫でられるのは、背の高いアレクくらいよね。ヒールを履くと大抵の男性は私と同じか少し低くなってしまう。


 相手に気を遣って一緒の時はなるべくヒールが低いものを選んでたけど、何も気にせず出てきた外で、こうして子供のように頭を撫でられるなんて何か複雑な気分だわ。


「別に結婚なんてしなくていいわ。私には一生、真実の愛なんて見つからないと思うし」


 真実の愛に目覚めたマリエッタですら、そんなに長続きしなかったんだもの。まぁ、相手の男性にも色々問題があったみたいだし、仕方ないわよね。


「案外、近場にあったりするかもよ?」

「そうね。でも残念な事に、私の王子様は皆短命ですぐに枯れてしまうのよ。それでも刹那の時を懸命に生きる彼等の姿に、私は大いなる希望と勇気をもらっているわ」


 今まで生きてきた中で私が心を一番ときめかせた瞬間、それは初めて育てた花が咲いた瞬間だったわね。そして枯れた時に失恋した。


 少しでも長く咲かせられる方法はないかと、それから植物について色々調べ初めて、別の形で保管する方法を見つけた。それが後に、趣味の調香へと繋がったのよね。


「本当に君は、植物にしか興味がないんだね」

「植物は偉大なのよ。煎じて飲めば美味しいし、抽出した精油には様々な恩恵があって香りもいいし、すり潰せばお薬にだってなるのよ」

「将来の夢は田舎でスローライフだっけ? 中身は老婆だったり……」

「いいじゃない。のどかな場所でのんびり植物でも愛でながら暮らせたら最高ね。世界にはまだ珍しい花もたくさんあるし、新しい精油を作ってコレクションにしていきたいわ」

「そうだヴィオ、また僕に香水作ってくれる?」

「ええ、いいわよ。アレク、私の作った香水すごく気に入ってくれてたからね」

「あれは本当に素晴らしかった。それに……君が僕のために作ってくれたものでもあったから、余計に嬉しかったんだよ」

「急にどうしたのよ、誉めても何もでないわよ?」


 調香が趣味の私はよく、花やハーブから抽出した精油をブレンドして、オリジナル商品を作っている。


 アレクの誕生日にオリジナルの香水をプレゼントしたら、すごく喜んでくれたんだよね。香りって好みが分かれるから、内心ドキドキしながら渡したの懐かしいな。


「それよりアレク、あんまりサボってるとこわーい兄上にまた怒られるわよ」


 第一王子のウィルフレッド様は、まぁ色々真面目で厳しいお方なのだ。自由人のアレクは、そんな兄上にひーひー言いながら公務を手伝っていた。


 アレクとの最初の出会いは、そんな怖いお兄様がきっかけだったのよね。子供の頃、とあるパーティーの途中、人気のない場所で、ある男の子が地面に落書きをしている場面に私がたまたま遭遇してしまった。


『面白い絵だね。これは誰?』

『怒った顔の兄上だよ。鬼みたいにこわいんだ。夜中に遭遇したら、裸足で逃げちゃうよ』


 それが、アレクだった。そして地面に描いていたのは、第一王子ウィルフレッド様の怒った顔。


『あ、ここで見たものは、内緒にしてくれる? じゃないと僕、また兄上に怒られちゃうよ』

『分かったわ。お互い、兄妹には苦労してるのね』

『君も、何か兄妹のことで悩みがあるの?』

『ここだけの話だけど、実はね……』


 私達はお互いに、王家と公爵家というそれなりの身分の家庭に生まれてしまったものだから、迂闊に愚痴なんて言えやしない。


 でもお互い通じるものがあって、その時は素直に胸の内を語ることが出来た。


 だからそうやって、たまたま会った時に、この場だけの秘密の話として、お互いに兄妹の愚痴をこぼして雑談するようになった。


 ウィルフレッド様の怒った顔の似顔絵を思い出しながら声をかけると、アレクはひどく慌てていた。


「そうだった。はやくこの書簡を大司祭に届けてこないと!」

「ええ、いってらっしゃい」


 ウィルフレッド様が見てたら、廊下を走るなと怒りそうね。そんなことを考えていると、慌ただしく遠ざかろうとしたアレクの背中が、ピタッと止まった。


「そうだヴィオ。暇な時、第三回慰めパーティーでもしよう?」


 アレクはくるっとこちらを振り返って、話しかけてくる。


「別に悲しんでなんかないわよ!」

「そう? なら、婚約解消祝勝会?」

「そっちの方がいいわね」

「わかった、じゃあそれで!」


 本当に何というか、慌ただしい人ね。でも、アレクのおかげて少し心が軽くなったわ。どうせ社交界では腫れ物を扱うような同情の眼差しが寄せられるだけだろうし。


 私は別に悲しんでない! むしろ、喜んでいるのよって気持ちを分かってくれるのはきっと、アレクだけだろうしね。

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[気になる点] 『神を信じてない君が〜』ってどういう意味でしょうか 神殿には精霊が祀られていて、精霊がいることは主人公も知ってるのに、神はいないと思ってるんですか? 精霊と神は同次元のような説明に見…
[一言] 本当に真実の愛は姉妹の間にあるのではないかなw (妹目線で) 実は姉の事が大好きだから、姉が選ぶ物はすごく良く見えるってやつ。
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